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探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
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2-5 あなたとは距離を置く

「ただいま~。おまたせ~」


 修太郎はトイレから出てくると間抜けな声で渚に言った。


「ちょっと遅くない?」

「こいつがデカい方してただけ。見張りも楽じゃないね」

「七里君、下品」

「ごめん」

「……」


 哲也は黙っている。渚には、それがとてつもない何かに怯えている様に見えた。が、彼のこれからを思うと当然だと思い直し、気にしない事にした。

 そんな事よりも、修太郎と二人きりになれるという事実に心が躍る。


「そんじゃ、行こうか。あ~、面倒くさ」

「なら、私が七里君を退屈させないであげるわ」

「お、言うねぇ~」

「フフッ」


 冷ややかな哲也の目を他所に、二人は盛り上がる。三人は三階へと階段を昇って行く。三階へ到着すると目の前に、涼の死体がある部屋がある。


「うっぷ……気味が悪いわ、早く行こう?」

「涼と付き合ってたんでしょ?黙祷しておかない?」

「え?黙祷?」

「ごめん。俺が、しておきたいんだ」


 そう言うと修太郎は黙って合掌した。


「……」


 三十秒ぐらいだろうか。修太郎は微動だにしなかった。


「よし、行こう」

「え、ええ」


 渚は、修太郎の器の大きさを思い知った気がした。渚は歩く間、修太郎の背中にしがみ付くように肌に触れた。修太郎も抵抗しない。

 そして哲也は、何も言わなかった。まるで何も考えられないロボットのように、黙々と歩き続けた。


「じゃあ哲也、悪いがトイレは我慢しておくれ~」

「……ああ」

「じゃあ、な」


 修太郎は眼光を置き土産に、鍵を閉める。これで室内は内側から鍵を開けない限りは、完全な密室となった。


                 ******


 自室に戻った鳴は、枕を壁に叩きつけていた。


「何よ!シュウちゃんたら、あっさり賛成派に寝返って!」


 別に寝返ったわけではないのだが、修太郎に対する不満が溜まりに溜まっている今の鳴は、仮想・修太郎として枕に拳を叩きつける。


「おばさんの遺言、忘れちゃったのかな……」


 修太郎の母親、七里千鶴は、四年前に通り魔に頸部を刺され、命を落とした。その時の第一発見者が、今回の事件の被害者・新谷響である。響は千鶴から修太郎に遺言を預かっていた。

 その内容は『三人仲良く』。

 三人とは千鶴の道場で空手を習った門下生のこと、つまり修太郎、真守、哲也を指しているのだろう。


「けど……」


 千鶴は人格者で、誰に対しても優しく、厳しかった。死に際に手塩にかけた三人の事を想って亡くなるなんて、如何にも千鶴らしいと鳴は思っていた。だが、同時に不思議にも思っていた。


「言われなくても、仲は良かったのに」


                   ******


「昔はね。すごく仲好かったんだ、俺達」


 いきなり修太郎が昔話を始めたので、積極的に攻めようとした渚は面喰ってしまった。


「何をするにも、三人一緒。それに鳴がついて来る感じでさ」


 渚は鳴や真守の昔話に興味は無いが、さすがに無視するわけにもいかないので話を合わせた。


「ふぅん。でも、今はそんな感じじゃないよね?」

「そうだね」

「何であんまり話さなくなっちゃったの?」

「まぁ、俺が引っ越しちゃったからね。その流れで」

「引っ越したのは……お母さんが亡くなったからだっけ」

「うん」

「辛かった、よね?」


 聞き飽きているであろうその言葉を、渚もまた修太郎に贈る。


「まぁ、それなりにね」

「引越し先では上手くやってるの?」

「それなりにね」


 のらりくらりと渚をかわす修太郎。


「あの頃に戻れたらなぁ」

「今じゃダメなの?」

「今は面白くない」

「何で?」

「鳴と遊べないし」

「……」


 渚は予想外の回答に驚きを隠せない。まさか本当に蓬生鳴に好意を持っているのだろうか?


「な、七里君はさ」

「うん?」

「蓬生さんの事が好きなの?」

「うん」


 即答だった。


「そう、なんだ」


 ノーチャンスであることを悟った渚はがっくりと肩を落とす。


「まぁ、俺は鳴の事大好きなんだけどさ」


 修太郎は自嘲君な声で吐き捨てた。


「でも所詮、俺と鳴は一緒にはなれないよ」

「え?」


 渚にも光明が差した。何やら理由、因縁があるらしい。


――これは、私にもチャンスがある!?


「それって、どういう事?」

「近い将来、また離れ離れになるからさ」

「七里君、また引っ越すの?」

「いや、まぁ……そうとも言うかな」

「いつ?」

「たぶん、この旅行が終わったらすぐ」

「うそ!?」


 この急な告白に、並々ならぬ事情がある事は明らかだった。渚はそれを聞き出さずにはいられない。自分とも離れ離れになってしまうではないか。


「お父さん……じゃなくて、叔父さんの仕事の都合とか?」

「いや、俺の身勝手な行動が理由でね」

「家出でもするの?」

「ん~。まぁ似たようなものかな」


 要領を得ない説明が続く。渚は頭にクエスチョンマークを浮かべている。


「意味わかんない。何か夢でもあるの?」

「そんな綺麗なもんじゃないけど、やらなきゃならないんだよね」

「何?ジャニーズに入るとか?」

「そんな顔に見える?」


 髪型も無頓着。眼鏡も全然オシャレじゃない。確かに芸能界に入ろうとかそういう野望は持っていない様だった。


「じゃあ、一体……」

「ちょっと喋り過ぎたね」


 修太郎は立ち上がると、


「何か飲み物を持ってくるよ」


 渚を一人にするのは危険だが、ずっと部屋の前で見張り続けるわけにもいかない。休憩も必要である。


「いいよ、私が」

「いいから。座ってなよ」

「いや、そうじゃなくて」


 渚は哲也を閉じ込めているドアの方をチラリと見た。


「……ああ、ごめん。確かにそうだね」


 哲也が襲ってこないとも限らないのだ。飲み物を取りに行くなら、渚に取ってきてもらうべきである。


「じゃあ、ごめんけど」

「何がいい?」

「漆原さんと同じのでいいよ」

「わかった」


 二階へ降りていく渚。修太郎はそれを見送ると、


「哲也。聞こえてるか」


 哲也に声をかける。返事は無い。


「明日だ。明日、行動に移せ」

「……」


 恐らく聞こえているだろうが、相変わらず返事は無い。


「言っとくが、救助が来るにはまだかかる」

「……」


――ガチャリ。


 修太郎がドアを開けて、様子を見る。

 哲也は、怯えきった目で修太郎を見ている。修太郎はジッ、と哲也を見下ろして言う。


「お前に逃げ場はないぞ」

「うぅっ」

「惑わされず、賢明な選択をしろ。死にたくなけりゃあな」


 そう言って、修太郎はドアを閉める。


「本当に、頼むぞ」


 哲也に聞こえないぐらいの、小さな小さな声で、修太郎は呟いた。


                   ******


「ああもう!眠れない!」


 鳴は殺人事件という非日常に出会った恐怖と、渚が修太郎と二人きりになっているという事実が重なってしまったため、疲れているのに眠る事が出来ない。

 夕方に眠ったせいもあるかもしれないが、これでは明日以降哲也の無実を晴らすための調査が満足にできないではないか。


「はぁ」


 自己管理能力の無さを自覚し、落ち込む鳴。


「何か飲むかぁ」


 とりあえず喉の渇きだけでも癒すため、鳴は食堂に言ってみることにした。が、途中の階段に差し掛かったところで足を止める。

 今三階では、修太郎と渚が二人きりになっているはずなのだ。


――こっそり、様子を見に……。


「蓬生さん?」

「ほえっ!?」


 いきなり後ろから声を掛けられたため、鳴は甲高い、変な声を出してしまった。


「う、漆原さん!見張りは?」

「七里君に飲み物を頼まれて」

「あ、なるほど」


 ポン、と手の平を叩くジェスチャーを取って焦りを誤魔化すと、足早に階段を降りて行こうとする鳴。


「蓬生さん」

「はいぃ?」


 名前を呼ばれて反応する鳴の声は、誰が聞いても動揺が感じ取れるものだった。


「七里君ね。あなたとは一緒になれないらしいよ」

「は?」


 一緒になれない?とはこの場合どういう意味だろうか。鳴の疑問を他所に渚は続ける。


「あなたとは距離を置くそうよ。さっき言ってた」

「距離を? それってどういう……」

「さぁ? 私は聞いた事をそのまま伝えただけよ」

「ちょ、ちょっと待って!」

「何?私は見張りがあるんだけど」

「あの」


 修太郎に会わせて欲しい。そう言おうとしたが、もし本当に修太郎が自分をうざったく思っていて、見えないところでは散々悪口を言っているのなら、今会っても厳しい言葉を投げつけられるような気がした。

 というより、別に会いに行くなら彼女の許可を得る必要などない。行きたいなら、勝手に三階に上がって会えばいい。それをしないという事は要するに、今日は色んなことがありすぎた。だから鳴は、これ以上傷つくのが怖かったのである。


「……何でもない」

「そう。じゃあ、お休み」


 渚はアイスコーヒーを入れた紙コップを二つ持って、三階へ上って行った。鳴はその紙コップを奪い取って、渚の顔にぶっかけてやりたかった。


「馬鹿みたい。人が二人も死んでるのに、恋愛の話をする方がどうかしてるのよ」


 鳴は自分可愛さに勝負を逃げた。その事を棚に上げ、渚の悪口を陰でいう事が、今鳴にできる唯一の抵抗だった。


「何よ、何よ……クスン」

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