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頭に靄がかかったような状態の頭に手を当て、ゆっくり身を起こす。外はまだ薄暗く、完全に夜が明けていない。少し目覚めるのが早いかとは思ったが、もう一度寝るほどの時間はないだろうと考え、そのまま起きることにした。なにかひどく長い夢を見た気がしたのだが、なにも思い出せない。
ベットと呼ぶには烏滸がましい広い台の上にうす布を引いただけのものから、周りを起こさないようにして静かに起き上がる。ふと枕元においてある固そうなパンが2つとガラクタとしか呼べないようなものが目に入る。それを見て優しい気持ちになり自然と笑顔を浮かべた少年は昨日のことを思い出す。昨日は自分が生まれてからちょうど8年目にあたる日であったらしい。自分が孤児である時点で正確な誕生日などはわからないのだが、ここサンドレア協会の孤児院に捨てられた、司祭様に拾われた日がそれぞれの誕生日とすることが恒例となっていた。
それぞれの誕生日には周りの孤児たちが一緒に祝ってくれる。といっても大したことをするわけではない。それぞれどこからともなく拾ってきたまだ使えそうなガラクタをプレゼントするだけである。比較的上等なプレゼントは寧ろ食べ物だろう。ここでは育ちざかりの子供には少々物足りない量のご飯しか食べられない。
でもそんな中でも一日だけ、本当のごちそうが食べられる日がある。
それは自分の仲間が1人いなくなる日。
別に殺されるわけではない。養子としてもらわれていくのだ。裕福な貴族の道楽でもらわれていくのはまだいい方である。なかには娼館で働かせるために“将来有望”な女の子がもらわれていく。勿論そういう目的で男だってもらわれていく。もらっていく方も表立ってそういって子供を養子に迎えるわけではない。普通に養子を迎え入れるふりをするのだけれど、気付いたらそういう道を辿っていく子供が多いのもまた事実である。
だからこそ「目利き」なんていう人がよく、孤児院にきては年頃になった子供たちを物色する。おめがねにかなえば、どこからともなく目利きの紹介で里親が子供を引き取りに来るのだ。それで本当に幸せになる子供もいるから、完全に否定することもできない。
「シュン?」
眠たげの声で横から声がかかった。どうやら起こしてしまったらしい。
「すまん、起こしたか?」
これ以上皆を起こさないようにベットから降り、井戸の方へ向かう身支度を整えて、今日も畑に出なければならない。働かざる者食うべからずである。
ここはウルサ帝国の辺境の町ライズである。ライズ湖に隣接し、町の名前も湖にちなんでつけられたものだ。比較的肥沃な土壌で、真面目に働けばそれなりには食える恵まれた土地でもある。王都ウルサザールから馬車で1か月ほどかかるといわれているが、周りを森林に囲まれ、湖もあることから貴族の避暑地として有名でもある。町の中心は立派な屋敷が立ち並ぶが、一年を通して人が住んでいるのはわずかばかりの時期しかないのが現実である。
「さぁて今日も頑張るか!」
俺が身支度を整えている間に残りの孤児たちもぞろぞろと起き上がってきた。皆で朝のお祈りを済ませると、一斉に教会の畑に向かう。
「ねぇシュン、今日なんかすっごく早く起きてたけどなんかあったの?」
後ろから追いついてきたアリシアが話しかけてくる。
「いや、たまたま早く起きただけだよ」
「そう」
特にそれほど気になったわけでもないのだろう。アリシアは話題を変えた。
「そういえばシュン将来どうするか決めた?」
アリシアがこう聞いてくるのにも理由がある孤児には幾つかの道が用意されている。8歳~12歳までに里親にもらわれていくという道が一つ。12歳になり、独り立ちして自分で稼いでいきていく道が一つ、そして12歳で協会に残り協会に奉仕し、その代り食を得る道が一つである。
なにも教会にはお金しか寄付が来ないわけではない。寄付された土地というものがあり、そこでの働き手もまた必要とされるのである。
シュン自身はまだどうするか決めてない。と言っても里親にもらっていってほしくてもそれが実現するかどうかなんて本人はわからないのだから仕方がない。
「まだかな。・・・まぁでも幸せには暮らしたいよな」
「うん!私シュンとも一緒にいれたらいいなぁ」
特に深い意味もなかったのかもしれないが、アリシアは目をキラキラ輝かせながらこっちの顔を覗き込んでくる。アリシアは俺より3か月前ほどに8歳になったばかりで、くすみがかかったようなブロンドの髪と愛くるしい顔立ちをしている。将来は美人になる可能性を十分に感じさせる。アリシアはどこかにもらわれていく可能性が高いかもしれない。昔、協会に来たばっかりのころに同じ孤児仲間にいじめられていたのを助けてから、自分の方が年下なのに懐かれている。
「そうだな」
気のない返事を返してやると、ぶ~といってふてくされて抓ってくる仕草が可愛らしい。
「むくれてないで仕事やるぞ!」
なんだかんだ喋っている間にどうやら畑についたようである。笑って声をかけるとアリシアも元気がでたのか、農具を取りに行った。雲一つない晴れ上がった空を見上げて、今後のことを考えてみたが、なにもわからないのが正直な感想だった。
「ま、なるようになるさ」
シュンはそう囁くと仕事を始めた。
その時までは貧しいけど平和な毎日が続くと思っていた。
こうやってアリシアとお互いじゃれ合うことができるのだって、そんなに長い時間は残されていたかったなんて、、、
俺は想像さえしていなかった