海 荒れる
四、
「やっぱり、嵐だったんじゃねエ」
となりのおかみさんが家の前においた桶を中へかたづけながら空をみあげた。
びょおおおおおおおううう
ガタガタと家の戸をゆらしながら風がぬけた。
たしかに、いつのまにか、空は嵐前のいつもの色になっていた。
暗くひろがる黒い雲。
でも、きのうときょうの朝、空の色は、こんな色ではなかった。 雲は出ていて、その灰色の雲に藻でもついたかのようなおかしな色だったが、これほど空は暗くはなかった。
だから、『気味が悪い』と言い合っていた男たちも漁に出たのだ。
帰ってきて、食った貝にあたった者たちは、『おかしなことが起こりそうな空だった』と、まるで毒にあたったのは、《空の色のせい》だったようなことを言ったが、そうなのだろうか?
それでもいまは、いつもの嵐前の色と雲、そして強い風だ。
「海が荒れてきたんで、帰らんかもねエ」
おかみさんが白波がたつ海をながめ、背負ったこどもにきかせるように息をつく。
このあたりの沖合には、人もすまない小島がいくつかあり、海が荒れたときはそこで嵐をやりすごしてから帰ってくることになっていた。
おんなたちはもう男たちはもどってこないだろうと、浜や家のまわりを片付け、雨が降る前に家の戸をしめきった。
風がうなり、雨が薄い屋根と壁をたたき、家をゆらした。
だが、すこしたつとその風も雨もぴたりとやんで、あっというまに陽がさしてきた。




