リプレイ1回目(8)
あれから何事もなく修行は順調に進んだ。いや、何事もなくは語弊があったかもしれない。あのフューゲルがなにも起こさないなんてことはないのだから。
避暑地へ訪れた貴族は大抵、この町から世話係の村人を募る。避暑地にまでぞろぞろと使用人を連れてくるのは効率が悪いからだ。大抵指導ができる使用人を10人ほどつれ、本当の雑用は現地で労働力を賄うのが普通であった。これは村人にとっても良い臨時収入になったものだから、大抵応募は殺到する。
大抵は容姿が整った娘が採用されるのは世の常ではあり、娘の方も貴族のお手付きとなればよい生活ができるかもしれないという玉の輿根性満載で応募する人が多くいるのも否定しない。
フューゲルらがここへ来てから2か月ほど経った頃だろうか。街中を歩いているときに、どうも騒がしいと思って周りを見渡すと人が集まっている場所を見つけた。シュンは好奇心に駆られて覗きに行ったのだがすぐに後悔する。よく見たらフューゲルらが泊まっている屋敷の前だったからである。
その前で騎士二人に押し止められている男がわめいているのがわかった。
「娘になにをしたんだ!娘を、、、娘を返せ!!こんなはした金なんていらねぇよ!」
そう言って地面にお金が入った袋が投げ捨てられる。その時に気づいたのだが、男の足元には茣蓙の上に少女と呼ぶにふさわしい年齢の子が全裸で一人横たわっていた。ピクリとも動かないその様子に死んでいるのだと悟った。
「あそこの娘っこお手付きになったらしい」
「そんなことよくあることじゃねぇか」
ああ、と言って横で話している男の一人が頷く
「でもヒデェことに昨日、父親のところに金と一緒に死んだ状態で帰ってきたらしい。不慮の事故だとよ」
「どんな事故だよ」
「さぁな、全裸で直前まで情事におよんでた跡があって、首にクッキリ指の跡があったらどうな事故だと思うよ」
「・・・」
その情景を想像したのだろう、もう片方の男は沈黙した。
「俺の隣に住んでるやつも娘を奉公に出してたぜ。帰ってから娘を家に呼び戻せって教えてやらんといかんな」
そういって口々に村人たちは囁き合っていた。まだ門の前では父親と思しき男と騎士がもめている。そうこうしているうちに屋敷の中からさらに2人騎士が出てきた。何やら不穏な空気を纏っているその2人に回りを囲んでいた野次馬は一歩下がる。門から出てくると片方がもう片方の男に目配せをした。
ジャキ
剣が鞘から外れた音がして、父親の男も青ざめた。
「殺して口を封じようってか!こんなに見てる人がいるんだぞ!やれるもんならやってみろ!」
足が震えているが精一杯の虚勢をはる。しかし、無情にも大した興味もなさそうに男が剣を振りかぶる。
「ヒッ!」
「やめろ!」
以外にもその男を止めたのは門番をしていた騎士だった。
「バーサク様のお名前を汚すつもりか」
そう言ってその騎士は、屋敷から出てきた2人を睨みつけた。
「フリューゲル様の子飼いだからと言って、バーサク様のお名前を汚すようなら容赦はせんぞ」
放たれる殺気に周りが一斉に静かになる。殺気を向けられた2人も予想外の展開に面食らった様子で、剣を下して視線を交わすと、ぺっと地面に唾を吐き捨てて屋敷に戻っていった。一気に和らいだ緊張にどこからともなくため息が漏れる。シュンも手をかけていた剣から手を下す。
危うく手を出すところだった。あの時の情景が思い出されていてもたってもいられなくなったのだ。まだまだ未熟な自分が手を出したところでなんの助けになりはしなかっただろう。
まだだ・・・
まだその時じゃない
俺にはまだまだ力が足りない!
シュンは手をきつく握りしめるとその場から立ち去った。