第弐話 麗しき戦士─炎(フレイム)─
セイドは目を見開いて固まっている。フロンやリラも同じく。
不意に響いた綺麗な女性の声。聞いたことのない、声。更に聞いたことのない、地球語ではない言葉……。
今の声はシアの声だよね? セイドは心の中で問う。
だが、見知らぬ言葉に困惑し、固まったセイドをシアは静かに眺めている。セイドもまた、静かにシアを見据える。
セイドとシアの目は今、合っている。
そのまま、何秒か過ぎた。深い沈黙、セイドもリラやフロンも口をつむぐ。言葉が見付からない。
皆、シアの第二声を待つ。
そんな中、今まで沈黙の中を微動だにしなかったシアが、右手を静かにセイドに向かって伸ばした。
困惑しているセイド。ゆっくり近付いてくるシアの右手にとっさに反応出来ずに目で追う。
シアの右手がセイドの左頬に触れた。
「痛っ」
瞬間、セイドの左頬に鋭い痛みが走る。
シアの手がセイドの頬を、
切っていた。
「!?」
突然の事にセイドは、リラやフロンも声が出ない。
見るとセイドの左頬に、長さ4cm程の浅い切傷が出来ていた。浅くはあるが鋭い刃物でつけた様な綺麗な傷。
血が溢れ、頬を伝い、シアの右手の指先は血に染まっていた。
素手で人の皮を……? 呆然と、だが割と冷静に心の中で呟いたセイド。事態を理解出来ずシアを見つめる。シアは相変わらず無表情のまま、視線をセイドに注いでいる。
リラとフロンは、部屋の外から、窓を通して二人を見ていた。セイド同様、突然の事態を理解出来ず、息を飲んだ。そして、セイドの流れる血を見て、我に返ったフロンがとっさに叫んだ。
「セ、セイド君……っ! 危ないっ! 逃げてっ!」
フロンの叫びはセイドに届いた。が、反応は出来なかった。固まり、相変わらず事態を理解できず、額に汗が浮かぶ。
不意にシアは立ち上がった。
立ってみると小柄なシア。セイドは座ったまま、やはり目だけでシアの行動を追う。何処を見てるか分からない虚ろな目で、そして無表情で、静かにセイドを見下ろしている。さっき、セイドの頬に傷をつけたとは思えないほど、険しさはどこにもなかった。
セイドは思わず立ち上がり、シアと視線を合わせようとした。と同時に、シアは目にも止まらぬ早さでセイドの目前まで移動した。
「わっ!?」
目にも止まらぬ早さ、と言うよりも正に瞬間移動でもしたかの様に感じたセイドは目を見開く。
シアはまたもセイドにはわからない、地球語ではない言葉で呟いた。
「ワタシニキガイヲクワエルノカ……?」
「……え?」
セイドが聞き返した、瞬間。
──シュッ、と、風を切る音。
「!?」
シアがセイドに向けて、再び目にも止まらぬ早さの回し蹴りをくり出した。セイドはすんでのところでしゃがみ、なんとか避けた。
「セイド!」
「セイド君!」
フロンとリラが口々に叫ぶ。しかし、セイドには聞こえていなかった。
目の前にいるシア。そのシアがしたこと。我が身に起こったこと。セイドは突然過ぎて理解できない。グルグル思考が渦巻く中、思った。
この娘、何者……?
「!?」
その時、不意に目前へ伸びたシアの手で、セイドは我に返った。シアは、セイドの胸元を掴み、セイドを引っ張り上げる様に立ち上がらせた。
フロンとリラが悲痛に叫ぶ。
意味が分からなく、呆然とシアを見つめるセイド。額にはうっすらと脂汗がうく。意味はわからないが、何か危ない、と感じる。
シアは一瞬セイドの顔を見つめた。その直後、掴んでいたセイドの胸元を自分の方へ引っ張り、そのまま、右膝にてセイドのみずおちへ膝蹴りを入れた。
鈍い音が響き、セイドは息が詰まる。その場に崩れ落ちた。
リラとフロンがとっさにセイドの名前を叫ぶ。
凄い力……。セイドが今まで経験したことがない程の衝撃であった。
みずおちに食らった激しい衝撃に、息の吸えないセイド。酸素を求め、肩を揺らし激しく息を吸おうとする。シアは静かに倒れたセイドを見下ろしている。
息が少し回復するとセイドはなんとか立ち上がった。そして、困惑の眼差しをシアに向けた。
シアはセイドの顔を眺めた。そして気付いた。何度攻撃をしても、セイドからは殺気はおろか、反撃の気持ちも感じられないことに。
「オマエ……」
シアが呟く。もちろん、セイド達には通じない、地球語ではない言葉で。
「ワタシノテキジャナインダナ?」
セイド目を丸くした。もちろんシアの発した言葉の意味は全く分からない。が、今のシアの言葉は自分に話しかけたものだと分かった。
敵意を感じないセイドにシアはクルッと、後ろを向き、もといた場所へ戻ろうとする。とっさにセイドは止めた。
「ちょ、ちょっと待っ……」
思わずシアの腕を掴んだセイド。シアはゆっくり振り返り、静かな目で見返す。なんだかセイドはその瞳にドキッとした。
「ご、ごめんっ」
思わずシアの腕を離したセイドに、シアは静かに口を開く。
「ナニカヨウカ?」
もちろん地球語ではない。セイドの目は点となる。
一体何処の言葉……? シアは間違いなく自分に話しかけている、セイドにはそれはわかる。が、シアの放つ言葉は、全く聞いたこともない。
困惑し考えを巡らせていくうちに、セイドが答えを返さないためシアは再びセイドに背を向ける。今度は、思わず呼び止めた。
「シアッ」
その声に反応したシア。ゆっくりと振り返った。
セイドの心臓が高鳴る。
振り返ったシアの仕草が、姿が、セイドにはとても美しく、魅力的に写った。更に、自分の呼び掛けに答えてくれた、ということがまたセイドには嬉しかった。
『シア』と言う名前に振り返った、つまりは名前はシアで間違いないのか。
速くなる動悸。と戦いながらセイドは、必死にシアへと語りかけた。伝わるかはわからない、地球語で。
「ねぇ。君は地球語はわからないの?」
「……ハ?」
シアは反応を示すがやはり地球語ではない。
何を言っているのかはわからないが、なにかこっちの言葉が丸っきり伝わってないって感じはしない、セイドはそう感じていた。
「……ねぇ、シア」
セイドは自然と熱くなる。言葉に力がこもる。せっかく会えたシアへの切実な想い、セイド自身も正体のわからない強い想いから。
「もし地球語が分かるなら、地球語を話してくれないかな……?」
真剣に熱く語るセイドに、シアは静かな瞳を向ける。
「じゃないと、俺には伝わらない……っ!」
セイドの言葉に、シアは少し目を大きくさせた。そして、軽くうな付く。
間を置いてからボソッと口を開いた。
「あぁ、そうか……」
シアの口から溢れたのは、聞き慣れた地球語。
「ここは、地球……なのか?」
シアがさらっと放った言葉。セイドは、リラにフロンも、言葉をなくした。目を丸くするセイド達に首を傾げるシア。
少しの間の後、セイドが呆然と呟いた。
「しゃ、喋った……」
◇◆◇◆◇◆
ピッピッピッ……
響く機械音。巨大なコンピュータと宙に浮かぶ何枚もの巨大な画面に向かう白衣に身を包む人々。慌ただしく行き交う人々の声。
地球に攻撃を仕掛けて来た地球の敵星:惑星『トゥーム』の最高研究室。トゥーム政府のお抱え研究室で、トゥーム最高峰の研究者達が集まる。表から裏までを扱う、極秘の研究室である。
「ルイン博士っ」
騒がしい研究室に、1人の男性の声が響いた。ルインと呼ばれた男が振り返る。
ルインこと、『ルイン=チャンフィス』は33才にしてトゥーム最高の科学者であった。黒髪に黒い瞳、見上げる程の高い身長。表情にあまり動きはない男。だが、瞳の奥には何か黒いものが宿る。
「いました! シンシアです!」
「何?」
男性は何枚もある画面の中でも一際大きな画面を指差す。そこには、シアの姿が、シアの今現在の姿が写し出されていた。
「どこだここは」
画面に写るシアを見て、ルインが言う。
「R.E(地球協和国)の核です!」
「核……」
ルインの顔が少し険しくなる。そして腕を組み、軽くため息をついた。
「と言うことは、捕まった……、だな」
「……ですね」
ルインの隣で男性は相づちを打つ。 ルインは画面上のシアをまじまじと見た。隅から隅まで観察するかの様に。
「やはり左耳のピアスが外れているな」
「なんの拍子に外れたんでしょうね」
「さぁな」
ルインは腕を組み直しため息をついた。眉間に深いしわを刻む。シアを見つけた男がボソッと言う。
「面倒なことになりましたね」
「全くだ。あのピアスを神経に繋いで操って、地球人殺しをしていたというのに……」
「おまけに、ピアスがついている間の記憶はないですしね」
「あってもやっかいだろう。このことをペラペラ話されたらかなわん」
「……そうですね……」
ルインは再び大きなため息をつく。
『シアが見付かった』という情報に、その研究室にいた人々がざわめき、集まって来る。
ルインは少し考え込んだ。が、直ぐに決断した。
「シアは直ぐに私が回収に向かおう」
ルインの言葉に、一同が驚く。ざわめきのなか男が口を開いた。
「えっ、直々にですか?」
「シアは私にしか手に負えんだろう」
「そ、それもそうですね」
ルインは、画面上のシアを眺め、口元だけでニヤッと薄く笑う。そして、得意気に、力強く言った。
「シンシアは我々の最高傑作だ。地球人には決して『返す』まいっ」
その言葉に研究室の皆も同意し、歓声が起こる。そんな中、ルインは宣言した。
「直ぐに地球へ向かうっ。準備しろっ」
「はっ!」
◇◆◇◆◇◆
シアが地球語を話せることが判明しフロンは、ひとまずシアを観察室から出していた。それから再び研究室のテーブルを囲み、シアに詳しく話を聞くこととした。
「そうか、ここは地球なのか……」
シアは辺りを見回しつつボソッと言った。それはまるで、初めて見た、と、言わんばかりであった。
「シ、シア?」
セイドは、シアの地球を知らなさそうな態度に困惑しながらも聞いた。
「君は……、地球人じゃないの?」
「いや。地球人だ」
「!?」
シアはさらりと答える。が、3人は驚く。シアが最初に発した他星の言葉、それが心に色濃く印象に残り、まるで説得力を感じない。
「じゃ、じゃあっ、さっきの言葉は!?」
「地球語ではない。何処の言葉かは私も良くは分からない」
シアは相変わらずあっさりと答える。が、セイドら3人は目を丸くしっぱなしである。自分の話した言語なのに、どこの言葉かわからない、そんな事があるのだろうか。少し間を開けてから、セイドがやっと反応した。
「な、何それ!? どーゆーこと……っ!?」
あまりの不可解なシアの発言にセイドは壊れた。その後、セイドはリラとフロンになだめられる。
「私の名はシンシアだ。苗字は知らない……、というか聞かされていない」
「───っ」
改めてシアが語った衝撃的な言葉に、セイド達は言葉を失う。が、シアは表情一つ変えずに淡々と話す。
「後、私にはここに来る前は、13才の時の記憶しかない」
「!?」
さらりと話すシアのとてつもない発言。セイド達は驚き目を丸くした後、同時に反応した。
「なんでっ!?」
「知らない。
気付いたら13才だった。その時は、どこの星かは分からないが、地球ではないところ……、さっきの言葉の星にいた」
やはりシアはあっさりと答える。
なんだそれ。
と言おうとして、セイドは言葉にならない。目を丸くし、言葉も見付からないまま、シアを見つめる。だがある意味納得。だから自分の話していた言語もわからないのかと。
シアは、自分に起こる不可解な事態に首を傾げるでもない。そんなシアの態度に、セイドは少しの疑問を感じた。
そんな中、例に漏れず呆然としていたリラがボソッと聞いた。
「今は、何才だかわからんのか……?」
「あぁ。……今は宇宙暦何年だ?」
「3782年」
「なら、私は今18才だ」
「俺らより1コ下か……」
「あれから5年も経ってるのか……」
シアはブツブツ言いながら、少し考え込んだ。
「駄目だ……。何も覚えていない」
シアは少しうつ向きはするが、やはり無表情である。故に、考えた末に思い出せないのだろうが、いまいち説得力がない。
セイドはシアを見つめたまま固まっている。シアの身の上に起こっている不可解な事態。そして、その不可解さを感じさせないシアのあっさりした態度に、混乱していた。
シアは何故こんなにも落ち着いているのか。普通記憶がなくなったら、人はパニックに陥るのではないか。様々な疑問がセイドの中を行き交う。
今になって冷静に思い返すと、出会いからシアは不可解であった。当時のセイド、その不可解さは気にならなかったが。
「ねぇ、シア……」
セイドは静かに話しかけた。意を決して、初めて見た時のことを聞くために。
「あ、あのさっ、4年位前なんだけど……っ、君、俺と会ったことあるはずなんだけど……、
──覚えてない?」
「──4年前……?」
セイドは最後の一言を一瞬間を開けてから言った。『覚えてない』、と言われるのが怖くて。
シアには4年前、つまりは14才の時の記憶はない。セイドが見掛けた時のシアの記憶が。
「いや……、4年前の記憶はないから……」
シアの言葉にうなだれるセイド。
シアは記憶がないものだからそう答えたはいいが、何かひっかかった。セイドの顔をじっと見る。
14の時の記憶はシアにはない。だから4年前など覚えている訳がない。なのだが、何故か……。
シアは何か、セイドに見覚えがある気がした。
「シア?」
「!」
シアの視線に気付いたセイドが言う。シアはハッと我に返った。
「どした?」
「いや……、別に」
どうかしている、シアはそう思った。記憶がないのに見覚えも何もない。きっと気のせいだと、シアはその妙な感覚を強引に心の奥にしまい込んだ。
「それよりお前たちの名は?」
セイド達は、シアというあまりにも衝撃的な存在に、自分達のことは名前すら教えていなかった。
その時はもう夜だったため、名前を紹介し終えるとその日は解散した。
◇◆◇◆◇
時計の針ははもう、夜の2時を回っていた。セイドは何やら眠りにつけず、ベッドの上で寝返りを繰り返していた。ベッドに入ってから既に2時間が経過している。
「セイド」
その時、リラが2段ベッドの上の段から降りて来た。軽く1.5mはある高さを簡単に飛び降りる感じで。
「ゴロゴロうるせぇ」
「あ……、ごめん」
「眠れないのか?」
リラは軽くため息をついた。セイドはゆっくりと起き上がりうつ向いた。眠れない原因はセイドも自分でわかっている。リラにしても、感付いてはいた。
セイドの頭の中で渦巻いて、睡眠を邪魔していたものは、シア。
不思議なシア。
「ねぇ、シアって、シンシアって何……?」
「は……?」
セイドの質問に、リラはすっとんきょうな声を上げる。感付いてはいたが、シアそのものを『何?』と来るとは思っていなかった。
「リラはさ、見てただけだから良く分かんなかったかもしんないけど……、あの娘の動き……、普通じゃない」
セイドはうつ向いたまま語る。酷く沈んだ声で。
自分の発した言葉に、シアがセイドに向かって来た時のことが思い出される。素手で人の皮を切り、空軍1の強さであるセイドにも勝るスピード・力・戦闘技術。凄い勢いで向かって来る割に無表情な顔。更に話していた言葉、不可解な身の上、その不可解なはずの状態にあまり疑問すら感じていなさそうなシアの態度。
全く訳が分からない。
「まぁなぁ。空軍1の強さのお前がみぞおち食らったりしてたもなぁ」
リラはセイドの言葉にうな付く。リラは、セイドの強さは身に染みてわかっていた。
「だってさ、シアは女の子だよ? ……っ」
――ホントに地球人?
セイドはそう言おうとして、その言葉を飲み込んだ。認めたくたかったからだ。 セイドの拳に自然と力が入った。考えれば考える程、深まりそうな謎に。
セイドのうつ向き、苦悩する姿に、リラは軽くため息をついた。セイドが思考の渦から抜けれなくなっていることがなんとなくわかった。そして呆れ顔で言った。
「関係ないんじゃね?」
その言葉に、セイドの思考・行動供に止まった。
数秒後、やっと反応できたセイドは、ゆっくりとリラの方を見た。
「……え?」
セイドの呆然とした疑問の眼差しに、リラはあっさりキッパリと言う。
「だって……、シアはシアだろ?」
セイドは目を見開いた。
驚きで。セイドにはそんなこと思いつきもしなかった。
『シアはシア』
セイドの中でその言葉が大きく広がる。渦巻いていた疑問不安が、あっけないくらい簡単に晴れていった。
「そっか……」
セイドの口から思わず言葉が漏れた。先程の様な沈んだ声ではない。
「そうだよねぇ……」
セイドの声に明るさが戻る。セイドの言葉にリラが大きくうな付く。
「そうそう」
「どっこの誰だろうと関係ない……。シアはシアだもんねぇっ」
セイドは喜々として言う。そんなセイドに、リラは再び呆れ顔。
「しっかし……、ホンット熱烈だな」
「──へ……?」
リラの素直な意見。セイドは固まった。
──数秒後。
「んな゛っ! ち……っ、違……っ!」
「ほー。違う?」
慌てて否定するセイドに、リラはニヤ〜ッと笑う。リラはズイっとセイドの方へ身をのり出した。
「じゃあ、俺がねらっていい?」
──数秒の間。
「ええ゛!?」
セイドは目を見開いて叫ぶ。思いもよらぬ、だが少し考えればある意味当然、リラは女好きであるのだから。ニヤっとしながらリラは言う。
「だぁーってあの娘、ズッゲー美人だしーっ、儚げでいいカンジッ」
「んな見た目だけで……っ」
「俺様はメンクイだ」
「───っ」
リラの言い分に、反撃の言葉も無くしたセイドは固まった。冷や汗を垂らしながら。リラは、そんなセイドに勝ち誇った笑顔で追い討ちをかけた。
「なぁ、ねらっていい?」
「──だ、駄目っ!
だめだめだめだめっ、絶対駄目っ!!」
思わずセイドは叫んでいた。息が荒れる程に。リラの『女好き』を目の当たりにしているセイド、そんなリラにシアが好かれてしまってはロクなことがない、と考える。
それに対しリラは再び呆れ顔。ボソッとセイドに告げる。
「ほらな。熱烈じゃん」
「んな……っ」
セイドも再び赤くなり固まる。反論のため声をあげる。
「ち……っ」
「『違う』とは言えねーよなぁ? もう。」
思わず叫んだセイドの声を遮り、リラはニヤ〜っとしながら言った。固まり、黙り込むセイドに『ねらっちゃうぞー?』などと追い討ちをかけながら。
セイドの思考は渦を巻いた。
今まで人を好きになったことのないセイド。だから、セイドにとってのシアがなんなのかよく分からなかった。気になることはわかっていたが。ただリラが……、他の人がシアをねらうのは我慢ならなかった。
「ねぇ……」
一頻り悩んだ後、セイドはリラに恐る恐る聞いた。ことの真意を。
「──……本気……?」
リラは驚いた。こんなに真面目に返されると思っていなかったのだ。が、すぐまたニヤけた。
「あぁっ」
「ええっ」
茶化しただけのリラに、セイドの本気にうろたえた反応。リラは驚き半分、呆れ半分でセイドを見た。神妙な顔でリラを見るセイド。
「ぷっ」
リラは我慢ならず思わず吹き出した。セイドが疑問の声をあげたと同時にリラは、お腹を抱え大声で笑い出した。
「ギャハハハハッ!! マジだコイツ……ッ、マジになってるっ!」
「な……っ」
リラの笑い声が高らかに響き渡る。本気で笑いころげるリラに、セイドは真っ赤になって怒る。からかわれていただけだとやっと気付いた。
「リラッ!」
「いや〜、わりぃわりぃ」
リラは笑いをこらえつつ言う。セイドはなんだか悔しい。『リラ』という人となりをわかっていたはずなのに騙されていた事に。
「大丈夫だって。冗談に決まってんだろ。この俺様、人の好きな女に手を出す程、飢えちゃいないんだよ」
リラが得意気に話す。セイドは尚疑問の……、疑惑の目を向ける。騙されていた事はわかるが、リラの『女好き』の面を考えると信用出来ず。
「本当?」
「あぁ」
本気で茶化していただけのリラははっきりと答える。セイドには、未だにイマイチ信用出来ない。
「本当!?」
「おっ、おう」
いきなりセイドは凄い剣幕となる。リラは軽く気押される。その後セイドが納得するまで質問が続いた。
◇◆◇◆◇
「嫌ですっ」
──次の日。空軍兵士の訓練場にセイドの声が響いた。
「今日出るのは1号機じゃないでしょう!? 俺は1号機専属パイロットですよ!? なんで俺が操縦しなきゃなんないんすか!?」
この訓練場では、もはや珍しくもない言い争い。相手は、空軍兵士隊長である。
リラは呆れ顔で相変わらずの2人のやりとりを眺めている。
「お前のが腕がいいからだっ」
「んなの関係ないっす! なんのために各艦専属パイロットがいると思ってんすか!?」
崩れた敬語のセイド。
セイドにとっては、嫌々参加している戦争。出来る限り手は染めたくないと考えている。一方隊長は、空軍兵士きっての天才セイドに、軍艦の操縦をさせたくて仕方がない。──それも、敵星はあまりに強く、今のところ完全に立ちうちできるのはセイドだけであった。
地球の文明ではまだ、敵星の名前すら分からない。それほどまでに、敵星の文明は進んでいる。
「クビにするぞっ」
「どーぞ、ご勝手にっ!」
思わず言ってしまった隊長。それにあっさり返すセイド。隊長は言葉に詰まる。『クビにするぞ』と言いはしたが、実際問題、セイドにやめられては困る。
「なんなら俺から辞めてあげますよ」
「ま、待てっ!」
クルッと隊長に背を向けたセイドに、慌てる隊長。
「まぁまぁ」
そんな2人のやりとりに、呆れ笑いを浮かべながら声をかける男の声が響く。声に気付いたリラが一早く声をあげた。
「ケント……、ユリ」
そこには、白衣に身を包んだケントと呼ばれた男性とユリと呼ばれた女性が腕を組んで立っていた。
「隊長さんっ。少し落ち着いたらどうですか?」
ケントがニコやかに言う。隊長は冷や汗を足らし、ケントを見る。そして静かに口を開いた。
「ドクター.ラーセイ。……何か?」
『ドクター.ラーセイ』ことケント=ラーセイは空軍医主任であった。28才の若さで主任となった凄腕医師である。空軍艦1号機専属空軍医であり、セイドやリラと中が良かった。一緒に現れたユリことユーリス=ラーセイは、ケントの妻であり、空軍に属する看護師主任である。こちらも26才の若さで主任となっていた。
2人とも笑顔を絶やさず、マイペースでのんびりしている。対する隊長41才。隊長といえども、それは平の兵士の隊長であり、その上には将校達が連なっている。兵士と軍医、立場は違えど位の高さはラーセイ夫婦の方が高かった。隊長は、この2人が苦手であった。
「今セイドに辞められては困るでしょう? それに万一それでセイドが怪我したらどうします?」
ニコニコしながら言うケントにユリも続く。こちらもやはり、終始ニコニコ。
「そーですよぉー。セイド君じゃなきゃ、1号機は誰も操縦できないんですよー? それこそ困るじゃないですかー?」
ニコニコニコニコ、満面の笑顔で言うケントとユリに、隊長は軽く呆れるが、確かな所をつかれ何も言い返せない。
「それも……、そうだが……」
「だったら、それくらいにしたらどーですか?」
すかさずユリがニコニコしながら言う。隊長は何も言えず、『フンッ』と鼻息を荒くして背を向ける。
そんな隊長を見て、ケントとユリは顔を見合わせニッと笑う。
「あ。ラーセイ夫妻っ」
隊長が思い出したかの様に振り返る。
「軍内で腕を組んで歩くのは辞めて下さいっ」
「はーい」
ケントとユリは軍内でも有名なオシドリ夫婦である。
「ハハ。出た……。ラーセイ夫妻によるニコニコ攻撃」
リラは少し呆れつつ言う。ユリが笑って答える。
「アハハハ。何それ〜」
「ケント、ユリ……。ありがと、助かった……」
「いえいえ。後でなんかおごってね」
セイドは深いため息と供に言う。ケントは冗談混じりに言う。
いつもニコニコしているケントは、何処までが本気でとこからが冗談なのか、セイドにはある意味わからなかった。ある意味、ポーカーフェイスなケントである。
「あっ、そうだ。セイドッ」
その時ケントが思い出したかの様に言った。
「あの美っ人な戦災孤児の娘に恋をしたんだって?」
セイドは言葉なく目を見開く。リラも驚く。思いも寄らぬ、急なケントの言葉に。
「んな……っ」
「なんで知ってんの?」
顔を赤く染め、思わず反論するセイドを遮り、リラがあっさりと肯定する。
「リ……っ」
「あのねぇ」
慌ててリラに反論しようとしたセイドを、今度はユリが遮った。
「私達と〜フロンはねぇ、同じ大学なの」
「!?」
ユリの突然の思いもよらぬ言葉にセイドとリラは目を丸くした。
フロン、ケント、ユリの3人は、地球最高のレベルである核大学をスキップで入学し、卒業していた。フロンは16才で、ケント&ユリは18才で卒業、そのまま核に就職し、今に至っている。
核大学を卒業し、核内で就職する。これは、それぞれの分野の中でも、選りすぐりのエリートにしか通れない道であった。
「アハハ。びっくりした? 特にねぇ、私とフロンは11才から友だちなの〜っ」
ニコニコしながら、かなり幼い喋り方のユリが言う。
ユリにしてもケントにしても凄くおっとりしていて、顔もかなりの童顔であった。更に喋り方も、特にユリの喋り方は幼く、セイドとリラには、あれだけしっかりした大人の女性であるフロンとケント&ユリが友だちというのが変な感じがしていた。
その時、不意にかん高い機械音が響いた。私の携帯だ、と、ユリが慌てて自分の携帯電話を取り出す。携帯電話を開いた途端、外にも漏れる程の女性の声が響いた。
「ユリッ」
「わっ」
声の主は、もはやセイドとリラも聞き慣れたフロンであった。フロンはかなり慌てた様子でユリに叫ぶ。
「フロンー? どしたの?」
「ねぇっ、ユリッ。セイド君っ、セイド君知らない?」
「え? セイド君ならここに……」
「代わって!」
凄い勢いのフロンに、ユリは首を傾げながらセイドに電話を代わった。
「フロンさん?」
「セイド君っ!! 探してたのよーっ!」
凄い勢いのフロンにユリに同じくセイドも首を傾げる。
それからフロンは一度ため息を付いて落ち着いてから、かなり神妙な声で言う。
「いい? セイド君。落ち着いて聞いて?」
急にトーンの変わったフロンの声に、セイドもつられて神妙な面持ちにになる。
「は、はい……」
それからフロンは、もう1度深いため息を付いた。息を飲み、手に力を込める。そして、意を決したかの様に口を開いた。
「シアが……っ」
「シアが?」
「シアがっ、
──消えた……っ」
─────第弐話 麗しき戦士─炎─ 終了
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