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シュンの誕生日から3か月ほど経った。
昨日仲間の一人が引き取られていった。確か名前はピノ、利発そうな子供だった。残った孤児の皆が悲しみに暮れるかというとそうではない。皆の関心ごとは既に今日どんなごちそうが食べられるかで頭がいっぱいだった。
いつも通りの朝、いつも通りに畑に行き、いつも通りに働いて、いつも通りにご馳走が待つ教会へ帰る。そんな一日になるはずだった。
でも一つだけいつも通りではないことがあった。
今日の皆はソワソワしており、とても畑仕事に集中できるような雰囲気ではなかった。なにを思ったのか、空に浮かんでる骨付き肉の形をした雲を見て涎をたらすやつまでいる。これでは仕事にならないと判断したのか皆いつもより畑仕事を早めに切り上げた。そのため周りはまだ明るい。
片づけを済ませ、意気揚々と家路についたのはよかったが、どこからともなく遠くの方からガチャガチャと金属がぶつかり合う音が聞こえきた。周りは木々が生い茂る林があったので、どういう状況かまでは見えなかったが、次第に「待てー!」「捕えろ!!」という怒鳴り声が聞こえてくる。
なにかよからぬことが起こっていると悟ったのか子供たちは一様に不安そうにしている。引率の青年も皆の不安を感じ取ったのか、それとも彼自身不安に感じたのか急いで帰ろうといって皆をせかせた。
しかし、分岐路に差し掛かったところで右の方から追いかけられている2人組みの男と、その後ろから追いかけてくる10数名の騎士の姿が見えた。その2人組は子供の集団を見つけた瞬間、ニヤっと笑った。
その笑いを見て、思わず悪寒が走った。マズイ!殺される!!反射的に俺は必至に逃げた。俺の逃げた後ろから悲鳴が聞こえる。でもひとまず自分が捕まえられなかったことに安堵した。まだ心臓が張り裂けそうなほど強く脈を打っている。
俺は走りながら振り返った。そして頭がいっぺんに真っ白になった。地面に血を流し倒れている子供が一人、そしてアリシアが捕まえられていた!その男たちは一人ずつ人質をとり、子供の首に剣を押し当てていた。
「近づくんじゃねぇ!!それ以上近づいたら餓鬼どもを殺す!!」
その状況を見た騎士たちが、10メートルほど離れた位置で静止する。
「これ以上は無駄だ!逃げ切れんぞ。子供を離しておとなしく捕まれ!」
「うるせぇ!!」
男どもがいきり立つ。男の持つ剣がアリシアの首に食い込む。これはマズイ、なんとかしないと!男どもは騎士の方に注意を向けておりこちらに気づいいていない。ただただ焦りだけが募っていく。どうしていいのかわからず、俺は頭が真っ白になり男の足に飛びついて、思いっきり噛んだ。
「痛ってぇ!!!この餓鬼が!!!」
男は自分の足に噛みついているシュンを振り落すとそれに向かって切りつけた。もう一人の男の注意もこちらを向いた。その隙を見逃さず、騎士たちは男たちに切りかかった。
ザシュ!!
男の一人が剣で首を刺しぬかれ崩れ落ち、もう一人の男は腕を切られ剣を取り落した。どうやら人質になっていた二人は大丈夫そうである。よかった・・・安堵するとともにシュンの意識は暗転した。
「シュン!!」
シュンに気付いたアリシアが走り寄ってくる。そして、近づくごとにシュンの状態に気付いた。周りの地面に飛び散った血、シュンの頭が血塗られていた。恐る恐る近づいていったアリシアは、シュンを見た瞬間泣き崩れた。シュンは頭から左目にかけて切られており、どう見ても重症の状態だった。おそらく左目が見えることはもうないだろう。自分のせいでこうなったことをアリシアは後悔した。
「シュン、ごめんなさい。私、私、、、」
アリシアは只々泣くことしかできなかった。
◇◇◇
「うっ!」
目を覚まい、ぼやけた視点が定まると自分はどうやらサンドレア教会にいるのが分かった。薬草の匂いとともに左目から鈍い痛みが伝わってくる。思わず手を添えるとそこには包帯が巻かれていた。
「シュン!起きたの?!」
ふと、そちらを見るとアリシアが目を真っ赤に腫らした状態で、薬を擂っていたのか両手にはすり鉢を抱えていた。
「よかった!」
そう言って既に泣きはらした両目にさらに涙をためた。
「本当にごめんなさい・・・ごめんなさい」
「司祭様にも回復魔法をかけてくれるようにお願いしたの、、、」
でも、、、そういってアリシアは言葉を続けられなくなった。その様子からなんとなく状況が理解できた。どうやら自分の怪我は酷かったらしい、回復魔法に限界があり上辺の傷を治せても視力を取り戻すことは無理なのだろう。そもそも回復魔法自体孤児に使うには貴重な魔法である。回復魔法は命を削るといわれている。回復魔法を使う人が総じて短命であるから言われていることである。身寄りもなく、回復の可能性さえない低い孤児に使うには贅沢すぎたのだろう。薬草を融通してくれただけでもありがたいと思う。
「大丈夫だよアリシア、この通り無事なんだし」
そういって、元気づけようとしたが声が弱弱しかったせいかアリシアがさらに泣いてしまった。
アリシアを助けられて本当に良かったと思っている。後悔はしていない。
懐かれていると思っていたけど、俺の中でもいつのまにか大きな存在になっていたんだろう。
でも一方でこれからのことを思うと気が重い。傷物になってしまった自分は誰かにもらわれていくのは絶望的だろう。なにも力のない自分では教会から出て行ったとしても生きていくことは難しいだろう。
これからどうなるのか一抹の不安を覚えながら、体が休息を欲したのか深い眠りへと落ちて行った。