正しい記録
彼が死んだ理由は、誰にとっても明白だった。
少なくとも、そう説明された。
市立病院の内科医・三枝修一は、当直明けの朝、医局の給湯室で倒れているのを発見された。死因は心不全。過労による突然死――それが病院側の公式見解だった。
私は、三枝の同僚だった。
同じ内科でも専門は違い、深く親しいわけではない。それでも、彼が「過労死」で片づけられることに、強い違和感があった。
三枝は、むしろ仕事を減らそうとしていた。
診療記録の整理、無意味な会議の削減、曖昧な慣習の是正。彼はそれらを、少しずつ、しかし確実に進めていた。
「この書き方、事実と違いますよね」
彼がそう言ったのを、私は覚えている。
電子カルテの記載についてだった。症状が曖昧なまま「改善傾向」と書かれている患者。検査をしていないのに「問題なし」と記録されている数値。
「皆そう書いてるから」
誰かがそう答えた。
「実際、トラブルになってないし」
三枝は引き下がらなかった。
「でも、それは“起きなかった”だけで、“問題がなかった”わけじゃないでしょう」
彼の言葉は、正しかった。
だが、正しさはしばしば、厄介だ。
数週間後、院内で小さな騒ぎが起きた。
数年前に亡くなった患者の遺族が、「説明と記録が違う」と訴え出たのだ。
カルテには「十分な説明を行い、同意を得た」とある。しかし遺族は、そんな説明は受けていないと言う。
調査委員会が立ち上がり、三枝が中心メンバーになった。
「事実を確認するだけです」
彼はそう言っていた。
だが、その“事実”は、多くの人間にとって不都合だった。
看護師は忙しさを理由に記憶が曖昧だと言い、医師は「当時の判断として妥当だった」と述べ、事務は「記録通りです」と繰り返した。
そして、誰かが言い出した。
「三枝先生、少し神経質すぎませんか」
「完璧を求めすぎると、現場が回らない」
次第に、空気ができていった。
三枝は“問題を大きくする人”
“責任を現場に押し付ける人”
事実よりも先に、人物像が語られ始めた。
彼が死んだ前日、私は三枝と廊下ですれ違った。
ひどく疲れた顔をしていたが、それでも彼は言った。
「ねえ、記録って、誰のためにあると思います?」
私は答えられなかった。
翌朝、彼は死んでいた。
警察も労基も、深くは踏み込まなかった。
病院側が用意した説明は整っていた。
過密な勤務表、連日の当直、慢性的な人手不足。
「かわいそうに」
「真面目すぎたんだね」
そうした言葉が、彼の死を包み込み、固定していった。
だが、私は知っている。
三枝は、最後の調査報告書の草案を、個人の端末に残していた。
そこには、こう書かれていた。
――問題は、誤った判断そのものではない。
――それが“正しかったことにされる”過程である。
彼は、誰かを告発しようとしていたわけではない。
ただ、「そうだったこと」を、そのまま書こうとしていただけだ。
けれど、その文章は公表されなかった。
委員会は、より穏当な表現に修正した報告書を提出し、遺族との和解も成立した。
真実は、誰も否定していない。
ただ、誰もそれを必要としなかった。
三枝の死から半年後、彼のことを話題にする者はいない。
「過労死した医師」という、わかりやすい物語だけが残った。
私は今でも、ときどき彼の報告書を読み返す。
そこには、感情も糾弾もない。ただ、事実だけが並んでいる。
そして思う。
人は、事実に耐えられないのではない。
事実が、物語にならないことに耐えられないのだ。
今日もカルテには、少しだけ都合のいい言葉が並ぶ。
それを読む誰かは、きっと疑わない。
なぜなら、そのほうが安心できるからだ。
正しい記録は、静かに死んでいく。
誰にも殺されず、誰にも守られないまま。




