はなしおさめる
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九、
ヒコイチは、半開きのくちからこえもだせずに語りをとめた『先生』をみつめるだけだった。
・・・まてよ、まて、・・・タキちゃんは、だれに首を?包丁をもった白い手が海の中からのびているなら、そりゃ人魚か?いや、どうして・・・
そこで、はっとして『先生』をみてしまう。
「 ニンギョの肉を食ったら、まさか人魚の仲間に?いや、そうじゃねえのか。そのタキちゃんが人魚の肉を食わせたってのが気にいらねえとか、いや・・・・」
くちにしてしまってから、あわててそのくちを、手でふさぐ。
むかいにすわる女は、まだ部屋のすみにともした蝋燭をふきけしていない。
『百物語』は、まだ終わっていないのだ。
ヒコイチが『先生』とよぶ女はうすくわらい、「さあ・・・」とひざにおいた手をみつめてつづけた。
「 ―― ・・・ニンギョがどういう料簡で《あたし》をたすけたのかは、わかりませんねえ。だいいち、たすけたことになるのかどうか・・・。島には二人しかおらず、血まみれの包丁が落ちていて、一人は頭がなくてひとりは無傷なんでございますよ。どうみたって、生き残った方が殺したと思われますでしょう?ただ、それがおこった、時と場所のせいでございましょうねエ、お役人に届けはだされ、一度はお縄もかけられたようでございますが、『人魚の祟りだ』っていうはなしのほうが大きくなりましてね。それに、タキちゃんは船にのるまえに、その包丁で、先にお姑を家で殺してから来たようで・・・。 まあ、そういうこともふくめて、タキちゃんが『人魚の祟り』でおかしくなっていたようで、捕らえられた《あたし》がはなしたのは本当のことで、あれは、『人魚の祟りで首をとられてなくなった』、なんてはなしのほうが通ってしまいましてねエ・・・。 《あたし》はご赦免されましたが、もうとてもその浜にいるわけにはまいりませんし、気遣ってくれる夫とともに、沖合の人のすまない小島のほうへうつって暮らしたということでございます。そうして何年もあと、その夫をみとってから島をでていったそうでございます。 ―― これが、わたくしが、旅のとちゅうお世話になりました比丘尼からきいたおはなしでございます。 これもまた、《百物語》として、ここでおさめさせていただきとうございます」
畳に手をついた『先生』が、むかいにすわるダイキチとヒコイチへ頭をさげた。
ヒコイチの横にすわってきいていたダイキチもおなじように手をつき、頭をさげかえした。
「 おはなしをひとつ、いただきました 」
ゆっくりとたちあがると、部屋のすみにおかれた、黒く太い鉄棒の燭台にともされた火をふきけした。




