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八岐大蛇小町(小野小町)絵巻 ~或いは、姓が招きし美女の受難~  作者: 如月妙美


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【第五章】 花の色は移りにけりな

一、新しい姿絵の完成

 新しい姿絵が完成した。

 今度は、実物そのままの美しい小町の姿が描かれていた。優雅な十二単、しなやかな黒髪、澄んだ瞳――まさに絶世の美女。

 しかし、この姿絵を見た人々の反応は複雑だった。

「これが...八岐大蛇将軍の真の姿?」 「いや、これは『宮中用の姿』だろう」 「以前の姿絵が本当の姿で、こちらは仮の姿だ」

 人々は、自分たちの信じてきたものを簡単には捨てられなかった。


二、市中に流れ始める新たな噂

 しかし、少しずつ真実は広まり始めた。

「実は、八岐大蛇将軍の姿絵は、絵師の想像で描かれたものだったらしい」 「本当は、あの美しい姿が真実なのか」 「なんという悲劇...」

 貴族たちの間で、話題が持ちきりとなった。

 そして、遅まきながら、求婚の和歌が届き始めた。

「今さら...」

 小町は苦笑した。


三、小町の決断

 ある満月の夜、小町は一人、庭に立っていた。

 副将の源頼武が、おずおずと声をかけた。

「将軍...いや、小町様。我々は、長い間誤解しておりました」

「いいえ、頼武殿」

 小町は微笑んだ。

「あなた方は誤解などしていません。ただ、姿絵を信じただけです」

「しかし...」

「考えてみれば...おかしな話ですわね」

 小町は夜空を見上げた。

「もし私が『小野小町』として入内していたら、きっと求婚者が殺到したでしょう。でも、それは本当に私を見てくれていたのでしょうか? それとも、ただ『美しい小野家の娘』という看板を見ていただけなのでしょうか」

 頼武は答えられなかった。

「『八岐大蛇小町』として過ごしたこの数年間で、私は多くのことを学びました。人は見かけで判断する。姓で判断する。噂で判断する。でも...」

 小町は頼武を見た。

「あなた方武士たちは、最初は恐れていたかもしれませんが、今では私を信頼してくださっている。それは、私の『姿絵』ではなく、私の『行動』を見てくださったからです」

「将軍...」

「ですから、私はこのまま『八岐大蛇小町』として、禁中大将軍として生きていきます」


四、花の色は移りにけりな

 小町は、一首の和歌を詠んだ。

 花の色は 移りにけりな いたずらに わが名世に経る ながめせしまに

 しかし、その後に続けて、新たな歌を詠んだ。

 姓変え 絵師の筆にて 鬼となり されど我が身は 花のままなり

(姓を変えて 絵師の筆によって 鬼のように描かれたが) (それでも私の身は 花のままである)

 名を選び 誤解を招き 孤独得ぬ されど学びし 人を見る目を

(名を選んで 誤解を招いて 孤独を得た) (けれども学んだ 人を見る目を)

 姿絵は 虚ろなりけり 真実は 己が生きざま それのみにあり

(姿絵は 虚しいものだった 真実は) (自分の生き様 それだけにある)


五、八岐大蛇小町の選択

 それから十年後――。

 八岐大蛇小町将軍は、宮中で最も敬愛される人物の一人となっていた。

 武芸はできなかったが、その公正さと判断力で、内裏の平和を守り続けた。部下の武士たちは、心から小町を慕った。

 求婚の和歌は、今でも時折届いた。しかし小町は、すべて丁寧に断った。

「私には、守るべき役目がありますから」

 ある日、若い女官が相談に来た。

「小町様。私、入内の際にどちらの姓を名乗るべきか悩んでいます。父方か、母方か...」

 小町は優しく微笑んだ。

「どちらを選んでも、あなたはあなたです。大切なのは、選んだ名で、どう生きるかですわ」

「でも、名前によって人生が変わることもあるのでは?」

「確かに。私も、名の選択で人生が大きく変わりました」

 小町は遠くを見た。

「『小野小町』として入内していたら、きっと違う人生だったでしょう。でも、『八岐大蛇小町』として生きたからこそ、得られたものもありました」

「それは...何でしょうか」

「本当の意味で、人を見る目です」

 小町は庭に咲く花を見た。

「花の美しさは、いつか散ります。姓の威光も、誤解も、すべては移ろうもの。でも、自分がどう生きたか――それだけは、決して移ろいません」

 女官は深く頷いた。

 夜、小町は再び和歌を詠んだ。

 花の色は 移りにけりな いたずらに わが名世に経る 絵師の筆まに

(花の色は 変わってしまった むなしく) (私の名が世に広まる 絵師の筆のままに)

 されど今は 誇りて思う この名こそ 我が選びたる 人生の証

(けれども今は 誇りに思う この名こそ) (私が選んだ 人生の証なのだと)

 月が、静かに庭を照らしていた。

 八岐大蛇小町――選択的別姓制度と、絵師の誤解が生んだ、奇妙で、哀しく、そして美しい人生の物語。

 彼女は独身のまま、禁中大将軍として生涯を全うした。

 しかしその生涯は、決して不幸なものではなかった。

 なぜなら彼女は、最後まで自分の選択を誇りに思い、その選択に相応しく生きたからである。


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