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「あそこで一休みしよう」


 吹き荒ぶ猛吹雪の中、戦士ガレスが指差した山小屋へと私達は駆け込んだ。


「意外としっかりしているな。しばらくの退避場所としては十分そうだ」


 ガレスは屈強な腕で山小屋の床や壁を確かめるように叩いた。彼の言う通り猛吹雪を凌ぐ場所としては問題なさそうだ。


「だが寒いな。雪山の小屋に暖炉もないとは」

「心配はいらない」


 黒魔導士ヴァルドが掌を空にかざす。彼女の手の上にぽっと小さな火種が現れ、瞬く間に火球となり小屋の中に暖かさが広がっていく。


「魔法というのは本当に便利なものだ」

「道具扱いするならお前を燃やして薪の代わりにでもしてやろうか?」

「やめておけ。せっかくの小屋が臭くなっちまうぞ」


 快活に笑うガレスにふんと不機嫌そうにヴァルドが鼻を鳴らす。彼女の冗談の通じないはっきりとした物言いは一見すると高圧的で軋轢を生みそうだが、私達の中ではすっかりお馴染みのやり取りでむしろ微笑ましいぐらいだった。


「その時は私が治してあげますから心配いりませんよガレスさん」


 白魔導士リシアはヴァルドの険しい表情とは正反対の柔和な笑顔を浮かべた。


「じゃあいくら燃やしても平気だなガレス」

「それこそ地獄だな。いっその事さっと消し炭にしてくれた方がましだ。」


 ずいぶん物騒なやり取りだが、ガレスはまたも豪快な笑い声をあげた。


「でも、ラザルさんは残念でしたね……」


 しかしリシアの笑顔が急に悲哀に満ちた表情に変わった。


「あぁ、そうだな……」


 これにはさすがのガレスも辛そうな表情を浮かべる。


「死は平等に訪れる。悲しんでも仕方がない」

「そんな冷たい言い方はないだろう。仲間だぞ」


 さすがにヴァルドの言葉を看過できず思わず私は口を挟んだ。しかし更に言葉を続けようとした所で、すっとガレスが遮るように手をこちらに向けた。


「いい加減に慣れろレオン。口ではああだが本心では悲しんでいるのさ」

「……そうだな。すまなかったヴァルド」

「かまわないよ」


 ガレスが俺の肩をぽんと叩いた。

 

 ーー未熟すぎるな。


 思わず溜息が漏れた。幼い頃から馬鹿みたいに真っすぐで正直で善人だと評された私の性格は今更なかなか柔軟に変えられないものだった。


『てめぇくそがああああ!』


 ラザルはこの雪山で残念ながら離脱してしまった仲間の一人だ。

 険しいルートではあるが、迂回するとかなりの時間を要してしまう事からガレスの提案で選んだ道程だった。

 襲いかかってきた魔物と対峙している最中、ラザルはクレバスへと転落した。残りのメンバーで魔物は退けられたが、ラザルの落ちたクレバスは地獄に直結しているのではないかと思う程深く救うことは出来なかった。

 辛く悲しかったが、私達はラザルを諦め先に進むことを決めた。


 ーー生きる為には盗むしかなかったんだよ。


 ラザルの左胸に刻まれた黒い痣を思い出す。古傷のように見えた焼き印は、幼少期に誘拐された先でつけられた奴隷の印だと彼は語った。

 彼を誘拐した輩は魔物によって皆殺しにされた。逃げ出した彼はそれから生きる為に食べ物や金品を盗んだ。その腕をかわれ盗賊団に在籍していたという過去を持つ男だった。


 劣悪な環境故か皮肉ばかり口にする小男だったが、彼の俊敏さには助けられる場面も多かった。


「雪が止むことはないだろう。先に進むには十分な体力が必要だ。ともかくここで一度しっかりと休息をとろう」


 ガレスが言いながら部屋の中心に浮かんだヴァルドの火球の前に腰を下ろした。彼の言葉に倣い俺も横に座る。

 頼りになる男だ。勇者として魔王討伐の任を授かったとはいえ、経験値でいえばガレスの方が遥かに上だ。よっぽど彼の方が勇者に相応しいのではないかと思い一度正直にその事を口にすると思いっきり殴られた。


『またそんな弱気な言葉を口にした時は、魔王に殺される前に俺がお前を殺してやる』


 ガレスの一族は先祖代替勇者を護る者として鍛錬を続けている血筋だという。それを知りながら浅はかな発言をしてしまった事を恥じ、以後そのような言葉は口にせず毅然と魔王に立ち向かうよう気持ちを改めた。


「だが油断は出来ないな。魔物がいつ襲ってくるやもしれんぞ」

「それなら大丈夫です」


 リシアが手にした銀の杖を自慢気にこちらにかざした。


「なるほど、シールド魔法か」

「数時間程度なら継続してシールドを張っておきますので安心してお眠りください」

「ありがとうリシア。助かるよ」

「いえいえ。この程度の事しかできませんから」


 謙虚な姿勢は相変わらずだが、彼女の白魔法にはいつも支えられている。

 魔物を倒す攻撃魔法がない代わりに回復、防御、支援といった彼女のサポート魔法に助けられた場面は一度や二度ではきかない。

 そんな彼女と対を成すヴァルドの黒魔法は攻撃型だ。浮かぶ火球は本来敵を焼き尽くす魔法として使用される。物理攻撃であまり効果のない相手や、属性の弱点をつく際に彼女の力は絶大なものがあった。性格も魔法も真逆の二人だが、どちらも欠けてはならない存在だ。


 ーー助けられてばかりだな。


 口にすればまたガレスに殴られるだろう。だが本心だった。

 勇者だなんて名ばかりだ。もちろん来る勇者の日に備えて鍛錬を欠かした事はないが、所詮魔王を倒す聖剣をたまたま抜く事が出来ただけの凡才だと自分では思っている。

 

 私一人では何も出来ない。仲間がいるからこそ魔王に立ち向かえる。

 だからこそラザルの死は耐えがたいほどに辛かった。彼の死を仕方がないの一言で済ませたヴァルドの言葉が許せなかった。


 ーーもう誰も死んでほしくない。

 

 誰かが死ぬなら私を殺せ。

 そんな事を口にすればガレスにきっと殺されるに違いない。思わず自嘲で口元が緩みそうになり慌てて表情を正した。

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