はじめての街、そして(辺境の街バルティア)
エルフの集落を離れたナナとセナは、アルスと共に外の世界へと足を踏み出す。
はじめて訪れる街、
辺境の街バルディア。
これは、そこで始まる、
親子の新しい暮らしの物語。の最初の話。
石造りの大きな門が、目の前にそびえていた。
高く、重く、無骨な造り。
人の手で築かれたそれは、森の中とはまるで違う空気をまとっている。
(すごい……)
思わず見上げる。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
物語の中でしか知らなかったような光景が、今、目の前にある。
本当は、もっとじっくり見ていたい。
けれど——
門の前には、すでに長い列ができていた。
荷を背負った者、武器を持った者。
森から戻ってきたのだろう人たちが、順番に並んでいる。
ナナたちも、その最後尾に加わった。
「……ここを通るのね」
ソワソワする気持ちを抑え、小さく呟く。
思っていたよりもずっと現実的で、少しだけ緊張する。
その隣で、アルスがフードの位置を軽く整えた。
森を出る前から、すでに深く被っている。
長い耳を隠すためだ。
街に入れば、目立つ。
特に、森から来る冒険者の多いこの門では——なおさらだ。
「ここから先は、念のためな」
何気ない調子。
ナナは深く考えず、頷いた。
(目立つから、かしら)
それくらいの認識だった。
列はゆっくりと進んでいく。
前の人たちは、簡単なやり取りをしてすぐに通されていた。
(……思ってたより普通ね)
ナナは小さく息を吐いた。
張り詰めていた気持ちが、少しだけほどける。
(これなら、大丈夫そう)
そう思いながら、ぼんやりとここまでの道のりを振り返る。
森を抜けるまでに、いくつかの夜を越えた。
それでも——大きなトラブルは何もなかった。
魔物に襲われることもなく、危険に巻き込まれることもなく。
薬草を見つけて、少し夢中になって採取したくらいだ。
(ほんと、拍子抜けするくらいで……)
ふと、引っかかる。
(……そういえば)
一度だけ、結界を抜けてすぐの魔物の森で——
セナの様子が、少しだけ違ったことがあった。
「……アルス」
小さく、セナの声がした。
そのとき、ナナは背を向けて薬草をまとめていて。
振り返ったときには、もう何も変わった様子はなかった。
「ん? どうした?」
少し遅れて戻ってきたアルスが、いつもの調子で笑う。
二人に目を向けると、
セナが、ほんの少しだけ驚いたような顔でアルスを見ていた。
けれど——
「なんでもない」
それだけ言って、いつもの表情に戻った。
(……なんだったのかしら)
結局、その後は何も起きなかったし、深く考えることもなかった。
「次」
短い声に、はっと顔を上げる。
気づけば、自分たちの番だった。
一歩、前に出る。
門番の視線が、向けられる。
その瞬間——
空気が、変わった気がした。
「どこから来た」
無機質な声。
全身を見定めるような視線。
「……森の奥から来ました」
「身分証は」
「……ありません」
わずかな沈黙。
門番同士が、目配せをする。
(……あれ?)
胸の奥が、ざわつく。
さっきまでとは、何かが違う。
「荷物、見せろ」
ぶっきらぼうな声。
一人の門番が私の荷物を受け取る。
もう一人が、じっと私を見る。
じっとりと、まるで——値踏みするように。
「それと」
その視線のまま、一歩近づく。
「一応、確認する」
その手が、ナナへと伸びてくる。
視線が、妙に絡みつく。
ぞわり、と背筋が粟立った。
(……嫌な感じ)
ナナは反射的に、セナの手を引いた。
そのまま、背にかばう。
そのとき。
セナの小さな手が、きゅっと握られた。
震えてはいない。
むしろ——支えるように。
ナナは、その手を握り返す。
門番の手が、触れる寸前——
「——止まれ」
低く、鋭い声が割り込んだ。
空気が、一瞬で凍る。
「それ以上やると——死ぬぞ」
静かな声。
けれど、有無を言わせない圧があった。
門番の手が止まる。
静止の声を上げた上司らしき人は、じっとこちらを見ている。
……いや、私の後ろ?
視線を追って振り返ると——
すぐ側に、アルスが立っていた。
変わらない、穏やかな雰囲気のまま。
けれど——何かが違う。
「確認のため、フードを取っていただけますか」
落ち着いた声で、その門番が問いかける。
視線は変わらず、アルスへ。
アルスは短く息をついて、
「……ああ」
と応じた。
フードの端を、わずかに持ち上げる。
周囲からは見えない角度で。
その一瞬。
門番たちの表情が変わった。
「……アルス殿、でお間違いありませんね」
「そうだけど」
その一言で、空気が一変する。
「し、失礼しました!」
先ほど手を伸ばしてきた門番が、慌てて姿勢を正す。
後から来た上司らしき男が頷く。
「通行を許可します」
荷物を返され、門が静かに開いた。
ナナは状況を飲み込みきれないまま——それでも足を踏み出す。
門をくぐる。
その瞬間、張り詰めていたものがほどけた。
「……はあ」
思わず、息がこぼれる。
(……なんだったの?)
よくわからない。
それでも——
あのままだったら、良くないことになっていた気がする。
隣を見ると、セナがまだ門の方を見ていた。
わずかに、鋭い視線。
——まるで、睨むように。
その手は、ナナの手を握ったまま。
少しだけ、強張っていて——
「セナ?」
声をかけると、はっとしたようにこちらを見る。
「……なんでもない」
ちょっと悔しそうに、小さく首を振る。
初めて見るセナのそんな表情に戸惑う。
そのとき。
ぽん、と軽くセナの頭にアルスの手がのる。
セナが、アルスを見上げ、ほんの少しだけ目を瞬かせる。
それから——
ふう、と小さく息を吐いた。
肩の力が、すっと抜ける。
いつもの表情に戻った。
あのとき。
空気が変わった瞬間。
今になって——ブルリと身が震えた。
——でも。
理由は分からないけど。
何が起きたのかも、よく分かっていないけれど。
それでも。
(……守られてた、のよね)
あの時すぐ側にいたアルスを見ながら、そう思う。
もう、恐怖は感じなかった。
少し門から離れてから、ナナはアルスに聞いた。
「さっきの……知り合いだったの?」
「まあね」
「なんか、物騒なこと言ってたけど……」
伺うように顔を覗き込むと、アルスは肩をすくめて笑う。
それ以上は、何も言わなかった。
ナナは小さく頷く。
(やっぱり、頼りになるのね)
口には出さず、そう思った。
*
門を抜けた先は、まるで別の世界だった。
人の声が飛び交い、荷車が行き交い、建物が並ぶ。
集落とはまったく違う、にぎやかな空気。
(……すごい)
内心では、ワクワクとかなり気持ちが弾んでいる。
けれど同時に——
どっと疲れも出てきた。
「……ちょっと、休みましょうか」
ナナはそう言って、セナを見る。
「一息つけるところ、行きましょう」
「いいね、いい店知ってるよ」
アルスが軽く言った。
「この近くで、落ち着けるとこ」
ナナはほっとしたように笑う。
「お願いしてもいい?」
「任せて」
*
店の中は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
あたたかい料理の匂いに包まれて、お腹も満たされ、ようやく人心地つく。
ナナは小さく息を吐いた。
それから、隣のセナを見る。
「……一息つけて、よかったね」
「お腹いっぱいになった?」
やわらかく声をかけて、そっと頭を撫でる。
セナは少し目を細めて、コップに口をつけながら、
「うん!」
と頷いて、ナナに少しだけ寄る。
その様子に、ナナもほっと微笑む。
(よかった、やっぱり疲れてたのね)
すっかりいつもの様子に戻ったセナにほっとする。
けれど——
「それで……」
ナナは少しだけ表情を引き締める。
アルスを見る。
「これからのこと、なんだけど」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「私、薬師として働けたらいいなって思ってるの」
「あと……この子と一緒に暮らせる場所も、ちゃんと見つけたい」
まだ曖昧で、頼りないかもしれない。
それでも——ナナなりの考え。
「アルスはこの街に何度も来ていて、詳しいでしょ?」
「アドバイスが欲しくて……」
アルスはそれを静かに聞いて、頷いた。
「なら、商業ギルドだな」
あっさりとした答え。
「登録しておけば仕事もあるし、家も紹介してもらえる」
「あと、ギルドの会員証が身分証がわりになる」
ナナは目を瞬かせる。
(……なるほど)
少しだけ考えてから、
「……一緒に着いて来てくれるかしら?」
と聞く。
アルスはにかっと笑って、
「もちろん」
と答えた。
(……今は、アルスに甘えよう)
(この子のためにも)
ナナは、小さく息を吐いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
穏やかだった集落の様子から一転。
賑やかな街の様子や厄介な人との出会いなど、これまですることのなかった体験を通してナナとセナは成長していきます。
短編ですが、前作の続きとして前作、前前作と一緒に楽しんでいただけたらと思います。
これからも、続きますのでよろしくお願いします。




