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第四話 ガラス玉の涙─光(ライト)─

もし 読んで下さっている方がいらっしゃるのであれば


本当に 毎度毎度お待たせして すみません





第四話です






良ければご覧下さいませ

 (コア)の研究所の長い長い廊下。血まみれの人々が倒れ、うめき声が響く。鉄の匂いが鼻に付く。


 そんな中に、反り血まみれの様なシアが佇む。服に、腕に、髪に、顔にすらついた血を、拭うでもなく、気にもせず。静かな瞳で、呼び掛けてきた主であるセイドを見据える。


 セイドは言葉が出てこない。ただ、セイドの脳裏にはあの4年前に見たシアがフラッシュバックする。4年前のシアと、今、目の前にいるシアが重なる。あまりにも、重なり過ぎる。

 呆然と凄い出で立ちのシアを眺める。理解できない。理解したくない。


 これは……? 一体なんなんだ?


 遠くで傍観しているルイン。おもむろにシアのピアスへと繋る小型マイクに向かってトゥーム語で呟く。


「殺せ」


 険しくなるでもない、なんら表情を変えずに紡がれる残酷な言葉。そんな言葉が、マイクからピアスを伝い、シアへと届く。


『殺せっ』


 不意に耳に響いた冷酷な命令に、シアは頭よりも先に体が反応。シアの目が微かに鋭くなり、セイドをめがけて地面を蹴る。

 人間技とは思えぬスピードでセイドに迫るシア。流石に我に返ったセイドは思わず叫んだ。


「み、皆下がってっ!!」


 セイドが言い終わるとほぼ同時に、シアは鋭い回し蹴りを繰り出す。すんでの所で身を屈める。なんとか避けることのできたセイド。

 持ち前の運動神経により頭で考えるよりも、体が反応することでセイドは避けることができた。が、頭は回らない。屈んだままシアを見上げる。激しく困惑に揺れた瞳で。


「シ、シア……?」


 避けた……?


 傍観していたルインが目を丸くした。あのシアと張り合えるヤツがいるのか、と。

 無表情で、悠然と構えていたルインの表情が、動いた。


 シアは今度は、セイドをめがけ飛び蹴りを繰り出す。セイドは後ろへ飛び、間一髪避ける。そのまま地面に手を付きバック宙の形で地面に降り立つ。

 そんなセイドに、シアは無表情ながらも驚いていた。今まで、シアの攻撃を避けた人はいなかったから。初めての経験に、驚いていた。

 地面に降り立ったセイドは、相変わらず呆然としたままである。理解しようとしても理解できない。『なんで』『どうして』、疑問ばかりが頭の中で渦を巻き、頭が働かない。


「シ、シア……?」


 やっとの思いで声を出す。呼び掛ける。一歩一歩、ゆっくりとシアに近付く。

 その瞳は、呆然としつつ、悲痛に揺れる。


「どうしたの? シア……」


 そっとシアの肩に、セイドは手を置く。優しく、だがしっかりと力を込めて掴む。


 血を流しうめく者。死んでしまったのか気絶しているのか、血に染まりながら動かない者。その場にいあわせ唖然とする者。皆が、騒ぐでも人を呼ぶでも助けを呼ぶでもなく、何故か静かに事の始終を静かに眺めている。


「俺だよ? シア……」


 切実なセイドの言葉が響く。シアの表情は、やはり動かない。


「ねぇ、セイドだよ? 分かるよね……?」



 思い出す訳あるか。 操られたシアは、私の言う事しか聞かないのだからな


 遠くから事を見守るルインが、胸の内で呟いた。シアを操っている余裕から、先ほどの一瞬の焦りは消え、再び冷静に傍観している。

 必死なセイドを見て、鼻で笑う。



 セイド?


 シアは頭の中から、『セイド』と言う言葉を探す。

 操られたシアは、ルインの言うことのみを聞く様になっている。そのシアが他の人の言うことに耳を貸すなどとルインは有り得ないと思っていた。

 が、シアはセイドの言葉に耳を傾けている。ルインには伝わっていないが。普段のシアもさることながら、操られたシアにも何かしら変化が起こっている。

 シアはセイドの顔を見据える。頭一つ高いセイドの顔を、しっかりと首を上げて。

 『セイド』と言う名を頭の中で反芻する。

 無意識に目を閉じて記憶を遡る。


 シアの脳裏に今までの、操られていた間の記憶が次々と溢れていく。たくさんの人々を惨殺してきた記憶──。

 人の命を奪って来た記憶だけが次々と溢れてくる中、ふと命を奪わなかった少年の顔が浮かぶ。


 ハッとしたシアは目を開ける。目の前のセイドの顔睨む様に見る。



 そんなシアの態度に驚いたのは、ルイン。軽く身を乗り出し、眉間にしわを寄せた。


「シア? どうしたの?」


 無表情に近いのだが、どことなく困惑した顔で自分を見上げるシアに、セイドは疑問を投げ掛ける。

 シアはセイドの言葉には何も反応はせずに、さっきふと浮かんだ少年をもう一度思い出す。さっきよりも鮮明に。そして、目の前のセイドと見比べる。


 息を飲んだ。


 シアの脳裏に浮かんだ少年、それはもちろん4年前に1度、目が合っただけのセイド。15才のセイドである。

 『似てる』。そう感じたシアは思わず両手をセイドの顔へ伸ばす。そして、頬の辺りを包み込み、グイッと自分の方へ引き寄せた。


「わっ」


 セイドとシアには25cm程、頭一つ程の身長差がある。それゆえに、シアはよりしっかりと見ようとしたのである。

 セイドは、驚くと同時に目前に迫るシアの顔に、思わず顔が赤くなる。

 そんなセイドを気にも止めず、シアはセイドの顔を凝視。そして確信。

 あの時、目が合った少年と目の前にいる男は同一人物である、と。


「お前、私と一度、会ったことあるな?」


 シアがトゥーム語で呟く。もちろん、セイドには伝わない。伝わったのは、伝わってしまったのはルイン。


 な、何……!?


 シアの言葉に顔色が変わる。


 会ったことがあるだと……?

 ルインにはシアの言うことが信じることができない。操られたシアは、目についた『地球人は全て殺す』様にしてあったからだ。

 会ったのに殺していない。そんなことはあり得ないのだ。



 え……?


 セイドは、シアの言葉に目を点にした。語尾が上がったため、何か問われたのであろうことは分かったが、意味まではわかる訳がない。


「あれ……?」


 困惑しながらもしっかりとシアを見据えていたセイドは、シアの体の中で、昨日とは違う所をを発見した。


「ねぇ、シア。昨日……、左耳にピアスなんてしてたっけ……?」


 セイドはそっとシアの左耳に手を伸ばす。シアの瞳の様な真紅のピアスをそっと撫でる。

 操られたシアには、『昨日』がいつだかわからない。無表情ながらも、わずかに首を傾げる。


 シアの左耳のピアス。操るためのピアス。


 ハタから見て普通となんらかわらないピアスではあるが、ルインは若干焦りを覚える。慌ててシアに向かって命令を下した。


「殺せ」


 不意にシアの体が反応。ピクリと指先が動いた。ルインは追い討ちをかける様にもう1度言う。


「殺せ……!」


 その瞬間、シアの瞳が僅かに鋭くなり、『殺気』が宿る。


 瞬時にそれを悟ったセイド。とっさに後ろへ飛ぶ様に体を引く。

 ……が。


 鈍い音が響いた。何かを切り裂く音、人を切る音。 静まり返っていた辺りが、緊迫して息を飲む。とっさに、皆声は出ない。



 シアの右手が、素手の右手がセイドの胸を切りつけた。



「セ……ッ」


 静まり返った空気を切り裂き、響くリラとフロンの声。だがその声は最後まで音にはならない。

 その上、セイドの耳には届かなかった。


 セイドには理解できないことが、また起こっている。


 な……?


 声も出ず、心の中で呟いたセイド。切りつけられた反動でそのまま後ろに倒れそうになる。すんでのところをリラに支えられ、セイドはその場に座り込む。


 駆け寄るフロンやケント達。


 何……?


 セイドはそっと傷口に手を当てる。生暖かい体液の感覚。手を目前に掲げると、鮮やかな赤が視界に入る。

 とっさに少しでも引いたお陰か、致命傷ではない。でも、出血はかなりの量。場所も胸、ということもあり、かなりの重傷である。

 医者と看護師であるケントとユリ、とっさに持っていた緊急医療道具を取り出し、早急に治療にとりかかろうとしていた。



 これは、何?


 セイドは、不思議と痛みは感じていなかった。それよりも、ただ目の前に佇むシアを眺めていた。


 ねぇ、シア。これは……、何?



 わからない。セイドには意味がわからない。我が身に起こったこと、これを起こした人。理解できない。理解したくない。

 訳がわからない。考えたくても頭が回らない。理解したくない、だから考えることが出来ない。

 ひたすら疑問だけが頭の中を回る。渦を巻いて、それ以外何も浮かばない。


 一体、どうしたの? ねぇっ、


 シア……ッ!


 声にならない声で、叫ぶ様にシアを呼び掛けて時、セイドの瞳から、一筋の涙が溢れた。堰を切った様に溢れた。


 シアが目を見開いた。セイドの瞳から溢れ出る滴を見たら、心臓が高鳴った。

 シア自身、何故だか分からない。が、セイドの涙がシアの心の中で、何かを揺るがした。シアは、目を見開いて、涙するセイドを見据える。目を、逸らせない。


 反応した……!?


 ルインもまた、目を見開く。あまりの予想外なことに。とっさに叫ぶ。


「シアッ! 殺せ……、殺せ!」


 シアの指先が、ピクリと反応する。だが、先ほどの様に、体全体がすぐさま反応することはなかった。何かがシアの中で、その反応に歯止めをかける。


 セイドはケントの治療を拒否し、ヨロヨロとおぼつかない足取りで立ち上がる。今は自分の治療などより、セイドにはシアの方が重要であった。皆の心配の声も、今のセイドにはいまいち届かない。自分の傷なんかよりも、どう見ても様子の違うシアの方が心配であった。

 よろめきつつも、セイドは再びシアの前に立つ。そんなセイドに、シアは固まったかの様に立つ尽くす。目だけで、セイドの姿を追う。


「シア」


 セイドの、悲痛な切実な呼び掛け。に、ビクッと、今度は体全体で反応するシア。と同時に、耳にはルインの声が響く。


『殺せ!』


 ピクリと、またも指先だけが反応。すぐさま、セイドの声が響く。


「ねぇ、シア。俺のこと、忘れた?」


 一歩、シアに近付くセイド。シアの瞳は困惑に揺れる。


『シアッ。何をしてるんだ! 早く殺せ!』



 静かに響くセイドの声とは反対に、頭ごなしに怒鳴りつけるルイン。

 耳元に直に響く声と、目前にて悲痛に語る声。


 2つの言葉に、声に、シアは混乱する──。


 どちらを聞くべきなのか、どちらを信じるべきなのか、わからない。その判断を、今のシアにはつけることが出来ない。

 シア自身、今まで経験したことの無いほどの混乱、困惑。文字通り、シアは頭を抱えた。


「ねぇ、シア……ッ。どうしたの?」

『シアッ! どうしたんだ!』

「俺のこと、思い出してよ……っ」

『早くその男を殺せ!』


 シアッ!


 2人のシアを呼ぶ声が重なる。


 ルインの声に反応するシアの指先。だが、シアの中の何かがそれを引き止める。

 セイドの声に反応するシアの体。だが、何かがそれを引き止める。


 今までは、ひたすらルインの言うことだけを聞いていれば良かった。何も考えず、ひたすら。だが、今、迷いが生まれた。

 シアはそんな自分自信にも困惑。

 何故、ルインの言葉に反応する指先を引き止めてしまうのか。何故、この目の前の男の言葉に体が反応してしまうのか。

 自分は、どうすべきなのか。


 わからない。


「シアッ! 私の言うことを聞け!」


 何故だ……っ


 シアに繋がるマイクに向かって叫びつつ、ルインは考えた。操っているにも関わらず言うことを聞かないシア。予想外、いや、ルインにとっては有り得ないこと。


 くそっ、と、心の中で悪態を付く。


「シア。ねぇ、どうしちゃった訳……?」


 セイドは、シアの手を取る。

 優しく自分の手を包み込むセイドの手から、シアに何か暖かなものが広がる。人の温もり。今まで生きて来て、知らなかったもの。

 優しく、心落ち着くその暖かなもの。


 だがそれが、返ってシアを困惑させた。

 セイドは、シアの困惑した瞳を見つめる。とめどなく流れる血も気にせず、気にもならず。セイドの歩いたところには、赤の斑点が続く。


「シア……ッ、一体どうしちゃったんだ……っ!」


 セイドの悲痛な叫び。シアは再び目を見開く。シアの心に少しづつ染み渡る……。のをルインが阻む。


『シアッ! 早く()れ!』


 だんだん感情的になるルイン。耳に痛い程叫び散らす。


『シアッ、何をしている! 早くその男を殺せ!』



 殺す……? この男を……?


 ルインの言葉を心の中で反芻させつつ、シアはセイドを見上げる。切実な、辛そうな、瞳に涙を溜めたセイドの顔がシアの瞳に映る。シアは、そんなセイドの顔に、胸が締め付けられた。耳に響くルインの『殺せ』という言葉により、更に胸が締め付けられる。

 そして、生まれて初めてルインの言葉に疑問的な考えが頭に浮かんでいた。


 殺す? どうして……?


 シアはセイドの瞳を見つめ、セイドに手を握られ、立ち尽くす。一度生まれて疑問は、あっという間に膨れ上がる。


 どうして、殺さなければならない……?



「シアッ!」


 何を言ってもいまいち反応しなくなってしまったシアにルインは躍起になっていた。

 シアが自分の言葉を聞かなくなる。そんなはずはない、と、頭の中で叫ぶ。


『シアッ! 早く殺せ! 命令だっ!』


 ハッ、とした。シアの頭に『命令』という言葉がひっかかる。


 命令だから……?


 再びシアの体が、指先がルインの言葉に反応を示す。『命令』、そんな言葉がなんだかしっくり来てしまった。


 そ、うか……。命令だから……。


「シア……」


 シアがルインの言葉に納得しかけた時、セイドが不意にシアの名を呟いた。シアの瞳に、セイドの顔が焼き付く。ルインの言葉反応しかけた体にストップがかかる。


 命令だから、この男を殺す……?


 またも疑問が生まれる。目前のセイドの悲痛に歪む顔が、シアの動きを鈍らせる。


 殺さなくちゃ、いけないのか……?


「ねぇ、シア…」


 セイドはボソッと呟いた。シアを諭す様に、優しく…、強く。内から溢れる熱い想いはたくさんあれど、まくし立てない様に慎重に言葉を紡ぐ。


「ちょっとでいいから、俺のこと思い出そうとして見て……?」


 少し収まりっていたはずのセイドの涙が再び溢れ出す。

「どうして俺のこと忘れちゃったのかはわかんないけど、君は絶対俺のことしってるから」

『シアッ!』


 セイドの言葉に続け様にルインは必死に叫ぶ。


『その男をさっさと殺させ!』

「シア。思い出してよ……」


 シアは、もはや何も考えられなくなっていた。

 ルインの言葉が頭に響き、セイドの言葉が静かに流れる。ルインの顔が脳裏に浮かび、セイドの顔が目に焼き付く。


「ねぇ、俺だよ……?」


『シア……ッ! その男を殺せ!!』


 2人の声に挟まれ、シアは何も反応出来なくなっていた。どうしていいかわからない。どうすることもできない。ただ立ち尽くす。


『その男を……、セイクレッド=リーンカルスを殺せ!!』


 ──セ……?


 シアの瞳が見開かれる。不意にルインの発した『セイクレッド=リーンカルス』と言う言葉に。両の耳にピアスを従えたシアに、その名前が何か引っ掛かった。


「ねぇ、シア。俺だよ……?」


 セイドの涙が止めど無く溢れる。だがそんなことは気にせずセイドはシアの肩に手を置く。いや、その手にも次第に力が入る。シアの肩を軽く握り締め、呟く。シアの耳元で。そのまま、シアの肩に突っ伏すかの様に。


「セイド。

 セイクレッド=リーンカルスだよ?」


 セ。


 セイクレッド……、リーン、カルス……?


 再び耳にした『セイクレッド=リーンカルス』という名前に、シアはまた何かに気付いた。さっきよりもその何かは大きくなる。

 何かは、分からない。だがその名前が、心の中で何かを揺り動かし、心の中で何かにコトリとはまる。


 心にひっかかる。ひっかかる。

 聞いたことのない名前に聞き覚えが……。


 セイクレッド=リーンカルス。


 心の中で、その名前を呟く。見開かれたままのシアの瞳。真っ直ぐにセイドを見据えたまま。

 シアの脳裏に、うっすらと、次第にはっきりと昨日の出来事が浮かんでくる。

 いや、『セイクレッド=リーンカルス』のことが浮かんできた。



 ──セイ、ド……?


「セ、イ、ド……?」


 頭に大きく浮かんだ言葉を、シアは無意識のうちに呟いていた。

 セイドとルインが反応したのはほぼ同時。

 ルインは眉間の皺を深くさせ、セイドは目を見開く。シアの肩に突っ伏していた顔を思わず上げ、シアの顔を、瞳を覗き込む。

 呆然としたかの様に見開かれたシアの瞳。静かに真っ直ぐに、セイドを見上げる。

 シアの脳裏に、次々と鮮明に今までのことが蘇る。(コア)に来てからのことを。セイクレッド=リーンカルスという人物を中心に、蘇る。


 シアの瞳に、驚き目を見開いたセイドが映る。


 あぁ。セイドだ。


 胸中で呟いた。セイドという存在をしっかりと認識した。


 そしてシアの瞳から、一筋の涙が溢れた。


「シア……?」


 その涙に、セイドは驚いた。シアは、流れる涙を止めようともせず、セイドひたすらを見上げる。


 不意に響く乾いた音。

 弾ける音。シアの左耳で、赤い宝石が飛び散った。ルインにつけられていたシアを操るための道具が、急に音をたてて、壊れていった。

 当然、ルインによる操りの効果は、切れる──。


「シア。ピアスが……」


 セイドがシアの左耳にソッと手を伸ばす。


「──セイド……?」


 シアは呆然と呟く。急に操りの効果が切れる、我に返り、意味が分からない。シアには、操られている間の記憶が一切なかった。

 今のシアにとっては、目が醒めた瞬間に目の前にセイドが現れた様な感覚だった。


「シアッ! 思い出した!?」


 セイドは歓喜の声を挙げる。が、シアには意味が分からない。


「何を言ってるんだ? それより」


 怪訝な顔をしてシアは辺りを見回す。「ここ何処だ? 何故私はここにいる?」


 ──え……。


 シアの言葉にセイドは我が耳を疑う。セイドからすれば、急にいなくなったのはシアの方である。


「それは、こっちが聞きたい位……、シア?」


 辺りを見回していたシアが不意に固まる。一点を見つめて凍り付き、眉を潜ませた。視線の先には、セイドの胸の大きな傷。


「セイド」

「え?」

「この怪我、どうした……」


 言葉途中で、シアは声を詰まらせた。不意に視界が歪んだから。そのまま、意識が遠のき崩れる様に倒れる。ところをとっさにセイドが支える。


「シアッ!?」


 倒れた反動か、砕け飛んだシアのピアスが、シアの耳から落ちる。カランと音をたて転がって行く。が、今のセイドは気付かない。


 『この傷どうした』って……?


 意識を失う直前のシアの言葉が、頭の中で渦をまく。信じられない言葉。傷をつけた本人からの傷の理由を聞く言葉。


「セイド」

「セイド君……」


 セイドの後ろより響く男女の声。セイドは我に返る。振り返ると心配そうなリラとフロンが佇んでいた。


「大丈夫?」

「全くだ」

「リラ、フロンさん……。

 うん。俺は大丈夫。それよりもシアが……っ」


 急にセイドの視界が歪み出す。リラとフロンにより緊張の糸が途切れたセイドの体に、胸の大きな傷の影響がようやっと出始めたのだ。


「セイド……?」

「大丈……」


 ここから先、リラやフロン、ケント達が口々にセイドに声をかけるがセイドの耳には届かなかった。セイドの意識は闇に紛れる。シアを支えたまま、軽く抱き締めて、その場に倒れこんだ──。




 少し離れたところから全てを見ていたルイン。腕を組み、険しい顔をして佇んでいた。

 先ほどの出来事、操っていたはずのシアに起こった有り得ない出来事について考えていた。


 一体何がどうなってんだ……っ。


 ルインの脳裏にセイドの顔が浮かぶ。


 あの男、シアに惚れている……? それにしたってあのピアスを!?


 ルインの手に力が入る。そんな訳はないと、思いっきり舌打ちをする。だが、実際目の当たりにしてしまった光景。

 シアの反応。

 何故か、弾け飛んだピアス。

 絶対だったあのピアスが。再び舌打ち。


 ──『地球人』とは、こういうものなのか……?






 体が、重い……。


 意識を取り戻しかけているセイド。重い瞼をソッと開ける。霞む視界が徐々にはっきりとした輪郭をおび、見覚えのない天井が目に入った。


「お、セイド」


 視界の端からリラが現れる。


「やーっと気付いたか……っ」

「セイド君!?」


 リラの言葉に、リラを押し退けセイドに駆け寄るフロン。心配のあまり、押し退けられつまづきかけたリラには気付かない。


「セイド君!?しっかりしてっ。大丈夫!?」


 セイドの視界ははっきりしたが、意識はまだはっきりしない。朦朧とした意識の中、『フロンーッ』『えっ、何!?』というリラとフロンの一悶着を聞く。次第に意識がはっきりとしてくる。


 ここは、(コア)の病院。

 シアの、いや、皆は知らないがルインの起こした事件により負傷した者、シアも含め総勢35人を収容し慌ただしくなっていた。例外なくセイドも収容され、医師達によって胸の傷に件名の治療が行われた。そして、目を冷ましたのは3時間後。


「……あれ? ここ……?」


 ぼやけた視界のまま、セイドは呟いた。次第に見慣れぬ天井がはっきりとし、意識もしっかり覚醒する。と同時に、倒れる前の出来事が頭をよぎった。


「そうだっ! シア……っ!

 痛……っ」


 しかし、慌ててベッドから起き上がったため、胸の傷に響く。言葉を詰まらせ、うずくまる。


「こらこらこら。まーだ動いちゃ駄目だって」


 不意になんとなく呑気なケントの声が響く。続けて隣のユリが口を開いた。


「そうそう。まだ傷、ふさがりきってないんだよー」

「ケント、ユリ…」


 2人は医者と看護師であるため、負傷者の手当てに追われていた。が、起き上がったセイドに気付き、様子を診にきたのだった。


「出血多量で危なかったのよーっ」

「え、嘘……」


 フロンの涙目の悲痛な叫び。セイドは一瞬青ざめる。が、助かった今はそれどころではない。セイドにはそれよりも気になることがあった。

 姿の見えない、彼女。


「ねぇ、ところで……、シアは?」


 セイドに倒れる前の記憶が鮮明に蘇った。なんだか意味がわからなあシアの状況。

 自分に怪我を負わせたシア。ではあるが、セイドのシアへの情は失せることはなかった。


「こっちだ、こっち」


 リラが自分の背後の壁を指差す。壁に見えていたが、大きな病室を個室に分けるための仕切りであった。リラが端にあるボタンを押すと、仕切りはゆっくり開いた。その向こうでは、シアが静かに眠っていた。

 シア……。


 静かに寝息をたてるシアに、セイドは安堵のため息を漏らす。ひとまずシアにまた会えた嬉しさを噛み締めた。

 のは一瞬。シアに起こっていた訳の分からない事態を思いだす。そして、自分が気を失っている間に何かわかってはいないかと、フロンへ問掛ける。


「ねぇ。シアは一体……?」

「それが、もう何がなんだか、さっぱりで……」


 神妙な顔のセイドに、フロンの表情も曇る。

 セイドが倒れた後、事件の起こった場所は騒然となった。

 まずは負傷者の収容。医者も看護師も他の人々も関係なく。ケントとユリはもちろんリラやフロン、チェスタとキャリオも負傷者の病院への収容を手伝っていた。

 そして、この前代未聞の事件に、警察も動き出した。今は現場検証をしている。

 まだ、シアのところへはきてないが。


 セイドの頭の中では、先ほどのことがグルグルと回る。信じられない、信じたくないことを一つ一つ思い返す。あれはなんであったのか。考えたいが考えられない。想像が付かない。

 そんな中、一つのことを思い出した。


「あ。ねぇ、ピアスが飛び散ったんだけど……っ」

「あぁ、知ってるわ。でもね、そのピアスがないのよ」


 フロンの言葉にセイドは目を見開く。セイドはピアスが砕け散った瞬間を目の当たりにしていた。確かに砕け、シアの左耳より落下して行った。

 セイド自身が倒れる直前の出来事ではあるが、突然、更に勝手に砕けるピアスという驚きの状態にはっきりと覚えていた。


「ええっ? なんでっ?」

「それがよぉ」


 リラが不意に口を開く。


「怪我人とかの収容とかでバタバタの中、この俺様がピアスのこと思い出したんだけどよ。んですぐ探したんだけど、それがどっこにもねぇのよ」

「な……」


 どこか呑気に語るリラ。緊張感も危機感も感じられない。反対にセイドは真剣に耳を傾け、思わずリラの胸ぐらに掴みかかった。


「なんでっ?」

「俺が知るかよ」


 リラの呆れた様な声で容赦なくセイドの言葉を切り捨てる。固まるかの様に途方に暮れる。


 セイドは考えた。出来れば考えたくもないと思える様な、シアの身に起こっていた何か。確かにしっかりと見てしまった信じたくない状況。だが、しかし、逃げているだけどはいけない。

 必死に考える。だが、疑問だけが次々と浮かぶだけで何も答えは見えて来ない。


「ねぇ」


 ポツリとセイドは呟いた。誰にともなく。神妙な顔で。

 自分だけでは何も見えて来ない疑問を外に投げ掛ける。


「さっきのシア、普通じゃ……、なかったよね」

「……ええ。そうね」


 フロンが呟く。セイドの言葉によりフロンの、リラやケントとユリにも、先ほどのシアの状態が鮮明に蘇った。

 誰もが、『普通』とは言えない状況。


 一つ同意を得られて、セイドの想いが関を切った様に溢れ出す。


「俺のこと分かんなかったし、あんな、血まみれで……っ」

「セイドッ!」


 セイドが真剣に言う言葉を遮り、誰かが叫んだ。セイド達の後ろから。振り返るとそこには、息を切らした隊長が立っていた。


「隊長っ?」


 セイドとリラが目を丸くし、同時に口を開く。隊長は早足にセイドの所まで来るや否や、もの凄い形相で怒鳴った。病院なのにも関わらず。


「貴様ぁ! 怪我とは何事かーっ! 貴様が死んだら誰が地球守るんだ!? 自分の身は自分で守れ!!」


 その後、隊長はリラによって病院から引きずり出された。




 ──その日の夜。


 皆が寝静まった病院。シアは静かに目を覚ました。まだはっきりとしない視界ながらも、ゆっくりと起き上がった。

 眠気眼のまま見上げると見知らぬ天井、寝ているベッドより一回り大きいだけの部屋。枕元にある数個のボタン。


「ここは……?」


 素直な疑問を呟くシア。当たり前だが受け取る相手もなく、部屋は静まり返っている。

 ゆっくりと当たりを見渡すと、シアにとって右側の壁に着いたボタンが目に付く。身を乗り出しボタンを押すと、その右側の壁が開く。その向こうではセイドが眠っていた。 セイド……。


 シアは軽くため息をつく。胸中で静かにセイドを呼んだ。


 一体、何がどうなってるのか。


 シアは記憶を辿る。が、シア曰くのあの男、ルインによって何かを吸わされてから、先ほどの胸から血を流したセイドに会うまでの記憶が、ない。必死に思い出そうと記憶を探るが、いろいろな出来事が頭の中で渦を巻くが、その間の記憶はまるで思い出せない。


 あの男……。


 シアの脳裏にルインの姿が浮かぶ。どれだけ考えても何も分からないが、とりあえずルインに何かされたのであろう、ということだけはわかった。


 ルインに吸わされた何か。それから記憶がないことを考えれば睡眠薬かそれに類似したものであろうことは予想つくが、記憶がないままルインの姿は消え、全く違う場所にいたことが謎でしょうがない。


 あいつ、何者だ……?






 ルインは目前の小型の画面を眺め、深いため息を付いた。

手中に収まる程の小さな機械から写しだされるその画面は、先ほどシアが暴れた事件の報告書であった。もちろん警察の。ルインからすればコンピュータを介し、書類一つを盗み出すことくらい、雑作もないことであった。ましてや、裏ではしっかり繋がっている(コア)内の施設同志のコンピューターともなれば、かなり簡単であった。


 『死亡者なし』、か……。


 ルインは機械のボタンを押し、画面を消した。

 腕を組み、眉間に皺をよせる。再び深いため息がこぼれる。


 ──シアに、ルインからすれば想定外の変化が起きていた。

 ルインにより操られていたのにシアは、『殺せ』と命令されていたにシアは、あの時は誰一人として殺していなかった。

 今まで、一度として有り得なかったことである。


 何故だ。あのシアに、理性でも産まれたというのか……!?


 ひたすら『殺さなかった理由』を探るルインの脳裏に、一人可能性は低いと考えていたが思い当たる節のある兵士が浮かぶ。

 セイドである。


 あの男は、間違いなくシアに惚れている。だが、まさかシアまで……!?

 まさかそんなことが……!


 ルインにとって、『有り得ない』ことだった。

 シアがルインの命令に背くことも、シアが誰かに興味を示すのも。

 ルインが『シンシア』という存在を作る時、感情という『人間らしいもの』はなに一つ与えなかった。感情があっては、操るにあたり何かと面倒であったから。

 シアは、言われた事しか、というよりも、言われなければ何も出来なく、言われた事はなんでもやる。『生きた人形』であった。

 そして、ピアスにより更に強固に命令しか聞かない様にしていたにも関わらず、死者は出なかった。


 ルインの目から見ても、セイドと会ってからの操っていたはずのシアは、もはや人形ではなかった。

 ガサッと、ルインは白衣の内ポケットより小さな袋を取り出す。袋の中には、砕けたシアの赤いピアスが入っていた。──シアが倒れた後の混乱に紛れて回収してきたのだ。


 ピアスを眺めるルインの眼光が鋭くなる。ルインの脳裏には、ピアスが砕ける直前の困惑したシアが思い出されていた。


 シアの流した涙。

 ルインはそれを、初めて見たのだった。


 軽くため息をつき、砕けたピアスの入った袋を握り締めた。このピアスを砕いたのはシアの力やのか、それともセイドの力なのか。ぐるぐると迷宮の様に思考は巡る。


 あるいは、両方……?






──────第4話 ガラス玉の涙─(ライト)─ 終了

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