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第五話 かすかな灯―暗(ブラック)―

もし


待って下さっている方がいたとしましたら




大変長らくお待たせ致しました(汗)





SINCERE―シンシア―

第五話です






 ──翌日の朝。

 忙しい朝の病院。だが今日は、いつも以上に慌ただしい。昨日収容された多くの患者のために。白衣を来た人々が動き回っている。

 (コア)の病院には、核内で働く者に限り面会時間という概念がない。そのため、更にごった返していた。


 そんな中、リラ・フロン・ケント・ユリ・チェスタ・キャリオもセイドとシアの様子を見に病院へ訪れた。ケント&ユリは、昨日はとっさに怪我人の手当てに参加していたが、本来は病院のではなく軍の医師と看護師であるため、夜は帰宅していた。



 セイドの姿が視界に入った途端、リラは呆れ顔でわざとらしく豪快にため息をついた。

 そこには、ベッドの上でスヤスヤと眠るセイドと、セイドのベッドの近くの椅子に腰掛け、セイドのベッドに顔を伏せて眠るシアの姿があった。まるでシアはセイドに寄り添うかの様で、なんとも言えない恋人同士かの様な雰囲気が漂っていた。


「コイツら、いつのまにこんなラブラブになってんだ……?」


 リラが呟く。見た瞬間の素直な感想。皆も思わず頷く。その時、声のせいか人の気配のせいかセイドがゆっくりと目を開けた。


「……ん?」

「お、セイド。起きたか?」


 セイドは眠気眼で辺りを見渡す。までもなく、直ぐにセイドのベッドに伏せて眠るシアを見つけた。一瞬固まった後にセイドは驚き声を上げる、が声にならない。

 自分に寄り添うかの様に眠るシア。なんだかとてつもなく恥ずかしく嬉しい光景に顔が赤く染め上がる。だが何故こんな事態になっているのかわからず、目を見開くばかり。


「シアッ!?」

「よぉ。セイド〜」


 リラは慌てふためくセイドの顔を除き込む。面白い程に真っ赤になっているセイドに吹き出しそうになりながらも。


「いつのまにシア、落としたんだ?」


 セイドの性格を考えればそんな訳はないことはわかっているが、リラは敢えて口に出した。全てはセイドをからかうために。リラが言い終わるや否や、セイドは全力で首を横に振り否定する。案の定な反応にリラは楽しくて仕方がない。


「んなっ! こ、これはっ!?」

「んだよー。落としたんじゃねぇのかよ?」

「んな訳ない……っ」

「だってこんなシチュエーション……。夜の間に頑張っちゃったかと」

「頑張るって何を……っ」

「ん……」


 病院であるのにも関わらずギャアギャアと騒ぐセイドとリラの声に、シアも目を覚ました。ゆっくりと顔を上げると、シアは何処か宙を眺めている。相変わらず焦点の定まらぬ目をしているが、より一層どこを見ているのかわからない。


「シア?」


 寝惚けた様子のシアに、リラが呆れて声をかける。シアは声のした方にゆっくりと反応。


「リラ。いたのか……」

「……はよ」


「シッ、シシ、シアァ!?」


 顔を真っ赤に染め上げたままのセイドが、声を裏返しながら言う。


「あぁ、セイド。起きたのか」

「うん。起きたけど……。

 って、それより、なんで、こ、ここで寝て……っ?」


 シアはまだどこか寝惚けたまま。思ったよりも寝起きは悪いらしい。トロンとした瞳で口を開く。隣でお前が寝てたから、と。得に深い意味はないらしい。なんともシアらしい答えとリラは感じた。



「そういえば」


 少しして、ようやっと完全に目を覚ましたらしいシア。改めて辺りを見回し、昨夜ベッドの上でも抱いた疑問をぶつけた。


「ここはどこだ?」

「あぁ。ここは病院」

「病院? なんで病院なんかに……っ」


 その時、シアは何かに気付き言葉を詰まらせた。無表情ながらも若干、表情も強張ったのだが、それに気付く者は少ない。シアの視線の先には、セイドの胸に巻かれた包帯。そっと手を伸ばした。


「セイド……。本当、この怪我、どうしたんだ?」

「え……」


 セイドは声を詰まらせる。

 倒れる前のシアもやはり、怪我のことを聞いて来た。自分でやったもので、しかもその直後であったのにも関わらず。やはり覚えていないのか、と疑問を持つ。また、だからと言って『シアがやった傷だ』とは、言う気もなければ言いたくもなかった。

 むしろ、未だセイドは信じたくない。そう、考えていた。


 痛くないのか、と聞くシアにセイドは、今はね、と焦りつつ答えるしかなかった。


 その場にいる者は皆、不思議でならない。

 ──あれだけの騒ぎを起こしたシア。なのに何故、そこだけスッポリと記憶が抜け落ちているのか……?


「シア……?」


 フロンが静かに口を開く。神妙な顔をして。


「フロン」

「ねぇ、シア。どうしてセイド君がこんな怪我を負ったか、本当に覚えてないの?」


 シアは今、左耳のピアスが外れている。ピアスのついている間の記憶は一切覚えていない様になっている。本当に何も覚えていない、むしろ知らないことなのでキョトンとするだけ。


「覚えているも何も、全く知らない……」


 ルインに操られている間の記憶のないシアからすれば、気が付いたらあの場所にいて、周りに怪我して倒れている人がいて、目の前には血を流したセイドがいた。説明を請いたいのはシアの方である。


 ホントに、覚えてないんだ。


 シアの態度を散々見て、セイドようやっとそう確信した。と同時にシアが『元に戻った時』を思い返す。──シアの左耳に付いていたピアスが取れた時、シアは元に戻った──様に感じた。やはりあのピアスが何かしら関係してるのではという考えに辿り着く。そして、もとに戻る、と同時に記憶も抜け落ちているのでは……、と。


「そうだ」


 セイドの思考を遮る様にシアが声を上げた。シアは、フロンに根掘り葉掘り聞かれてルインの存在を思い出していた。


「昨日、目が覚めたらアイツがいた……」

「アイツ……?」


 あまり表情の動かないシアが神妙な顔をする。セイドの疑問にシアは神妙な瞳で宙を眺める。脳裏には、不適な笑みを浮かべるルイン──。


「名前は、分からない……。けど、アイツは私に唯一記憶のある13才の時に、ずっと側にいた男だ……」



 皆に衝撃が走る。とっさにリラが口を開く。


「何処で会ったんだ?」

「わからない……」


 シアは少しうつ向く。地球ではあったとは思う、と付け足した。

 シアの言葉に沈黙が訪れる。皆、言葉を無くし、息を飲む。

 セイドは困惑した瞳でシアを見つめ、考えた。シア以外のこの場にいる者、全てが似た様な考えに辿り付いていた。その怪しすぎる『アイツ』の存在に。


 その『アイツ』が、シアをどうにかしたのでは?






 病室の入り口。そこに佇む一人の大柄な白衣の男。ルインである。シアを尋ねて来たが先客がいたため立ち聞きをしていた。遅れを取ったことに、鋭い瞳を更に鋭くさせて苦々しく舌打ちをした。


 ルインは、(コア)に侵入するにあたり、『新しく入った科学者』として正式に核の研究所に籍を置いていた。が、夜間の病院に見舞いとして行くと流石に目立つので控えていた。更に昨夜は、『シアに起こる有り得ない変化』について考えるのに費やしていた。


 初めて、勝手に元に戻ったシアのことを。






「なんなのかしら。その『アイツ』って……」


 フロンが呟く。が、誰一人答えは持つ者はいない。シアですら、名前も知らない相手。皆、黙り込む中、チェスタが口を開く。


「その人、地球人じゃない……、ッスよね?」

「多分……」


 シアがボソッと答える。答えはするが、シアにも確信はない。

 ルインは、シアが13の頃。ずっとと言っても良い程側にいた男であった。だが、今にしてかんがえるとその男が何て星の人間なのか、年齢も名前すらも知らなかった。当時何も疑問を抱かなかった自分自身が、今のシアにとって疑問となった。

 得体の知れない『アイツ』の存在に皆、何を言ってよいのかわからない。口を噤み、重たくなるばかりの空気。しばしの沈黙。

 セイドはちらっとシアを見た。シアは無表情に近いながらも少し眉を潜めている。そんなシアをセイドは見据えた。そして、あることに気付く。


「シア」


 うつ向いていたシアがゆっくりと顔を上げる。真っ直ぐにセイドを見返すシアの瞳。セイドはそっとシアの顔に手を伸ばし、優しく頬を包み込む。シアの瞳をじっと見つめる。



「なんか、一昨日よりも目がはっきりしてる……」


 セイドが呟く。が、唐突で尚且ついまいち意味のわからない抽象的な言葉に皆は目を点にする。


「は?」

「いや、なんて言うか、一昨日は何処見てるか分かんないっていうか、目が虚ろっていうかだったのに……」


 話しながらセイドは言葉を探す。シアの瞳を見つめつつ。


「灯りがともった……、っていうか。

 感情を持った、みたいな……」



 感情……?


 セイドの言葉からシアはルインに言われたことを思い返した。ふとシアの頭に、13才の頃の自分の姿が浮かび上がる。ルイン曰く『人形』だった時の自分を。それとルインに言われた一言、『何故そんなに感情豊かなんだ?』


 私には、感情がなかった……?

 だけど、今は?




「お取り込み中失礼」


 その時、部屋の入り口より張りのある男性の声が響く。皆、一斉に振り向く。そこに立っていたのは、背広を来た三人の中年男性。皆、一様に険しい顔をしている。キョトンとしているセイド達。三人の中で真ん中に立っていた男性が前へ一歩踏み出し、背広の内ポケットより掌程の何かを取り出し、セイド達に見せた。

 その何かは(コア)の人間からすれば見慣れた大きさ・形。すぐになんだかわかる。身分証。それに書かれた文字は、POLICE(ポリス)


「シンシアさん、ですね?

 警察です」



 セイド達に衝撃が走る。皆が図ったかの様に目を見開き、息を飲んだ。


「シンシアさん。一緒に来て頂けますね……?」


 シアは怪訝な顔をしつつ、目を見開く。

 警察から、名指しで一緒に来いと言われる。記憶のないシアには、全く何故だかわからない。身に覚えがなさ過ぎて咄嗟に反応できない。


「ちょ、ちょっと待って下さいっ」


 呆然と三人の警察を眺めるシア。の代わりに、セイドが思わず声を上げる。咄嗟にシアの肩に手をかけ、自分に引き寄せた。守るかの様に。


「シアにはあの時の記憶がないんですっ」


 声を荒げるセイドに、警察の男性は冷静に答える。


「記憶がない?」

「そうですっ」

「それが嘘でも本当でも、殺人未遂にはかわりないですよ」

「それにしたって……」


 ──殺人未遂?


 セイドと警察のやりとりに、シアは混乱する。急に出た思いも寄らぬ言葉。驚きを、疑問を声に出したくとも声が出ない。心の中で疑問を問いかける。


「君は……」


 必死にシアをかばうセイドに、警察は怪訝な顔をする。


「見たところ彼女の被害者じゃないのですか?」

「!!」


 声にならない叫び声を上げたのはセイドとシア。セイドは痛い所をつかれて。シアは……、我が耳を疑って。


「なぜそんなに彼女をかばうのです?」

「か、かばってるんじゃ……っ」

「セイドッ」



 呆然としていたシアは、やっとの思いで口を開いた。聞きたいことは山ほどあったが、あまりのことに頭がなかなか働かないでいた。頭の中でぐるぐると回るセイドの言葉を必死で整理しようとする。


 ──被害者?


「『あの時』っていつだ……?」


 シアは困惑した瞳で言う。そんなシアの言葉にセイドは息を飲んだ。思わず、シアの知らないことを口走っていたことに気付く。


「『被害者』って、『被害者』ってなんだ!?」


 次第に声が大きくなるシア。返す言葉のないセイド。リラやフロン達もかける言葉もなく黙り込む。怖い程に静まり返った病室。シアの静かな声が響く。


「もしかして、お前のその傷は、

 私が、やったのか……?」


 私は、何をやったんだ……?


「ち、違う……っ」


 セイドは思わず叫ぶ。


「シアッ。違うんだ……っ」

「じゃあ」


 気付かれたくなかったこと、気付かせたくなかったこと、認めたくなかったこと。自ら気付かせてしまったセイドは、悲痛な声で叫ぶ。シアは静かな声でそれを遮る。だがそれは、余りの予想だにしない出来事に、シアの頭が対応仕切れていないがゆえであった。

 普段感情というものがイマイチ感じられないシアだが、さすがに動揺する。


「その傷は、どこで負ったんだ?」


 痛い所をつかれ、なんとか誤魔化そうとセイドは声を大にする。

 それほどまでにセイドは、シアが自分を傷付けた事を認めたくはなかった。


「だ、だから、これは……。ほらっ、兵士の訓練室で……っ」

「嘘をつくなっ」


 セイドの態度にシアは気付く。セイドの傷は自分が付けたこと。そして、セイドは必死に自分をかばおうとしてくれていることを。


「だったらお前、なんであんな所であんな格好のままフラフラしていたんだ? そんな所で怪我したのなら、手当ての1つや2つ、受けてるはずだろう!?」


 あまり感情出さないシア。そんなシアの心からの叫び。セイドはもちろん、リラもフロンもケント達も、言葉を無くしただ神妙にシアを見つめる。


「記憶がないというのは本当の様ですね」


 しばしの沈黙を破り警察の男性が口を開く。


「まぁ、記憶がないのなら催眠療法でもなんでも……」

「ちょっ」


 警察の言葉にセイドは声を荒げた。しかし、警察はそんなことには構わず話を続ける。


「シンシアさん。一緒に来て頂けますね?」

「ちょっと……っ」

「行ったら……」


 セイドの声を遮りシアが小さく口を開いた。小さな声が、響く。セイドもリラ達もシアに視線を向ける。


「もし行ったら、記憶が戻るのか……?」


 神妙な顔でシアは言う。我が耳を疑うセイド達。


「あぁ。戻りますよ」

「シアッ!」


 引き留める様に叫ぶセイド。だが警察の言葉に、シアの瞳に何かの決心の色が浮かぶ。


「行く……っ」


 シアは立ち上がる。思わず叫ぶセイド達。


「シアッ!?」

「セイド」


 シアは直ぐ様口を開く。まだ、何処か戸惑った顔はしているが、決心による張りのある声で。


「私は、記憶を取り戻したい」


 静まり返る病室。シアの真剣な想い。記憶を無くした者にとっての当然の願い。皆にもそれは痛い程伝わっていた。


「シア……」


 呆然と呟くセイド。シアの想いを感じ、もはや引き止める術はなかった。

 シアはそのまま、警察の男性達の方へゆっくりと歩き出す。

成す術無くシアを見つめるセイド達。

警察の手により、シアに手錠がはめられる。見たくもなかった光景なのに、セイドにはスローモーションでも見て居るかの如くゆっくりと流れて行く。警察に掴まってしまったシアの姿に居ても立ってもいられなくなったセイド。為す術ないながらもなんとかしようと、ベッドから降り思わずシアの腕を掴む。


「シアッ」


 そう呼んだ直後、セイドは固まった。セイドだけではない。リラもフロンもケント達も。


 ふと、シアから柔らかな空気が流れる。シアがセイドに、微かな笑みを送っていたのだ。

 予想だにしない見たことのないシアの姿に、呆然とするセイド。そんなセイドにシアは微かな笑みを浮かべたまま、優しく囁いた。


「もういい。セイド。もういいよ」


 セイドの、シアをかばおうという気持ち。シアにも十分伝わっていた。セイドの傷は自分が付けたのであろうに。必死なセイドの姿はシアの心に染み渡っている。なんとも、シアにとって形容しがたい暖かな気持ちが膨れ上がる。

 ルイン曰く感情を持たずに産まれてきたはずのシア。そんなシアに産まれた感情。


 『嬉しい』


 微かながらも笑みが産まれていたのはそのためである。

 シアはそっとセイドの今は傷を塞ぐ為の特殊な包帯に包まれた胸に手を伸ばす。手錠がはめられると言っても、手錠は無線でコントロールする為の機械であるため、普段は自由に手を使える。


「この傷……」


 シアの顔から笑みが消え、謝罪の色に染まる。


「ごめん」


 殆んど無表情であったことを忘れさせる程、シアから現れる表情。引き留めるはずだったセイドは、シアの表情に目を奪われ息を飲む。それこそ、為す術がない。


「シ……」


 やっとの想いで声をあげたセイドの口を、シアが手でそっと塞ぐ。なんとも柔らかな優しい感触に何も言えなくなったセイド。シアはそのままその手をセイド首にまわす。そっと、もう片方の手も首へと添えられる。両の手は自然セイドの顔を引き寄せる。自身も頭一つ大きいセイドに向けて背伸びをする。そっと目を閉じる。

 何が起きて居るのかわからないセイドはただ呆然と目を見開き、されるがまま。近付いて来るのはシアの顔。初めて『愛しさ』を教えてくれた(ひと)の顔。



 シアはセイドの唇、の左端にそっと口付けた。



 セイドは、我が身に起こったことが理解出来ない。生まれて初めての、左端とはいえ唇に感じた柔らかな感触に思考回路はショートする。リラ達も、突然の思いもよらぬシアの行動に目を丸くするばかりである。

 静まり返る病室。


 シアの、セイドへの微妙な位置のキス。優に5秒は越える長目のキスの後、シアはそっと手を離した。

 セイドは未だ理解しきず。衝撃があまりにも大き過ぎた。目を見開き、静かにシアを見下ろす。


 何を、やってるんだ……?


 シアは自分自身へ疑問を投げ掛けた。

 セイドへの口付け。考えて出た行動ではなく、自然と出た行動であった。勝手に体が動いて居た。セイドの、自分をかばおうとしてくれる心、心配してくれる心、セイドの想い……。それをひしひしと感じ、不意に体が動いていた。

 理屈ではない行動。


「行きましょうか」


 静まり返る病室に、警察の男の低い声が響く。シアは背中を押され病室を出て行く。

 呆然と固まったままのセイド。唖然と固まったままのリラ達。引き止める言葉は、誰の口からも出てはこなかった。




 警察か……。


 シアが警察に捕まる所を見届けたルイン。仕方なく研究所に戻っていた。


 面倒なとこに捕まったもんだな。


 軽く溜め息をつく。しかし、その直後。ルインの瞳には不敵な笑みが浮かんでいた。


 だが、地球の文明じゃシアの記憶は取り戻せまい。






 ──今……?


 シアの出て行った病室は、怖い位に静まり反っていた。シアの起こした意外な行動に皆、ただひたすら呆然とするばかり。


「今のって……、『ホッペにチュー』だろ?」


 リラが呆然としながら呟く。リラのいる位置はセイドの背後にあたり。先程のシアの行動は、良くは見えていなかった。

 不意に寄せられた外からの質問のおかげで、少し頭の整理が付いて来たセイド。とりあえず、リラの言葉には当てはまらないと思い、ただ首を横に振る。反応するだけで、瞳は未だシアの出て行った病院のドアを凝視している。


「えっ。じゃあマジにキス!?」


 今度は首を傾げる。曖昧な返事に苛ついたリラは声を荒げる。


「どっちだよ!?」


 今の何……?


 セイドは頭の整理は付いて来たものの、心では理解出来ていない。思いも寄らぬ、だが決して嫌ではない、むしろ嬉しいであろうシアの行動。頭では理解したがどうしてそんなことをして貰えたのかがわからない。

 更に、その場所もまた微妙な位置で余計混乱する。リラに『どっち』と聞かれても、自分自身が『どっち』と聞きたい位であった。『シアが警察に連れて行かれてしまった』ことすらも、いまいち考えられない。


 ただ脳裏に渦巻くのは目前に広がるシアの綺麗な顔。体験したことのない、唇に少しかかった柔らかな感触。衝撃的なシアからの、キス。


「なんか……、この辺?」


 セイドは自分の唇の左端をそっと触れる。


「この辺……、に?」


 唇に……?


 シアに触れられた部分を自身で触れた。より一層鮮やかに蘇る心地良い感触。その瞬間セイドの顔は、耳までも真っ赤に染めあげられた。体中の血液が逆流を始める。


「お前もしかしなくてもファーストキスか……?」


 尋常じゃないセイドのほてらせ方に飽きれ顔のリラ。






「え? 昔のシアのこと?」


 シアが警察に連れて行かれえからしばらく。ようやっと落ち着いたセイドに、フロンが切り出した。

 その間、病室は怖い位に静まり返っていた。皆、記憶がなかったとは言え、何1つ言い逃れ出来ない様なシアの身の上に起こる事態に言葉もなくなっていた。

 そんな中、フロンがセイドにポツリと呟いた。『昔見たシアのことを話してくれ』と。


「えぇ。何か……、分かることもあるんじゃないかって……」


 フロンは苦し気な表情を浮かべる。フロンの言葉にセイド納得。記憶を辿る。

 セイドの脳裏に、4年前のシアが、色褪せることなく浮かび上がる。空襲警報の中、非難所を目指し走るセイド。ふと耳についた物音に何の気もなしに足を止める。そこで見つけた怖い程綺麗な娘。

 たくさんの惨殺死体の真ん中に佇むシア。

 光の反射で青く光る銀の髪と雪の様な白い肌に、艶やかに映える血。血の如く赤い、宝石の様な瞳。宝石の様に輝くのに、意思と言う輝きは見えて来ない空ろな瞳。

 目が合った。そう思ったのはセイドだけなのか。


 そして、幼い4年前のシアの記憶に触発されるかの様に思い起こされる昨日のシア。たくさんの怪我人の真ん中に佇むシア。


「シアが……、保護された時と同じだよ」


 神妙な顔で呟くセイド。

 今までは、『シア』という少女だけを気にして、シアの不可解な状況にはあえて目をつむっていたセイド。だが、ここへ来てそういう訳にも行かなくなっていた。

 シアを助けたいのであれば、それはすなわち全てを受け止めなくてはならない。


「え……?」


 セイドの言葉に、フロンは目を丸くした。直後、怪訝な顔に変わる。


「『保護された時』って、あの惨殺された人達の真ん中で……、っていうあれ!?」

「うん」


 思わず口調が強くなるフロン。それに対し、セイドの言葉には力はない。


「ただ……、気絶してたんじゃなくて、立ってたけど」


 確かにこの目で見たシア。惨殺死体の真ん中に佇む血まみれのシア。その血は、どう見ても返り血であった。が、セイドは未だに信じたくない気持ちが大きい。


 あの惨殺死体は

 シアがやったのではなく

 他の誰かがやって

 シアは唯一助かった


 被害者なのだと……──。


「フロン?」


 不意にリラが声をあげる。フロンが余りにも神妙な顔で氷りついていたからだ。リラの声にセイドもフロンの様子に気付く。

 その神妙な氷りついた顔はフロンだけではなく、ケントとユリも浮かべていた。


「それ、いつの話……?」


 フロンはボソッと言う。フロン達の様子に首を傾げるセイド・りラ・チェスタ・キャリオ。ただ、表情から只事ではない雰囲気だけ感じ取る。


「え? 俺が15の時だから4年前……?」

「4年前……!?」


 首を傾げつつのセイドの言葉に、フロンとケントとユリの表情は更に氷りついた。


「ねぇ、フロンっ。それって……っ」


 思わず口を開きつつも、言葉を詰まらせるユリ。


「な……、なんだよ……」


 ただならぬ雰囲気に、リラは困惑しながらも口を開く。セイドは眉間に皺を寄せ、言葉なくフロンを見つめるだけ。

 フロンとケントとユリは、氷りついた表情のまま顔を見合わせた。病室の中に重たい空気が流れる。深刻な表情で顔を見合わせたまま言葉を無くすフロン達。

 そんなフロン達の反応にセイドは嫌な予感がしていた。何かはわからない。何か、悪寒。


「な、何……? ねぇ、一体何を知ってるの!?」


 嫌な予感はすれど、聞かずにはいられない。セイドは、必死な面持ちで口を開いた。

 フロン達は再度顔を見合わせる。目だけで何かコンタクトを取り、3人で頷いた。そしてフロンが深いため息の後にセイドの方を向いた。真剣で、神妙な表情。言い難そうに口を開く。


「セイド君。誰にも言わないでね。リラも、キャリオもチェスタも……、黙っててね」


 重たい空気を更に重くさせたフロンの言葉。病院内のざわめきなど、もはや誰の耳にも届かない。セイドに至っては若干早くなった自分の動悸ばかりが耳についた。静かに話しているはずのフロンの言葉が、病室内に響き渡る。


「これは、(コア)の中でもある程度位が上の者じゃないと……、

 知らないことなの」




 ──ピッ、ピッ……。

 小さな部屋に機械音が響く。大きな機械に大きな窓。

 静まり返る部屋には白衣を来た男が2人。窓向こうには、大きく背もたれが傾いた椅子。座ると言うより寝るに近い椅子にシアが座っていた。

 シアはイヤホンの様なものをつけ、静かに目を瞑っている。すでに催眠状態になっていた。


 ──ここは、(コア)の警察。警察病院。

 今まさに、シアの記憶を取り戻すための催眠療法が行われようとしていた。

 白衣を着た男のうちの1人が、大きな機械に着いたマイクに向かう。このマイクは窓の向こう、シアのつけるイヤホンへと繋っている。催眠のための特殊なもの。


『シンシア。これからあなたはゆっくりと記憶を遡ります』


 白衣を着た男、心療内科医が静かに語りかける。ゆっくりとシアに記憶を遡る様導いて行く。

 言われるがまま記憶を遡る催眠状態のシア。走馬灯の如く次々とシアの脳裏を駆け戻る記憶。が、不意に。


 脳裏は暗闇に襲われた。


『シンシア。あたなは今、17才です。何か見えますか?』


 イヤホンを通し、直に脳に響く医者の声。見えるものを素直に答える。


「暗い……」






 (コア)。研究所。


 一人の白衣を着た若い男が廊下を歩く。乾いた足音が響いている。その足音を耳を傾け、少し先の廊下に佇む一人の男……、ルイン。


「おい」


 若い男がルインの前に差し掛かった時、ルインは口を開いた。


「はい」


 若い男は声に反応し視線を向ける。ルインはそのまま静かに口を開く。


「お前は、今日入った新しい遺伝学学者だな?」

「え……。はい。そうですが」

「名はなんと言う?」


 理由も言わず、不躾な質問。だが有無を言わさぬ威圧感を纏うルインに若い男は気押さる。この男は博士号を取得した学者であるが、まだ若干20才。更にこの研究所に入って間もないこと、地球最高峰の(コア)の研究所に実をおけることで緊張していた。


「ヴィル。ヴィルシェイ=ガ……イル」


 若い男が口を開き始めた時、ルインは右手を若い男──、ヴィルシェイ=ガイルことヴィルの顔にかざした。その右手の人指し指には銀色の指輪の様なものがはめられている。赤い宝石の様な物がついている。その赤い物は、手の平の方に向いており、ちょうどヴィルの左目の目前、ホンの1cmほどのところにあった。

 急な出来事に反応出来ずにいるヴィル。ピッ、という、微かな機械音が響く。ヴィルの目前にかざされた指輪の様な物から細い光が出ている。その光はヴィルの左目に直接当てられていた。

 5秒程のち、ルインは静かにかざしていた手を退けた。

 ヴィルの瞳から、意志が消えた。


 焦点の定まらない虚ろな瞳のヴィル。ルインはそんなヴィルを見て、不適な笑みを浮かべる。

 そのまま、ルインは静かに歩き出す。ヴィルもまた静かに歩き出す。

 ──何も言われずとも、目すら合わさずとも、ルインの後を付き従う様に。






 (コア)の中でも、位が上じゃないと知らないこと?


 フロンの言葉を反芻する。セイドは神妙な瞳で、呆然とフロンの話に耳を傾ける。いろいろなことが一度に起こり過ぎて、もはや言葉が出なかった。


 核の中でも位が高くなければ知らないこと。フロンは数少ない宇宙学博士ということで特に要職に着いている訳ではないが位は高く、ケントとユリはそれぞれ軍医と軍属の看護師の主任ということで位が高かった。


「それで、なんなんだよ……。それ」


 リラが口を開く。病室内の重たい雰囲気に流石のリラも口が重たい。フロンは自分で言い出したにも関わらず、言い難そうに顔をうつ向かせた。それは、ケントとユリも同様。

 数秒の沈黙。

 の後、決心したフロンがゆっくりと口を開く。


「あのね……。実は、この宇宙戦争が始まった頃からあったのよ。こう言うこと」


 あからさまな言葉を選べずに、ヴェールで包むかの様に言葉を濁すフロン。が、皆は瞬時にその意味を理解し目を見開く。『こう言うこと』。つまりは──。


「数人の国民が惨殺される、なんてことが……?」


 放心したかの様に、魂が抜けたかの様にセイドが呟く。

セイドの言葉にフロンは無言でうな付く。リラが病院なのにも関わらず思わず声をあらげた。


「な、なんで公表しねんだよっ! 危ねぇじゃねぇか!?」


 リラはフロンに詰め寄った。途中ケントに『病院だから』と止めたが構わずに。初耳のとんでもなく危険な事態に目くじらを立てる。フロンはうつ向き、重たい雰囲気の中呟く。


「公表なんてできる訳ないじゃない」

「んっでだよ!?」

「わかんないの!?」


 不意にフロンの声も大きくなる。思わぬフロンの返しにリラは押し黙る。フロンは神妙な顔でリラを見上げてい。ただならぬ、雰囲気。


「こんなこと公表したら……、どうなると思う?」


 フロンの静かな声が響き渡る。


「大パニックになるわ」


 皆、息を飲む。


「これは、全くの神出鬼没で、しかも1回で数十人……、下手したら3桁の人達が亡くなってたのよ? 更に惨殺されて……、なんて」


 振り絞る様なフロンの声。皆、何も言えず静まり反っていた。皆、ただ意味が分からない。様々な思いが頭を巡る。そんな中、皆が辿り付いた当然の疑問……。

 その事件が起き始めた時期と、そこにいたことが明確なシア、2回も目撃されている事実。そこから、生まれる疑問。


 ──この事件にシアは関わっているのか?






 パッとスポットライトの様な光がシアの上に降り注ぐ。


『シア。目を開けて下さい』


 警察病院。

 寝ているも同然な椅子の上、シアはゆっくりと催眠状態から抜け出して行く。目を、開ける。白衣を着た中年の男性、警察病院の精神科医が静かにシアのいる部屋へと赴く。


「シア。本当に何も見えなかったのですか?」

「真っ暗だった」


 シアは、無言で頷いた後に呟いた。

 催眠療法による無くした記憶の再生。だが、催眠療法にやって時間を遡ったはずのシアが見たのは暗闇だった。一点の光も差さぬ闇の世界。


 催眠療法でも蘇らないのか……。私の記憶は。


 軽い溜め息と共にシアはどこか遠くを眺める。

 簡単に記憶を蘇らせることができると思っていた医師達は目を丸くしつつも、次の記憶再生の方法を談義し始める。そんな医師達の姿にシアは再びため息をついた。

 医師達へではなく、自分の体に起こるシア自身にもわからぬ事態へ。

 視線を上げ、無機質な病院の白い天井を眺める。不意に、セイドのことを思い出す。


 セイド……。


 心の中でそっと語りかける。


 お前何か知らないか……?






──────第5話 かすかな灯─(ブラック)─ 終了

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