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「落ち着こう。考える事があまりに多すぎる」
眉間を抑えながらヴァルドは苛立たし気に小屋の中を歩き回る。
密室空間でのガレスの死。存在しない五人目。
一体この狭い空間で何が起きている。ガレスは何故殺され、誰が殺したのか。
「素直に考えればやはりレオン。お前がガレスを殺したと考えるのが自然だ」
「だから私はーー」
「確かに、状況だけ見ればそれが一番自然ですよね」
なんていう事だ。この状況で二対一の構図とは絶望的だ。
だが、確かに二人の判断は理解できる。謎の五人目の存在を一旦抜きにしても、二週目以降でガレスのいびきが止んでいる事を考えれば、ガレスが私を起こした後が犯行時間になる。場所、タイミングを考えれば、ガレスを殺す事ができた一番の人間は確かに私だろう。 おまけに返り血まみれの衣類や両手。あまりに全てが私が犯人である事を示していた。
だが、やっていない。やった覚えがない。故に私は犯人ではない。
「だが一方で、お前が犯人であるとも考えにくい」
「え?」
「もし仮にお前がガレスを殺したのなら、正直に罪を自白するだろう。ガレスを殺す理由があるなら、こんな状況ではなくもっと明白な状況で殺すだろう。いや、そもそもお前は仲間に刃を突き立てられるような奴ではない。お前は仲間を信じきっている。殺す理由があったとしても、馬鹿みたいに優し過ぎるお前にそんな事が出来るとは思えない」
「ヴァルド……」
「もちろん緊急の想定外の事態などがあれば別かもしれない。殺したくなくとも殺す必要があった。例えばガレスが私達を闇討ちにかけようとしていたなどな」
「ガレスが私達を?」
「例え話で可能性の話だよ。そう考えればガレスが起きている一時間の意味合いは大きく変わってくる」
「だがそれはないだろう。実際私はガレスに何も危害を加えられずに起こされている」
「そうだな。もしくは実行出来なかっただけかもしれんが」
例え話、可能性の話だと言う割には、ヴァルドにはガレスに対する疑いが確かに感じられた。その空気を察したのだろう。ヴァルドはその理由を口にする。
「ラザルの死は事故だと思うか?」
「なんだと?」
魔物との交戦中、クレバスの底へと消えたラザルの姿を思い返す。相手はウェンディゴ。雪山に慣れ、俊敏かつ力もある手強い相手だった。
「ラザルは私達の中で一番俊敏だ。盗みのスキルの賜物か観察眼も鋭く周囲に目が行き届く。そんな男がむざむざクレバスに落ちるだなんて間抜けな失態を犯すだろうか?」
「……つまりどういう事だ?」
「あたしはラザル程視野は広くない。目の前のウェンディゴの動きに集中していた。だから断言はできない。だが思い返せばいくつか違和感や疑問がある。それは今ガレスが死んだからこそ生じた疑問だ。ガレスは私の魔法に合わせて的確な位置関係で攻撃する。ただラザルが死んだあの時はどこかコンビネーションに歪みを感じた。らしくない、とでもいうのか。違う事に気を払っているようにも見えた」
ヴァルドが何を言おうとしているのか。ここまでくれば明白だった。
「だが間違いない記憶がある。ラザルが落ちる瞬間、彼の一番近くにいたのはガレスだ。ラザルは落ちたのではない。落とされたのだ」
『てめぇくそがああああ!』
脳裏に甦るラザルの最後。あの時の悲鳴。
ウェンディゴに対する断末魔と思っていたあの言葉。あれはまさか、ガレスに対してのものだったのか。
「ガレスには殺される理由があった。そう考えた方がよいのかもしれん」
ヴァルドが再びガレスの死体を検める。
「レオン、これ」
「どうした?」
「お前、知っていたかこれ?」
「なんだこれは……」
ヴァルドは開けたガレスの胸元を指した。
ちょうど左胸あたり、読み取れないのが何らかの印、紋章のようなものが刻まれていた。
既視感。これに似たようなものを見た記憶がある。
「少し違うようだが、ラザルの奴隷印と似ているな。だが風呂で裸を見る場面は幾度かあったが、その時にはこんなものはなかった」
「と言う事は、死んだ事で隠された紋章が浮かびあがったという事か」
「魔王の紋章」
「え?」
私とヴァルドが振り返る。ガレスの死体を直視するが嫌なのか、視線を逸らしたリシアが傍に立っていた。
「それは、魔王の紋章です」
「なんだと!?」
魔王の紋章。耳にしたことはあったが、それが刻み込まれた人間を初めて見た。
魔王の器。すなわち眷属。人間でありながら魔王への忠誠を誓うもの。眷属として魔王に全てを捧げる代わりに、少しばかりだが魔族の力を手にする事ができる。
ガレスの印象が、存在が、根底から覆った。
ガレスの強さの源。それは鍛錬と経験だけではない。
人ならざるものの血を契約と引き換えに手に入れていたが故の力。
「ということはまさか……」
もう一つ戦慄の事実が浮かび上がった。
ガレスの一族は先祖代々勇者を護る者として鍛錬を続けている血筋。魔王が滅びず今尚世界に存在している理由。
勇者は生まれ続けてきた。だが魔王討伐という悲願を達成した者は今まで誰一人存在していない。それこそヴァルドの言うように証拠はない。ただ目の前に転がる全ての事実が物語っているようにしか見えなかった。
ガレス達一族は、人間に背く魔の配下だ。
「動機が見えてきたかもしれんな」
ヴァルドが小さく呟く。
残念ながら認めるしかない。ガレスは裏切者で、やはりラザルは彼に殺された。
そして下手をすれば、ここで私達は全滅していた可能性もあったかもしれないのだと。
ガレスには、殺される理由があったのだ。




