表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
14/25

2-4 要求は、一つだけだ

「じゃあ、その二人を拘束しないと」

「えっ?」

「おい、どういう事だよ」


 必死さの垣間見える声色で発せられた渚の言葉に、光と哲也が驚きの声をあげた。


「だって、あんたらのどちらかが犯人に決まってるじゃない」

「いや、それは!」

「待って、拘束はちょっと」


 鳴は反対するが、渚の主張は留まらない。今この瞬間に殺人鬼と同席しているのだ。手段を選んではいられないというのは誰の頭にもある。


「椅子に手足を縛り付けるぐらいしないと」

「あ、それ俺やってみたいかも」

「冗談言ってる場合か!」


 修太郎の冗談をいつもは難無く返す光も、さすがにこの状況ではキレてしまう。場違いな発言で場を和ませようとしても無駄である。殺伐な雰囲気は、犯人を特定し隔離するまで終わらない。


「待って、拘束する前に確かめることがあるから」


 これでは身辺調査をしたくてもできない。困った鳴は場を鎮めようとするが、ヒートアップした光達の口論は止まらない。


「そうやって拘束したら、真犯人にまた殺されるだろうが!」

「今の話だったらあんた達のどっちかに決まってるでしょ!」

「決めつけるんじゃねぇよ!漆原、お前だってアリバイが無いじゃないか」

「アリバイが無くたって関係ない状況でしょ!?」

「じゃあ代わりに俺が縛られるよ」


 まだ情報を集めきっていないのに、また場が混乱してしまった。さすがの鳴も堪忍袋の緒が持たなかったらしく、


「うるさぁぁぁい!」


 思い切り叫んでしまった。


「いい加減にしてよ! 皆して、自分だけが不安だと思ってるわけ!?」

「……ごめんなさい」


 代表して修太郎が謝った。何はともあれ、場は静まった。


「睡眠薬」

「あっ」


 鳴が口にしたのは、皆が忘れていたキーワードだった。その所持者=犯人と見て、ほぼ間違いないというくらいの重要証拠である。


「誰か持って来てる人、いる?」

「……」


 誰も、手を挙げない。その動作の重要性を、誰もが理解していた。例え犯人であってもなくとも、ここで挙手はしないだろう。鳴は、仕方なく強権を発動する。


「ごめんけど、全員の荷物を調べさせてもらうよ。拒否権はないから」

「ま、待ってくれ」


 哲也が、手を挙げている。


「俺、持って来てるんだ」

「……」

「はぁ……やっぱりじゃねぇかよ」


 犯人が、確定した。一同の間に、そう言わんばかりの空気が流れていた。


                    ******


 話し合いの末、哲也は三階の一番奥の部屋に監禁しておくことになった。

 哲也は犯人であることを最後まで否定していたが、監禁については賛成が渚・光・修太郎の三人、反対が真守・鳴の二人だけであり、賛成が多数派となり可決されてしまった。


 鳴は修太郎が監禁に賛成したことが意外であり、また不愉快でもあった。涼が監禁されて殺された事への腹いせなのだろうか?

 とはいえ哲也は小学校の頃からの幼馴染である。一緒の道場で空手を習った仲だと言うのに、その友に対してあまりに冷たすぎるのではないだろうか。

 もはや鳴の中の七里修太郎のイメージは、修復できないところまでグチャグチャである。


「見張りはどうするんだ?賛成はしたが、俺はもうごめんだぜ?」


 見張りの仕事を全うしたにも関わらず容疑者扱いされてしまった光は、二度目の見張り役を断固拒否した。


「徴兵忌避は王座剥奪だぞ、光」

「俺はアリじゃねぇよ」

「古すぎるだろ……」


 鳴は二人の漫才コンビネーションを久しぶりに見た気がした。全くもってどうでもよい事だが容疑が晴れたことで、光は少しだけ元のツッコミのキレを取り戻していた。当然周りの反応は冷ややかな物だが、先程まで大混乱していた光にとっては気を紛らわす儀式である。


「さっきと同じだ。賛成派がやりばいい。俺と鳴はゴメンだね」

「一人で見張ったら漆原さんが危ないんじゃないか?」

「じゃあ修太郎と二人で見張っとけよ」

「え?ちょっと待ってよ」


 鳴が声をあげる。


「異論があるのか、鳴」

「いや、そうじゃないけど」


 渚は旅行中に修太郎を陥落させると言っていた。二人で一夜を共にさせて大丈夫なのだろうか。

 だが、修太郎の貞操を気にしている余裕は、もはや鳴には無かった。午前、午後と歩き回って捜査したおかげで、疲労がピークに達しているのだ。


「別に俺はいいよ」

「私も構わないわ。それで決まりね」


 一方、ずっと自室で休憩していた渚の体力は十分余っていた。修太郎と二人きりになれるなら願ったり叶ったりなのであろう。あっさりと見張り役を引き受けた。


「わ、分かった……。ただ、条件がある」


 これから長時間監禁されることを想定すると、哲也には絶対に譲れない条件があった。


「先に、飯を済ませてからにしてくれ」

「あ……」


 昼以降何も食べていないことを、一同は初めて気づいた。

 時刻は既に午後七時を回っていた。


「へぇ、七里君って料理上手いのね」


 渚が上品にマカロニグラタンを口に運びながら言う。

 本来、その日の料理当番は鳴と哲也なのだが、容疑者である哲也を台所に立たせるわけにはいかないので、修太郎が代理を務めることになった。

 今一つ修太郎の考えが読めないため不安に思った真守も志願したが、鳴が修太郎の料理の腕を信頼していたので、修太郎に任せる事となった。


 食事は哲也を含む全員分を作る事になった。

 とはいえ哲也から目を離すわけにもいかないので先に光、真守が食堂で哲也の見張りをし、料理が出来たら修太郎と鳴に交代し、食事をする。二人と渚が食べ終わったら、修太郎と鳴が食ベ始める、というローテーションで行動することにした。


「誰に習ったんだ?修太郎」


 光がテーブルに出されたスパゲッティサラダを食べながら尋ねる。修太郎がグラタンを作り、鳴がスパゲッティサラダを作った。


「才能だよ、さ・い・の・う」

「嘘ばっかり。千鶴おばさんに教えてもらった癖に」


 鳴が突っ込みを入れる。修太郎の料理の腕は、母・千鶴の手伝いを幼いころからやっていたためだった。千鶴が疲れているときは、修太郎が自分で二人分作るときもあった。母が笑いながら欠点を指摘して、日記に記録する。

 鳴はその日記を見せてもらったことがあったが、料理をした日の修太郎の書く文章は、母に喜んでもらえる喜びで溢れていて微笑ましかった。


「凄い人だったんだな、お袋さん」

「そんな大した人じゃなかったよ。なぁ、真守?」


 修太郎は照れているのか謙遜しているのか、控えめなコメントを残して真守にパスを回した。


「何と言うか厳しい人だったな。必要以上に」

「……」


 正直な感想なのだろう。鳴が見た限りでは、真守は千鶴の指導による空手の稽古は、あまり好きではなさそうだった。


「うっぷ……悪い、鳴、修太郎。俺、もう食えねぇわ」


 真守はグラタンとサラダを半分ずつ食べた時点でギブアップした。

 体は栄養を欲しているはずである。だが、その日の内に身近な二人の人物の死を、死体を目の当たりにしてしまった衝撃が、真守や他のメンバーの食欲を奪い去ってしまった。

 結局、完食できたのは修太郎だけで、残りはラップに包んで冷蔵庫にとっておくことになった。修太郎と鳴が洗い物を済ませると、遂に哲也を部屋に監禁することになった。


「じゃあ羽柴を頼むぞ、修太郎」

「ああ」


 光は一人の時間が欲しいらしく、早々と自室に戻って行った。


「漆原さん」

「何?」


 鳴は修太郎と渚を交互に見ると、


「気を付けてね」

「……」


 そう残して、鳴も自室へ行ってしまった。彼女なりの、精一杯の牽制であった。


「信頼が無いね、俺って」


 耳まで両手を挙げてお道化てみせる修太郎。


「妬いてるだけよ」

「鳴が?まさかぁ」


 笑い飛ばす修太郎の視界に、ゲッソリとした哲也が入った。


「哲也、先にトイレで用を足しといてくれると嬉しいな」

「わ、わかったよ」


 犯人候補の最右翼になったとはいえ、警察が介入すればまだ容疑が晴れる可能性がある。まだ哲也は希望を捨ててはいなかった。


「漆原さん、トイレで哲也を見張らないといけないからちょっと待っててくれる?」

「うん、わかった」


 渋々歩く哲也を引っ張りながら、修太郎はトイレへ向かった。


                      ******


 トイレで用をたしながら、哲也は修太郎に文句を言う。


「酷い奴だな、お前も」

「何で?」

「昔からの親友じゃないのか?俺たち。監禁に賛成なんかしやがって。酷いじゃないか」


 そう哲也が言った瞬間、修太郎の纏う空気が変わった。目の色が変わり、哲也を睨み付け始めた。


「親友、だと?」


 声のトーンが明らかに違う事が、哲也の中に怯えを生んだ。


「な、何だよ、突然」

「……哲也」


 睨み付けたまま、修太郎は続けた。


「お前、それでいいのか?」

「は?何がだよ」

「生き方だよ。お前の生き方だ」

「増々わからねぇよ」

「いつかツケが来る」


 その言葉に、哲也が敏感に反応した。


「そう思って生きてきたんだろ?」

「……」

「さっき、親友って言ったな」


 修太郎は握り拳に力を込める。


「言っておくが、俺の親友は涼だけだ」

「何?」

「お前も真守も、親友だとは思ってない」

「嘘だろ!あんなに仲良かったじゃねぇか、俺達は」

「昔はな。今は違う」

「……」


 哲也は、黙り込んだ。次の瞬間、彼の耳に衝撃の台詞が舞い込む。


「なぁ哲也、
















     殺されたく、ないよな?」
















 修太郎は、哲也の耳元で囁いた。


「なっ……」


 哲也は恐怖を感じて後ずさる。


「汚ぇな、チャックを閉めろよ、みっともない」

「お、おま、お前!」


 哲也は恐怖のあまり口をパクパクさせて、上手く喋る事が出来ない。


「自分だけは生き残りたい。そうだろ?」

「お前、お前が……!?」


 修太郎はニヤリと笑ってみせる。


「一つ、生き残るチャンスをやろう。お前にとっても悪い話じゃないと思うぞ?」


 哲也の顔は、まるで酸素を失ったかの様にに真っ青になっていた。


「う、嘘だ! 俺は、あの時お前……!」

「うるせぇッ! 黙りやがれ!」


――ドンッ!


 修太郎はメリケンサックを装着した拳で思い切りトイレの壁を殴り、クレーターを作る。


「ひっ!」

「今すぐここから出て、俺を糾弾するか?悪いが、この状況では誰も信じちゃくれないだろう。さぁ、どうする?」


 この威嚇に、哲也は飲まれた。


「わ、分かった! は、話を聞くから!」

「いいだろう。要求は、一つだけだ」

「お、俺は助けてくれるんだな?」

「おいおい哲也、俺が嘘をついたことがあるか?」


 ニコリと笑いながら、修太郎はそう言った。

 彼の笑顔が、哲也の体を委縮させ、縛り付ける鎖となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ