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探偵の拳  作者: 大培燕
第二章 役立たずの鎖
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2-1 ドア開けたら死んでたんだ

 眠りに落ちた鳴の意識は、俯瞰であるシーンを捉えていた。


 小さい女の子が、真っ黒な服を着て泣いている。記憶を辿り、それが中学一年生、四年前の自分である事に気づく。それが正しければ、人生の中であれほど泣いたのはただの一度しかない。


 修太郎の母親、千鶴の葬式の時。


 ならばどこかに修太郎もいるはずである。そう気づいた鳴は会場を探し回る。自分の近くには、響がいて、彼女もまた号泣している。その隣には、真守と哲也がいて、泣きながら震えている。

 彼らは千鶴の道場に通って、修太郎と一緒に空手を習っていた。その道場の師範が亡くなってしまったのだ。涙も出ないくらいに動揺しているのだと、鳴は可哀想に思った。


 そして気づく。修太郎は親族なのだから、前列にいるに決まっているではないか。そう思って前方を見やる。

 いた。そしてその顔に、涙は無かった。ずっと眉間に皺を寄せて、泣くのを我慢しているのがわかる。

 中学生、十三歳ながら、この葬式における修太郎は喪主だった。目が赤くなっていないところを見ても、まだ満足に泣いていない事は明らかだ。葬式が終わったら思い切り泣くのだろうと、鳴は思っていた。

 だから、次に学校で会った時は、自分が励ましてあげよう。一緒に帰ってあげよう。そう思っていたのに……。

 修太郎は、次の日から鳴の前から消えた。子供のいなかった叔父夫婦に引き取られ、別の市の学校に行ってしまった。

 なら、私でなくてもいい。誰か、誰でもいいから、シュウちゃんの、彼の心を……。


                   ******


――プニッ。


 何かが、体に触ったことに気づき、鳴は覚醒する。


――冷たい。これは……金属!?


 刃物を連想した鳴の体に、一気に緊張が走る。この冷たさから、夢ではない事は間違いない。

 なら、犯人が行動を起こし、事件の真相を嗅ぎまわる自分を殺しに来たという事か!?今私の首筋に、刃物を突き付けているという事か!?


――逃げ場は、無いッ!


 覚悟を決めた鳴はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと、恐る恐る首を回し、横に立つ人物の顔を見た。


「鳴、起きて」

「ぎゃああああああ!」


 立っていたのは修太郎だった。


「嫌っ、嫌ぁ!」


 ブンブンと両手を振り回す鳴。


「ちょっと、落ち着いてよ鳴!」


驚いた鳴が大声で悲鳴を上げたため、一同が鳴の部屋に押し寄せてきた。


「ああもう!皆来ちゃったじゃないか」

「修太郎……何やってんだ?」


 光を始め全員が疑惑の目で修太郎を見たため、弁明が始まった。


「悲鳴が聞こえたから、探偵役の鳴を起こしに来ただけだよ。ほら俺、助手っぽい立場だし」


 簡潔で分かり易い言い訳に、全員が納得するかに思えたが、真守は納得がいかない。


「襲おうとしたんじゃねぇのか?」

「え~、鳴を?」


 修太郎の顔が『それはない』と言っていた様に見えたので、鳴は若干の怒りを覚えて叫ぶ。


「そんなことより!」


 一同がビクッとして鳴を見る。


「悲鳴って何?私がさっきこのエロ魔人に襲われそうになって叫んだこと?」

「だから、それは違うって」


 修太郎を無視して鳴は続ける。


「もしかして、三階で何か起きたの?」


 一同が静まり返る。


「どうしたのさ」


 修太郎も何が起きたのか知らないらしく、不思議そうに周りの顔を覗き込む。


「さっきの悲鳴、光だよね?何があったの?」


 鳴は眠っていて聞こえなかったが、光が悲鳴をあげたらしい。


「死んでるんだ」

「え?」

「甲斐谷が……死んでるんだよ」


 その言葉を聞き終わる前に、修太郎は駆け出していた。


「待って!」


 鳴もそれに続く。階段を駆け上がり、すぐ目の前に見える涼の部屋に飛び込むと、へたり込んでいる修太郎と、青白い顔でベッドに寝ている涼の姿が見えた。


「そんな……」


 修太郎の顔は、響の死体を見た時と比べものにならないくらいの悲壮感を纏っていた。いや、怒っているようにも見えた。

 鳴も涼の体に近づき、首の脈を確認した。体温はそこまで冷えていなかったが、脈は無かった。

 先ほどまで元気だった涼の死を確認して、鳴もまた、その場にへたりこむ。

 残りのメンバーも、現場に戻って来た。


「修太郎、大丈夫か?」


 真守が声をかける。


「……うん」


 スクッ、と立ち上がる修太郎。涼の死体に近づき、彼の瞼を優しく閉じた。その時どのような表情をしていたかは、鳴にはよく見えなかった。


「鳴」


 今までよりも格段に低い声で名前を呼ばれた鳴は、驚いて背筋を伸ばす。


「な、何?」

「捜査、だよね?」


 元の口調で行動を促す修太郎。鳴もすべきことを悟り、立ち上がる。


「神崎君、見つけた時の状況を教えて」

「し、知らねぇよ、ドア開けたら死んでたんだ」


 光は犯人扱いされると思って怯えている。


「何か気づいた事は無いの?」

「知らねぇって!」


 明らかに光は我を忘れていた。十七歳の高校生にこの状況で落ち着いて行動しろと言う方が、無茶な注文であった。


「何でもいいから」

「俺じゃねぇ、俺じゃねぇよ!」


 鳴は光に近づき、手を握る。


「あっ……」

「大丈夫だから。見つけた時の事を教えて」

「う、うん」


 鳴の体温を感じて、ようやく光は落ち着きを見せた。

 光は数秒置いて話すべきことを頭で纏めると、喋りはじめた。


「一時間に一回、甲斐谷が変な行動をしてないか……つまり、逃げようとしてないか、ドアを開けてチェックしてたんだ」


 哲也がウン、ウンと頷いている。


「それで、開けたら、布団の中で横たわってるんだけど、動かないし寝息も聞こえない」

「それで布団をめくってみたら、ってわけか?」

「ああ、そうだ。手首から血が出てやがった」


 光は真守の言葉に同意した。


「よし。鳴、甲斐谷の死体を調べてみよう」


 真守は冷静だった。既に響の死体を見ているので免疫が付いているのかもしれない。

 そう言えば自分も響の時ほどショックを受けていないことに鳴は気づく。

私は人が死ぬことに慣れてしまったのか?もう涙は出ないのか?そんな自分に、またしても嫌悪感を抱いてしまう。


「おい、鳴!」


 真守の声で正気に戻る。


「ご、ごめん」


 鳴は大きく深呼吸をすると、一同に向けて言い放った。


「ここに全員いたら現場の保存が難しいから、私と真守君、シュウちゃんで捜査するよ。他の皆は、食堂に待機しておいて」

「わ、わかったわ」


 渚が震えるような声を絞り出した。彼女にとっては元恋人だっただけあり、ショックも大きいはずである。

 哲也に至っては膝が笑っている。小心者の彼には現場にいるだけで針の筵にいる気持ちなのかもしれない。

 ある程度立ち直った光が二人を連れて一階へ降りて行くのを確認した鳴は、現場の捜査を開始した。

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