1-8 犯人はもう行動を起こせない
その他、三階などの使ってない部屋の鍵も全て鳴が管理することになった。誰かが(というより修太郎が)三階の別の部屋から涼を逃がそうとするのを防ぐためである。
「じゃあ、そういうことで」
光の一言で皆が解散していく。
捜査班の三人は集まって、今後の捜査の方針を立てることにした。
「シュウちゃん、どう思う?」
早くも推理が手詰まりになった鳴はダメ元で修太郎に意見を求める。
「外部犯なんじゃない?」
聞き飽きた、陳腐な意見が返って来た。
「少なくとも涼じゃないと思うよ」
「何でだよ」
真守の中では犯人はもう涼で確定している。そんな口調だった。
「だから、本当に昨日涼と響姉は抱き合ってたんだよ」
「見たの?シュウちゃん」
「鳴、本気で言ってるの?」
鳴は赤面した。よく考えたら、他人の情事をすぐ横で修太郎が見ているわけが無かった。
「せめて二人の内の一方がもう一方の部屋から出てきたのを誰か見ていれば、証明にはなるがな」
どうやら真守は、一応論理的に考える気はある様だ。
「いずれにしろ、犯人はもう行動を起こせないはずね」
「どうして?」
修太郎が不思議そうに尋ねる。
「もし甲斐谷君が犯人であった場合、拘束されているから物理的にこれ以上の行動は不可能」
「うん、うん」
修太郎が頷く。
「それで?」
「もし甲斐谷君以外が犯人だった場合も、もう何も出来ないはず」
「何でだ?」
真守も理解がついて来ないらしい。
「だってせっかく甲斐谷君が犯人だと疑われているのに、ここで新たな犯罪が起こったら、拘束されてる甲斐谷君は容疑から外れてしまうじゃない」
「なるほどな。犯人からしたら、このまま甲斐谷に不利なまま警察が来てくれた方が都合がいい」
「御名答。さっすが、真守君ね」
鳴が真守を褒めると、修太郎がほんの少し、眉間に皺を寄せたような気がした。
焼餅を焼いたのだろうか。不謹慎ではあるが、鳴にはそれが少し嬉しかった。
「なら、仮に快楽殺人者が俺たちの中にいてもこれ以上は何も起こらないわけ?」
「そういうこと。だから不安がる必要はないんだよ、シュウちゃん」
「そっかー。よかったー」
間抜けな声を出しながら安堵の表情を浮かべる修太郎。ちょっと可愛く思った鳴は頭を撫でで見たかったが、グッと我慢する。今はそれどころではない。
「お前は、響姉が死んでも何も変わらないのな」
「ん?」
「羨ましいぜ。その性格」
先ほど侮辱されたことを根に持っているのか、真守が修太郎に突っかかる。
「やめなよ、真守君」
「さっき鳴も言ってただろう?こいつは響姉が死んでも何も感じちゃいないんだ」
「そんなこと……」
だが、死体を見つけたときも、鳴が動揺しているときもただ一人、ずっと平常心を保っていたのが修太郎であった事を鳴は思い出す。
「まさか、お前関わってないよな?」
「何に?」
「恍けるな。お前と甲斐谷が組んで、響姉を殺したんじゃないかって言ってるんだよ」
「え~?」
またしても修太郎が間抜けな声を出す。
「その変な喋り方で誤魔化そうとしても無駄だ。昨日からずっと響姉が好きだって言ってたじゃねぇか」
「言ってたっけ?」
「自分が言ったことも覚えてない、とは言わせねぇぞ」
確かに昨日、女子の中で誰を狙うかと言う話題では、修太郎は響がいいと発言していた。
「えっ、そうなの?シュウちゃん」
「だって大人の女性って憧れるし」
「ほら見ろ。お前、童貞を捨てるために甲斐谷と組んで、その過程で過剰に痛めつけて殺したんじゃないのか」
鳴は修太郎がそんなことをするとはとても思えなかったが、確かに一応そんなストーリーは有り得なくもない。
「やってないよぉ。そんな事」
「どうだかな。どうも俺は、高校生になってからのお前は信用できない」
「はぁ?何それ」
それは鳴も同様だった。環境はこうまで人を変えてしまうのか。修太郎はそう表現できるくらいの別人に成り果てていた。
「昔はあんなに仲が良かったのに、俺や哲也、鳴とも殆ど喋らなくなったし、甲斐谷みたいな不良とばっかり仲良くしやがって」
「俺はみんなと仲良くしてるよ」
「そうかもしれないが、甲斐谷と仲が良いやつなんてお前ぐらいだぞ」
「涼は悪い奴じゃない。皆が決めつけてるだけだよ」
「そう言ってるのはお前だけだろ。そもそもあいつがこの旅行に来るのだって、お前以外は反対だったんだ」
いつのまにか鳴も反対票に入れられているが、鳴は別段涼を嫌っているわけではなかった。
「……」
水掛け論だと判断したのか、修太郎は黙ってしまった。真守は勝ち誇った様な表情をしている。
「まぁ、そんなことはいいとして」
勝者の余韻を鳴の声がぶった切る。
「もう一度現場と死体を調べに行こうよ。現場百遍って言うし」
「何それ」
空気の読めない修太郎を無視し、鳴と真守は現場に向かってしまった。慌てて修太郎が追いかける。
だが、二度目の現場の調査では手がかりは得られなかった。
「響姉ちゃんの首から指紋でも採取できればいいんだけど、道具が無いから無理ね。それに手袋をしてから犯行に臨んだに決まってるし」
「え、何で」
「シュウちゃんさぁ、人の話聞いてた?指紋が残るでしょ、指紋が!」
「あ、そーか」
真守が苦い顔をしている。さすがに修太郎の馬鹿さ加減に嫌気がさしてきたのだろうと鳴は思った。かく言う鳴も少しイライラしている。
何の成果も得られず帰って来た捜査隊三人は、疲れからそのままそれぞれの自室に戻ることにした。
「甲斐谷は、どうだ?」
見張りをしている光に真守が尋ねる。
「一時間に一回様子を見ることにしたんだ。一度目見張った時は起きてたけど、さっき見たら寝てたよ」
「どのくらいの頻度で交代してるんだ?」
「それも一時間ぐらいかな。寝るときは分からないけど」
「そうか、お疲れ様。……ふわぁ~」
そのクタクタな表情から、真守も見張り役は免除してもらい、自室に戻って行った。
自室に戻った鳴は考えを巡らせていた。もし男性陣のうちの誰かが性行目的で響を襲ったなら、次に標的となる可能性があるのは自分か渚ということになる。
だが、部屋にいる限りはどうしても髪の毛などの証拠が残ってしまう。一番疑いの深い涼は拘束中なのだし、やはりこれ以上の犯行はないだろう、と鳴は決めつけた。
そうこう考えている内に、鳴はいつの間にか眠ってしまった。もう犯人は動けないという事が分かっているのだから、多少の安心感が鳴を睡眠へと誘った。
「うわぁぁああ!」
あまりに安心して眠っていたため、三階から叫び声がしても起きることは無かった。




