声優大相撲~負け犬ラッパーが教える、世界一優しいフローの乗り方と、世界一エグいディスの出し方~
この小説で語られる音楽シーンへの解釈は架空の登場人物の物であり、また現実の音楽シーンとは必ずしも一致しません。
貴方のルーツが多様であるように。
文化のルーツも多様なのです。
様々な解釈と多様性によって文化は成り立っています。
でもたぶん根源は一緒。
*
放課後の空き教室、8×4のビート
ヒップホップは負け犬の為の音楽だ。
嘘だろって思うだろ? でも本当だ。
そう思う理由も分かる。だってヒップホップで検索すれば出てくるのはナンかキラキラしてたり、ジャラジャラと金の鎖つけた怖い顔のラッパーだったりするからね。
好んで聞く連中も明るくてまさしく陽キャ! みたいな連中で、ビートに合わせて踊ったりしてそうだし、友達も多そうで、きっと誰とでも仲良くなれそう。
そしてくだらない不満を世界最大の不幸のように語ってそうな連中ばっかりだ。
でもヒップホップをやる連中、ヒップホップを選んだ連中ってのは負け犬なんだ。
嘘みたいだろ? でも本当なんだ。
それしかなかったんだ。
自分達を救ってくれるのは、救えるのは。それしかなかったんだ。
ヒップホップってのはつまり、溺れた奴が掴んだ藁で、寒さに震える奴が爪に灯した火で、猫に噛みつくネズミの牙なんだ。
――で? 結局お前は何を言いたいんだって?
まぁなんだ、俺は負け犬だって事だよ。
安物のワイヤレスイヤホンで耳を塞いで四拍子をループ。
これで俺は世界から隔離される。
空き教室の外で、放課後の予定を楽しく話す声からも、校庭から聞こえる運動部の掛け声も、遠い音楽室から漏れ聞こえるトランペットの音も。
8✕4の8ビート。スマホのアプリで作った自分だけのビート。ドラムとベースだけのシンプルなベースライン。実際のラップバトルでは使われる事はないだろうシンプルな構成。もしかしたらメトロノームの方がまだ色気があるかもしれない。
だけどこれが良い。
集中できる、言葉を捻り出せる。枯れたと思った所からまた絞り出せる。
段ボールを埃っぽい床にひき、背中を壁に預けてノートを開く。
顔を上げれば使われない机と椅子の脚が俺を守る牢屋のように見える。
たぶんきっと牢屋の中の方が安全なのだ。外に出るのは選択肢が無い時だけで良い。
家でも教室でも、俺は負け犬だ。
そしてこの世はもう負け犬ってだけじゃ個性にもならない、特別にならない。
少しスマホで検索すれば山程引っかかる検索結果の羅列の中に埋もれるのだ。俺達の個性はすべて何かで既に羅列され消費されている。
学校を小さな世界と言った人がいる、外の世界に目を向けてみなさいと。
結果、俺達は自分たちが平凡だと知るのだ。
何事にも上には上がいるのなら、横に並んでる奴も大量にいる。だから俺みたいな負け犬底辺野郎も横にズラッと並んでいるのだ。平凡さが俺を殺しに来る。
何者にもなれない。
小さい世界から広い世界に目を向けろと言われた先には無慈悲な現実だけが待っている。
早く金曜日になってくれ。月曜日の放課後なのに既に苦しい。
太ももを机代わりに、ノートに言葉を吐き出していく。誰かを刺す為の言葉を。俺を指す言葉を。
言葉を吐き出すたびに苦しくなる、息を吸いたくなる。金曜日が待ち遠しい。
俺が息を吸えるのはマイクを持ってる時だけなんだ。
放課後の誰もいない教室で、ひたすらに言葉を吐き出す事だけに集中する、ループする8✕4にのって。
フリースタイルのラップバトル、それだけだ。
それだけが負け犬のたった一つの武器なんだ。
まだ遠い金曜日を思いながら、どれくらいノートに吐き出せるだけ言葉を吐き出したか? 時間の感覚も曖昧になるぐらいに集中していた俺は、ブツっという音と共に四拍子が消えて急に現実に戻された。
くぐもった外の音が俺の耳を刺す。俺の平凡さを刺す。
急に息が出来なくなりそうになる。何もかもが平凡な劣等感が喉に詰まる。
息苦しさに制服のネクタイを緩めた所でその声に気がついた。
綺麗な女子の声。正確な発音。
滑舌の良さは単語一つ一つを尖らせて、聴く者に確実に届けようとする意思があった。
微かに聞こえる四拍子に思わず立ち上がる。
「ラップ?」
口から漏れた疑問に声の主、同じ高校の制服を着た女子が俺の方に顔を向けてくる。
窓から差し込む夕日に照らされた軽くウェーブのかかった金髪は、彼女が芸能科の生徒だと教えてくれる。
なんで芸能科の生徒がこんな外れの空き教室にいるのか? とか思う事は他にも色々とあるのだろうが、俺がまず最初に思ったのは「ラップ?」だった。
なぜなら……下手だったからだ。
正確な発音、滑舌の良さは何度も地味な努力を重ねたのが分かる。
だが、だがまったくもって下手だった。ラップか念仏か迷うレベルだった、まったく歌詞がライムしていない。ゴメンたぶん念仏の方がまだライムしてる。
こんな外れの空き教室で自分以外の人間がいた事が不思議だったのか。
高そうなヘッドフォンを耳から外しながら、少女がポカンとした顔で俺の顔を見つめてくる。細い首に大きなヘッドフォンが妙に似合う。
驚く少女の顔が非難の表情に見えて、俺がいてビックリする気持ちは分かるがそれは俺も同じだと言いたい気分になる。なんでこんな所で一人でフリースタイルのラップやってんだよ。
混乱に近い戸惑いの中、馬鹿だ、俺は馬鹿だと思いながらつい言ってしまう。
「ぜんせんライムできてない。フリースタイルでもリズムを作る為の韻は大事だし。パンチライン重視でも韻は大事にした方が良い。せっかく滑舌が良いのに単語の繋がりを意識してないからせっかくの歌詞が潰れてる」
言った途端に恥ずかしくなる。相手は芸能科の生徒だ。きっとちゃんとした先生なんかがいて、ここでやってたのは単なる自主練か何かなのだ。
それに気がついてしまえば、自分は平凡な人間だ、という劣等感が湧き上がってくる。眼の前の少女が紛うことなき美少女で、自分は鼠だ。猫に噛みつく牙は持っていても虎に噛みつく勇気は無い。
込み上げてくる劣等感と同量の恥ずかしさ。
ポカンと開いてなお美しい少女の口が、何か言葉を紡ぐ前に俺は自分の鞄をひったくるように掴んで教室を飛び出した。
あまりにも恥ずかしい。
きっと自分は舞い上がったのだ。誰も来ない教室でフリースタイルラップを練習するというたったそれだけの共通項を他人に見つけて。
恥ずかしい、廊下を走るような速さで歩きながら思う。
でもきっとこれもドコかに転がっているのだ。
陰キャが調子に乗って求められてもいないアドバイスをして恥ずかしい思いをした、スマホで検索すればすぐに出てくる。
そして彼女の、陰キャに突然アドバイスされてキモかったっていうのも。
俺達はどこかで既に羅列されている。
怒りが湧く。
でもぶつける先は無い。だって俺達は知っている。SNSで、平たく繋がった世界で、こんな世界にした悪い大人なんていないって事を。
敵はいない、どこにもいない。敵なんていないのだ。
敵だ、敵が必要だ。そこだけで俺は息が出来る。
早く金曜日になってくれ、そこでなら俺は呼吸ができる。言葉を吐いて、吐いた分だけ息を吸える。
歩けば溺れる、俺はバスも使わず走るような速度でひたすら家まで歩いた。
歌詞を書き殴ったノートを空き教室に忘れた事に気がついたのは、自室の扉を閉めた時だった。
*
声優大相撲と人質ノート
翌日、朝一番で空き教室に行ったがノートは見つからなかった。
あの金髪の少女に拾われたのだろうか? ノートを拾われ、キラキラした連中に回し読みされて笑われているという、嫌な想像が浮かぶ。
一縷の望みをかけて落とし物として届けられていないかと、職員室で尋ねてみたがノートは届いていなかった。
知り合いに渡す予定だったクラブのチケットが挟まっていたが、それも含めて諦めるしかないだろう。
どこかで俺の歌詞が笑われているかもしれない。被害妄想かもしれないが、そう思ったら新しいノートはすぐに埋まった。
知り合いにお前はいつも怒ってんのな、と言われた事を思い出す。
たぶん俺は怒っている。平凡な自分に、誰も悪くない世界に。
自分でも不思議なくらいに怒ったまま、気がついたら金曜日だった。
ライブハウス【ラックタン】。きっとLUCKと舌をかけた駄洒落なんだろうが。客はおろか出演者からもラクタンと不本意な省略形で呼ばれている。
毎週末にフリースタイルラップバトルのステージを企画してくれる上に、出せば余計なトラブルの元になりかねない十六歳の俺を出演させてくれるありがたい存在だ。
日本でもヒップホップが市民権を得たのはつい最近の話で、フリースタイルが広く認知されるようになったのは本当にごく最近だ。
金曜日のバトルにブッキングされるようになってから三ヶ月。
時期が悪かったのか、俺が出始めて最初の一ヶ月ぐらいは結構スカスカだった客席も、五月になった辺りからは満杯が常だ。
俺はいつものようにステージに立ってひたすら言葉を吐く。
正直に言えば俺は韻を踏みまくるようなテクニカルなラップは出来ない。必然パンチライン重視のラップになる。フローだけは逃さないように。
早く呼吸がしたい、その思いだけで選べる時は全て先行を選ぶ。その日は全て先行を取れた。ありがたいと思う。
バトルでは後攻が有利なので、年下相手に後攻を譲ってくる対戦相手も多いのだ。
勝てば息が吸える、もっと吸える。それだけを考えてラップする。相手の急所を抉る言葉を、俺を指す言葉を。
今回は参加者が十六人なので四回勝ったら優勝していた。賞金も出ない、単に来週も呼ばれるのが確定するだけの優勝。
嬉しいけど、それ以上にもう息が吸えない事が辛い。
18時から始まって21時、長居するとライブハウスに迷惑がかかる未成年なのでイベントが終わればさっさと帰る。
「また来週、タカ君」
ブッキングマネージャ―の挨拶に頭を下げてラクタンの外に出る。
冷房の効いたライブハウスから出た瞬間に、日が落ちても残る夏の熱気に驚く。
だがそれ以上に俺を驚かせる物があった。
半地下のライブハウスから出るための階段。その先に見覚えのある少女が立っていた。
空き教室でラップしていた金髪の少女だった。
なんでこんな所に? もう21時だぞ? 未成年は家に帰れよ。
疑問はあるが畢竟全て俺には関係ない。
キラキラ世界のキラキラ星人が夜遊びに来ただけ、無視というか知り合いですら無い。
そのまま帰ろうと、狭い階段で間違っても触れないように壁に引っ付いて脇を抜けようとしたら、無効から腕を掴まれた。
夏の熱気とは違う人の温もりが肌から伝わってくる。
ドキドキするよりも恐怖が勝る。ここで痴漢と叫ばれたら人生が終わる。
自分の領域であるライブハウスなのに急に息苦しくなる。
なんですか、の一言が出なくて固まる俺に少女が言った。
「私の師匠になってください!」
放課後の空き教室、四拍子が流れる。伝統的なラップバトル用のビート。
そしてキラキラ星人が自称ラップ、念仏以下の朗読みたいなラップをしている。
駄目だコイツ才能がねぇ。
俺は1《ワン》バースで頭を抱えた。
ざっくり俺の状況を説明しよう。
眼の前でラップしてるキラキラ星人の名前は卯花魅音さんだ。名前まで可愛くてキラキラしてらっしゃる。
芸能科一年生、なんと現役の声優様だ。
声で勝負するより顔で勝負した方が楽じゃね? って俺が思ったのは内緒だ。
で、この声優様だが。何と今度『声優大相撲』に出るらしい。
そう、声優大相撲だ。
え? 意味が分からないって? 俺も意味が分からなかったよ。
声優同士がラップバトルで対決する番組だ。
そんな物があった事にも驚きだが、人気番組だというから更に驚きだ。
企画を考えた奴もそれを電波やネットに乗せようと考えた奴の狂気を称えたい。
まぁ一番驚きなのは、そのラップバトルにこの念仏以下のラップで参加しようとしているこの女にだが。
「どうよ!」
可愛いドヤ顔を見せてくる魅音に俺は首を横に振った。
「なんでよ!」
そう言って俺に魅音が俺に突きつけて来たのは、俺が失くしたノートだった。
「虎馬師匠の歌詞なのに!」
「だからだよ」
フリースタイルで他人の歌詞をを借りて良いものが出来るはずがない。
パンチラインとはラッパーの人生や思想から出る物だ。
あとついでに言うとフローにまったく乗れてない。
俺の歌詞に対しての冒涜だ。舐めてんのか?
陰キャだからっていつもキラキラ星人に黙ってばっかりだと思うなよ?
「なんで!? 師匠の歌詞カッコいいじゃないですか!」
よし許す。
駄目だ、陽キャの全肯定光線が俺を襲う。
「あのな?」
俺は頭を書きながら言葉を探す。決して照れ隠しではない。陰キャが他人と会話するとだいたいこうなるのだ。はい相手の目が見れません。
「ラップバトルはアンサーを返せないと駄目なんだよ。必要なのは即興性、あらかじめネタ考えてたって相手のバースに合わせてアンサー返せなきゃバトルにならないんだよ」
当たり前と言えば当たり前の指摘。
ラップバトルとはバースと呼ばれるターン制のバトルだ。先行がラップをし、後攻がそれに対してアンサーを返す。これが基本だ。
つまりは即興性が求められるのだ。ネタを仕込んでどうにかなるのは先行の1バース目ぐらいだろう。
ラップバトルに出るつもりの奴にする指摘じゃないなと思う。
俺の指摘に何故か魅音が自慢げな顔をして俺のノートを突きつけてくる。
「1バース目で相手を黙らせるので!」
こいつやっぱりバトルを理解してねーじゃねーか。
しかも俺の歌詞で黙らせてどうするんだよ。
「自分で考えろ」
そう言って突き出されたノートを取ろうとしたら、さっと背後に隠される。
取り戻そうと伸ばした手が行場を無くし、今この瞬間に誰かが入ってきたらあらぬ誤解をされそうだと急いで手を引っ込める。
「いい加減ラップを教えてやってるんだから俺のノート返せよ」
俺は溜息を我慢してボヤく。
先週の金曜日、この卯花魅音は拾ったノートに挟んでいたチケットを勝手に使ったあげくに、俺のノートを人質にラップを教えろと俺を脅してきたのだ。
なんというクソ女だ、警察に突き出したい。
「バトルで勝てたら! です!」
そう言って俺のノートを大事そうに抱える姿は、可愛いと言えば可愛いが。勝手に人のノートを返さないと言ってる時点でクソ女である。
正義は我にあるんだから、さっさと警察か教師にでも相談しろって?
イライラする奴は負け犬の陰キャ野郎を分かってない。それが出来ればやっている。
たかがノート一冊で警察? 教師? やめてくれ、そんな度胸あるわけないだろ。
たとえノートが戻ってきたとしてもその後の学校生活を想像したら死にたくなる。
だったら人目のつかない空き教室で放課後ラップを教える方がまだマシだ。
少しでも自分に道理があれば人を攻撃するのに躊躇ない奴の単純さが羨ましい。陰キャで正義厨とか終わってるが。
「だったら尚更だ。ちゃんと即興で返せ、即興でラップしろ」
「そもそも私ラップ下手だし」
ホントだよ、なんでラップバトルに出るんだよ。
事務所の命令らしいが、人選がこれ以上無いくらいに間違ってる。
分かってはいたが遠慮していてどうにかなるレベルじゃない。
ションボリと萎れているのにキラキラしている魅音を見て思う。
最初ビビって魅音さんとか呼んでた自分を殴りたい、想像以上に時間がない。
声優大相撲の収録は金曜日だ、今日を含めて5日しかない。
「とりあえずその壊滅的なリズム感からどうにかするぞ」
俺は土日で立てたプランを書いたノートを開いた。
*
回答(Answer)
ラップは、特にフリースタイルは非常に個人的だ。
相手を抉る強烈なパンチラインはラッパー自身の思想や人生が色濃く出るし、同じビートなのにフローは人によってまったく違ったりする。
バトルなんて個人と個人の言葉で殴り合う世界なので、特にそんな感じだが。
それでも技術が無いわけじゃない。
フローの乗り方、韻の踏み方、ディスり方。
だが俺はそれらを全て無視して魅音にひたすらリズムの取り方を教えた。
他を教えている時間が無かったのも事実だったが、リズム感さえどうにかすればどうにかなるのでは? 俺はそう思ったのだ。
彼女の声、そして鍛えられた正確な発音はそれだけで武器になると思ったからだ。
キラキラ星人め、才能があって努力を怠らないとかホントキラキラしてんな。
自分の平凡さが鈍いエッジで俺の腹を刺す。
「虎馬師匠」
魅音の声に俺はノートから顔を上げる。
「もう金曜日なんだけど私これでいいの?」
再生速度を50%に落とした音源に合わせてリズムを取る魅音が首を傾げている。
本当に大丈夫? そう言いたげな顔だが、それは効果を疑っているというより今の自分の実力が不安、という顔だった。
地味な努力の大切さを知っている人間の顔だ。
俺はこれまで魅音にひたすらリズムの取り方を教えてきた。
メトロノームに合わせて手拍子させたり、歩かせたり、裏拍を取らせたり。
韻の踏み方やフローの乗り方なんかの、ラップの技術は全く教えなかった。
普通の人間ならラップの練習でこんな地味な練習させられたら、投げているか怒ってる気がする。それだけ彼女の本気が分かった。
大丈夫だ、俺は頷き返すだけで返事をする。
話しながらでもリズムがズレていないので本当に大丈夫だと思う。ここ以外でも地味な努力を続けた証拠だ。その姿に思わず声が漏れる。
「仕事だからってこんな地味な練習続けられんのな」
選んだ道を歩く人間の強さなんだろうか?
選ぶ道なぞ用意されていなかった負け犬が遠吠えを始める。虚仮威しにもならんな。
「“なりたい”をやれてるのは凄いな」
キラキラ星人が遠吠えに首を傾げる。
「別に声優になりたかったわけじゃないんだけどね」
遠い異星の少女は何でもない事のように言った。
「私さ、昔からパティシエになりたかったんだけど。家が何ていうの? 芸能一家でなんか期待されてて、ちょっと親を喜ばせたい、とか思ったらこうなってた」
それで良くそんなに努力できるな? 口から出そうになった疑問は飲み込んだ。
「選びたい道は選べなかったけど」
パチリ。魅音がドラムに合わせて手を叩く。
「なってみたら簡単になれる物じゃないって分かるから。だったら努力しなきゃだし、勝たなきゃなって。尊敬できる人達に負けるって腹立つじゃない?」
不純かな? 首を傾げる宇宙人。
「バトルに向いてるかもな」
それから目を逸らして答える。太陽を直視した時ぐらいに眩しい。
「ラップは下手だけど」
宇宙人の手拍子がリズムからズレる。
「でも技術はどうにかなる」
不満げな顔をする宇宙人に俺はニヤリと笑って見せる。
「それじゃ刃を研ごうか」
収録の時間に遅れる! 魅音が悲鳴を上げながら走って行くのを見送った俺はラクタンに向かった。
それにしても面白い奴だったなと思う。知り合って一週間だがそう思う。
親や事務所、他人に求められた道を歩める強さがキラキラ星に住む為の条件なんだろうか? いや違うな、たぶんきっと彼女の人格がそうさせるのだ。
石ころ一つで転ける負け犬としては羨ましくて仕方がない。
「ザース、タカ君」
ラクタンの小さな控室に入った俺は、今日の対戦相手からの挨拶に挨拶を返しながら定位置になった端っこのパイプ椅子に座る。
周囲が年上で見た目ヤンチャな人が多いので隅っこにいるようにしていたら定位置になってしまった。喧嘩とか無理。
最初は絡まれたり、バトル後に脅されたりしたが、全てウッスとサーセンで乗り切った。
今では呆れてくれたのか普通に挨拶してくれる。
懐かしいが二度と嫌だ、そんな事を考えていたらステージに呼ばれた。
息が吸える。
そう思ったが相手に先行を取られてしまった。
相手はいかにもスタイルの人間だった。嫌いなタイプだ。
歌詞も警察がどーたらとかそんな内容が多い。
ヒップホップが生まれた米国で警察が敵とされるのは、文化を生み出したのが黒人だったからだ。彼らは差別され、食う為に犯罪者になる自分達の現実を歌った。
政府や警察はそれをギャングスラップと呼んだが、彼らはそれをリアリティラップと呼んだ。
でも俺達はそうじゃない。
俺達の現実はそうじゃない。
日本に住んでいてそれをヒップホップの文化だと言う人間に俺は違和感を感じてしまう。
出涸らしの誰かの個人を消費するような物がヒップホップか?
あーでもそうか。
当たり前だ、当たり前だが日本でもそういう奴がいるのかもしれない。
俺は魅音に言っていた事を思い出した。
アンサーを返せと。
そう言えば今までずっとアンサーっていうかディスばっかりだったな。
相手のバースは弱みを見つける為の物で、相手にアンサーを返す為の物じゃなかった。
致命を探す為に相手のバースを聞くのではなく、相手の現実を探す為に聞く。
俺の答えを返せ。
今までぶっ刺す的にしか見えなかった対戦相手が初めて人間に見えた気がした。
気がつけば簡単で、コイツも同じ地獄を生きる負け犬なのだ。
ネットで検索すれば横並びで羅列される負け犬の一人だ。どこでも個性的であれない。個性的であれる場所なぞ残されていない。
共感と共に強烈な負けたくないという気持ちが湧いてくる。
相手のバースが終わる。
尊敬できる人達に負けるのが腹立つと言った魅音の言葉を思い出す、俺達は負け犬だが。
マイクを口元に持っていきながら思わず笑う。
よぉ! 知ってるぞ! その怒り、その不満。
俺も同じだ、でもぶっ殺す!
1バースで殺してやる。俺は弾丸を込めた。
ラクタンの楽屋は狭い、そして一つしかない。
バトル後すぐに一緒の部屋にいる事になるので、良く険悪な雰囲気になる。
ラクタン内で暴力沙汰は一発出禁なので殴り合いは見た事ないが、睨み合ってる所は良く見る。ホント怖いので止めて欲しい。
バトル後定位置に戻って存在を消していると大きな影に包まれる。
何だと視線を上げたらさっきの対戦相手、ジョグさんがいた。
久しぶりに謝り倒すか、と思っていたらジョグさんが俺に無言でスポーツドリンクを突き出してきた。
ルーツに半分ジャマイカ人の血が入っているジョグさんの手がパッとひらいて、落ちるペットボトルを慌てて受け止める。
「じゃあな」
戸惑う俺を放置して去っていくジョグさんの背中を視線で追ってしまう。
理由もなく嬉しくなった。
月曜日、昼休みの教室でエナジーバーを齧っていると同級生が声優大相撲がどうとか話しているのが聞こえてきた。
そう言えば結果はどうなったのか? 勝敗でノートの運命が決まる。
耳にイヤホンを着けながらスマホを操作。
そう言えば一度も見た事なかったなと、頭から見ていく。
番組名からは想像できないぐらいに真面目なフリースタイルラップバトルの番組だった。
声優という職業柄かラップの内容はリスペクト多めの健全な物だったが、勝敗は観客からのレスポンスで決まる方式なのは好みだった。
騒音計か何かで測った数値を出すのはちょっとどうかと思ったが。
シーズン毎にトーナメント形式で順次放送していく感じなのだろう。
魅音はD組四回戦と表示されていたので、参加人数の多さに驚く。
ジャンケンで勝った魅音がドヤ顔で先行を選択する。
だが不承不承ながらも弟子の姿を微笑ましく見れたのはここまでだった。
よっしゃやってやるぜ、みたいな顔をする魅音にカメラが寄る。
そして出てきたのは強烈な罵倒ラップだった。
嘘だろお前。
思わず顔が真顔になる。その顔でなんつー言葉を吐いてんだ。
声優にラップバトルさせて真面目にキャッキャさせよう、みたいな番組コンセプトを真正面からぶち壊すかのようなラップ。
質が悪いのがその歌詞に俺のノートの影響が見える事だ。
魅音はちゃんとオリジナルの歌詞をやっているが、お前じゃ絶対に出てこないだろってディスり方が所々にある。
結果、相手が自分のバースで涙目というか泣き出しまともにアンサーを返せなかった。そりゃそうだろ、まさかこの番組で自分の人格までディスってくる奴がいるとは普通は思わない。正確な発音で強烈なディスがぶっ刺さる。
そして自分に帰ってきたバースで黙ってしまった相手を更にディスりにいく魅音、エグい。そして俺のせいじゃない。
あまりに酷い絵面に唖然としていると、イヤホンを突き抜けて周囲のざわめきが耳に入ってくる。
酷い絵面から目を逸らすついでに騒ぎの方に目を向ける。
凄い勢いでこちらに近づいてくる魅音の姿が目に入った。
「虎馬君!」
クラスメートでも何人俺の名前を知っているんだろうか?
そんな事を思う。
「師匠の教えで勝てたよ!」
嘘だろお前? 対戦相手のあの顔見てそんな笑顔で勝利宣言できる?
キラキラ星人の殺意高すぎない?
そう思いながらも俺は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「あんなもん教えたつもりはねーよ!?」
ステージ以外は息苦しい世界だけが広がっている。
でも何故かこの日は呼吸が楽だった。




