とれたはニンギョ
そんなことも思い出しながら、家のはいりくちに塩をもっていると、夫がかえってきた。
『死人』を拾って帰ってきたときには、家の門口に塩を盛り、漁師に塩をかけて清めてから家にいれる。
ところが、「塩は、いらねえ」夫はそういって、さっさとはいってしまった。
「 ・・・ずいぶん、かかったねエ」
いつもより念入りに埋めたのだろうか。
すると夫はこまったように、「おめえはぼうっとしてるのに、こういうときだけ気づきやがんだ」とわらい、「 ―― 手だけ、塩であらっておくか」と、盛り塩をつかんだ。
「 ―― きょう、網にかかったのはな、死人じゃねえ」
死人じゃなければ、なにがかかって、網にいれたままなぜひいてもどった?
両手で塩をこすって瓶の水で手をながす夫は、まだまだたりないように手に水をかけつづけた。
「まアだ、ぬるぬるしやがって、気色わりい」
「 ・・・さわったン?」
「 ・・・たまにとれる魚でも、ぬるぬるしたもんをだすのがおるが、ありゃ・・・そういうのとおなじかもしれん。きっと、海の底の底のほうにすんどるんじゃろ。 ―― 色も白かったし・・・」
いってから、また塩を両手でにぎると、塩ではない《なにか》をこすりおとすように念入りにすりあわせてまた水でながし、柄杓を捨てるように瓶にもどすと、きゅうに動きをとめた。
「 ・・・おめえ、だまってられるか・・・ 」
「 え? 」
「 いいか、ほかの誰にも言うなよ。 ―― きょう、とれたンは、《ニンギョ》じゃ」
「 ・・・ニンギョ?」
「 わしも、むかーしじいさまにきいとっちゃが、・・・はじめてみたわ。 あげにきみのわるウもんとは・・・」
からだをぶるりとふるわせた夫が、そこからはなしはじめたのは、今日のうまくいきすぎる漁のことだった。




