あやしい男
五、
ニンギョのはなしは、ふしぎなことにだれもくちにしなかった。
親方がよっぽど祟りがあるとみんなに信じこませたのだろう。おしゃべりな女たちも、ニンギョのニの字だけでもくちにすると祟られるから、と、こわがってはなそうともしなかった。
あの日とってきた魚は、ぜんぶ海に捨ててきたと夫は言っていた。
親方は村長に、心中した親子の骸をひろい、とった魚は嵐でぜんぶ波にさらわれたとつたえ、ニンギョのことはいわなかったらしい。
男たちはあれから船に、きよめの塩を盛っている。
貝もあれからとるばしょをかえ、毒にあたったものはいない。
また、まえと同じような日にもどりはじめたとき、 その、あやしい男がやってきた、
「 この浜をしきっとる旦那さんは、どちらさんで? 」
元は白かったのだろうきたない着物の旅装束で、小ぶりな箱をかつぎ、杖をもっている。きたない着物はよくみると、なにやら文字のようなものがかかれ、それが薄くなっているのでよけいにきたならしく、箱と杖にもおなじものがかかれていた。
声をかけられた女たちはそれをじろじろとながめ、笠をかぶったまま声をかけてきた男をにらみながら、「まだ海じゃ」とこたえた。
ああそうか、とうなずいた男がつづけて「 ―― このあたりで、妙な魚をみたり、とれたりしとりませんかねエ。 ―― 人と魚がくっついた人魚なんてもんが」と、言ったとたん、女たちは仕事をほうりだして家に逃げ帰った。
あたしをのこして。




