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第6話 天秤

 空はどこまでもついてくる。たぶん、昨日のことを覚えてるんだろうな。

「だいじょうぶよ。ママ、居なくなったりしないから」

 何度そう言い聞かせても空はハイハイでついてくる。で、アタシが立ち止まると抱っこしてっていう風に足にからみつく。そのうちにアタシの足につかまって立ち上がろうとする。

「ちょっ、危ないよ!」

 つかまり立ち? そっか。今日で空が来て8日目。例の66.6倍で計算すると、もう1歳を超えてるんだよね……。

 抱っこしてあげると空はうれしそうに「あ~」って声を出す。とってもかわいいんだけど……重い!

(ホント毎日重くなってるんじゃない?)

 この調子だとあっという間に大人になっちゃうんじゃないかなぁ…。ちょっと空が成長したところを想像してみた。うん。絶対にイケメンだ。間違いないっ!

(けど……まさかヒゲなんか生えたりしないよね? こんなにお顔ツルツルなのに、いつかはケン兄ちゃんみたいなヒゲが……)

「そんなのヤダ~!」

自分でもバカみたいとは思うけど、やっぱ空にはツルッツルの美少年になって欲しい!


   *  *  *


 今日は空とたっぷり遊んであげることにしたから午前中に公園にお出かけ。

(ケン兄ちゃんが言ってた公園ってここだよね)

 大きな木がある公園。日陰があるから日差しもなんとかなりそう。たぶん、みんな同じ考えなんだ。意外と親子連れが多い。

「ね、空と同じぐらいの子もいるよ」

 空はベビーカーから身を乗り出して早く降りたいみたい。

 空を砂場に降ろしてあげると、さっそくお座りして「あ~」と、ごきげん。この前買ったおもちゃを出してあげるとさらに空のテンションがアップ。ケン兄ちゃんの言ってた通りだ。空は夢中で砂をほじくってる。

(砂場遊びのどこが楽しいんだろ。子供って不思議だなぁ)

しばらく空を遊ばせてると、誰かの「あ!」と、いう声が聞こえた。

(なんだろ?)と、思って他のお母さんたちのおしゃべりに耳をすます。

「やだ。またあの人よ」

「頭おかしいんじゃない?」

「警察って超使えなくない?」

 なんの話してんだろ? と思ってアタシも周りを確認。

(ウソ?!)

 目を疑った。大きな犬を連れたおじいさんが堂々と公園の中を散歩してる。

(あの犬、超でかくない?)

 なんて種類の犬なんだろ。顔はブルドッグみたい。けど大きさが全然ちがう。

(てか、こんな小さな子が集まる場所にその犬はないでしょ!)

 お母さんたちも無神経なおじいさんを非難する。

「あのジジイ注意すると逆ギレするんだよね」

「前なんかユキノちゃんとこのおじいちゃんに殴りかかってきたんだって!」

「マジで? ボコられれば良かったのに」

「てか、死んで欲しい」

 そんなお母さんたちの会話を聞いてるとアタシもだんだんムカついてきた。

(子供が犬に襲われたら大変じゃない! 信じらんない)

「あ。雫ちゃんのお母さんとミクちゃんのお母さんが行った」

「また逆ギレすんじゃない?」

「あらら。ジジイ早速、大声出してるし」

「けど、珍しくない? 今日は引き下がるみたいよ?」

 お母さん2人組に注意されたおじいさんは、犬を連れて公園出口に向かった。途中で何回も振り返って何か怒鳴ってるけど。 

(ふう。良かった。でも色んな人が公園にくるんだなぁ)

 ところが……。

(え?)

 信じられないことが起きようとしてる。さっきのおじいさん。いったんは公園から出ようとしてた。けど、急に立ち止まると屈みこんで犬の首輪をいじってる、ように見えた。みんなは異変に気付いてない。

「う、うそでしょ!」

 思わずアタシが口走ったので近くにいたお母さんたちが「なになに?」「どうしたの?」と、反応した。

 アタシは公園出口を指差した。それを見てみんなが唖然とする。

「は? あのジジイ何を?」

「ちよっとアレ! まさか?」

 おじいさんはリードを外すと犬を解放してしまった!

(危ない! 空を逃がさなきゃ!)

 アタシは慌てて砂場の空を抱き上げる。犬の動きに注意しながら息を飲む。するとおじいさんはこっちの方を指差して犬をけしかけた。

「きゃっ!」

「うそっ!」

 砂場近辺に居たお母さんたちがパニックになる。

(ど、ど、どこに逃げたらいいの?)

 大型犬がこっちに走ってくる! 

「危ないっ!」

 誰かの子供が逃げ遅れた! その子供に向かってドタドタと走ってくる犬。ハァハァって犬の吐く息が近付いてきた。

(やっぱ大きい! あんなのに襲われたらあの子……)

 思わず目を閉じた。その瞬間。

 パンッ! という甲高い破裂音。と同時に『ギャウンッ!』という悲鳴?

 恐る恐る目を開ける。

「ぎゃー」と、泣くのは襲われかけた男の子。その子の母親が子供を抱きしめる。

 で、そのすぐそばでは…。

 犬が仰向けになってヒクヒクとケイレンしてる…。

(血? 犬の血?)

 犬は血まみれになりながら苦しそうな声を出した。死んではいないみたいだけど血の量がハンパない。

 シーンとした中で男の子の泣き声。いったい何が起こったのか誰もわからない。

「鉄砲?」と、誰かが呟いた。

 そう言われてみればそうかも……でもお腹のところが切れてるように見えるけど……。

「うああっ!」って誰かが叫ぶ。見ると飼い主のおじいさんがいつの間にか駆け寄ってきてたらしい。

「誰じゃあ! 誰がやったんじゃあ!」 

 犬を抱き上げておじいさんがわめく。

「誰か救急車! 救急車よんでくれ!」

 おじいさんの訴えにお母さんたちの冷たい視線。

「ばっかじゃないの? 犬に救急車って……」

「ざまあ」

「行こ、行こ。巻き込まれたくないし」

 確かにこんな公園で犬を放すなんてひどいと思う。

(でも、ちょっとかわいそう……)

 おじいさんは血まみれの犬を抱きかかえて泣き叫んでる。だんだん人が集まってきて、その様子を遠巻きに見物しはじめた。ここにいちゃいけないような気がして、アタシは空をベビーカーに乗せた。

(あれ? この子寝てるし……今の騒ぎとか平気なの?)

 不思議に思いながら砂場のおもちゃを回収する。そしてはっとした。

(まさか……これも?)

 嫌な予感。妙な胸騒ぎ。まさか……空が……やったの?

(ヤバ……)

 震えが止まらない。

(訳わかんないけど、とにかく逃げなきゃ!)

 やじうまを避けて公園出口に向かう。すると、慌てていたせいで、すごく背の高い男の人にぶつかりそうになった。

「ご、ごめんなさい」

 アタシが謝りながら見上げると、その男の人はふっと顔をこちらに向けて、ニヤリと笑った。

(キモッ……)

 その笑い方にアタシはぞっとした。こういう雰囲気でそんな風に笑うのが変っていうのもある。けど……なんていうか、危ない感じ。格好も変。この季節、こんな時間に真っ赤なシャツに黒いチョッキは無いでしょ。夜のお仕事なのかな?

(それにこの人、なんかイタチに似てる……)

 頭が妙に小さいからなのかな? 動物の『イタチ』を連想しちゃった。

(怖っ……)

 なんだか余計に逃げ出したくなって、アタシは慌ててベビーカーを押す。で、コソコソとその人の脇を通り過ぎようとした時だった。すれ違いざまに声がした。

『まだだな』

 そんな風に聞こえた。

「え?」と、思って振り返る。

(誰に……言ったの?)

 イタチみたいな男の人はニヤニヤしながらアタシたちの方を見てる。

(今のはホントにこの人が言ったの? だとしたら、どういう意味?)

 頭が混乱してきた。

(もうヤダ!) 

 とにかくアタシはダッシュで逃げた。後ろは振り返らずに…。


   *  *  *


 

 部屋に戻ってから公園での出来事をケン兄ちゃんに報告した。

 ケン兄ちゃんはフンフンと頷きながらアタシの話を聞くと眉間にしわを寄せて名探偵みたいに呟いた。

「やっぱりな。思った通りだ」

「どういうこと?」

「恐らく、空にはサイコキネシスの能力があるんだろうな」

「何それ?」

「簡単に言えば超能力。普通なら信じられんが、悪魔の子なら十分あり得る」

「……超能力?」

「ああ。もしかして犬が襲ってきた時、空は大声で泣かなかったか?」

「それは気がつかなかったけど……襲われそうになったのは他の子だし」

「そうか。とっさの出来事だったから判らなかったんだろうな。けど、その後で急に寝ただろ?」

「……うん。気がついたら寝てた」

 ケン兄ちゃんはアゴをさすりながら何か考えてる。そしてじっとアタシの顔を覗き込む。

「前にも同じこと無かったか?」

 ケン兄ちゃんのゲーム機が破壊された時と同じだ。それに今朝の割れたガラスも…。

「オレのときも同じことがあったよ」

「そうなの?」

「ああ。ベビーカー押してたら車が飛び出してきてさ」

「危ないじゃない! 何やってんのよ!」

「いや。それは大丈夫だったんだけどさ。「こんな所でスピード出しやがって」ってムカついたんだ」

「ふぅん。それで?」

「したらさ。空が「あーっ!」って叫んだんだ」

「ホントに?」

「本当だって。空も頭にきたんじゃないかな。でさ。パンッ! て何か破裂音がしたわけよ」

「破裂音って……さっきのと同じかも」

「だろ? で、その車の後輪が片方、外れたんだよ!」

「マジで? それって……」

「一瞬だったよ。まあ、大事故にはならなかったけど」

 空が怒ると何かが壊れる……それは空の能力?

(そんなの信じたくない。けど……)

 怖くなってケン兄ちゃんに確認する。

「ね。それってやっぱり空のしわざなのかな?」

「だろうな。どうやら空にはそういう能力があるらしい」

 ため息しか出ない。

(たしかに空は悪魔の子だけど……そんな力があるなんて)

 突然、誰かがアタシたちの会話に割り込んだ。

『今頃気付いたのか? お前たちは』

 ハッとして声のした方向を見る。

(やっぱり……)

 予想通り。リビングのソファで悪魔の依頼主がふんぞり返ってる。 

 やれやれと思って一応、文句を言う。

「聞いてないんですけど! てか、危なすぎ! 空になんてことさせんのよ!」

 悪魔の依頼主はきれいなラインの眉を寄せて涼しい顔。

『別に私がやらせた訳ではない。あの子はお前達の気持ちを代弁したに過ぎない』

「アタシたちの気持ち?」

『そうだ。あの子は感受性が強いんだ』

(カンジュセイ?)

 聞きなれない単語にアタシが戸惑ってると悪魔の依頼主は呆れたように言う。

『辞書を引け。辞書を』

「はいはい」

『ハイは1回で良い。バカモノが』

(なんでそこまで言われなきゃなんないの? てか、細かいって! それでもホントに悪魔なの?)

『何ならもう一回頭にリンゴを落としてやろうか?』

「いえ。結構です……」

 そんなやりとりを黙って見守ってたケン兄ちゃんが恐る恐る口を開いた。

「あの……つまり、それって空の感情が高ぶると『パンッ』って感じで爆発が起こると?」

『そうだ。可愛いもんだがな』」

「可愛いって! ちょっ、何言っちゃってんの?」

「待ちなよ美央ちゃん」

「だって……」

「いいかい。よく考えてみなよ。それってオレ達にも責任があるってことなんだよ」

「責任?」

 アタシはケン兄ちゃんの顔を睨む。

(何が言いたいわけ?)

「多分、空はオレ達の感情を読み取ってそれに反応してるんだよ」

『ほう。察しが良いな。ニートにしては』

 依頼人の言葉にケン兄ちゃんがうなだれる。

「ニートは余計です……」

「ま、まあ、分かったから。うん。そうよね。空はアタシたちの心に反応してるんだよね?」

 アタシのフォローにケン兄ちゃんが頷く。

「うん。だから気をつけなくちゃな」

 だいたいの意味は分かる。育児の本にも書いてあった。赤ちゃんは大人の顔色とか良く見ていて、その感情とかを読み取ってるって。

 悪魔の依頼主はソファから立ち上がるとクールに言った。

『お前たち次第だ。あの子がお前たち人間の味方になるか、それとも……』

 やっぱりその顔つきは悪魔そのもの! まるで氷の微笑。 

「だ、大丈夫だもん。空はアタシたちが絶対にいい子に育てるんだから!」

『クク。だといいがな。子供は繊細な『天秤』と同じだぞ。どちらにでも転ぶ』

 悪魔の依頼主はそう言い残してマントをひるがえした。

(真夏にマント……悪魔でなきゃただの危ない人だよ)

 そこでドロンと消えると思いきや、依頼主はダイニングのアタシたちの脇をスルーして、今回もスゥーっと音も無く廊下を進んで、やっぱり玄関から出て行った。

その様子を見ていたケン兄ちゃんが首を捻る。

「なんで玄関なんだ? 普通に消えればいいのに」

 良く分からないけど、アタシは適当に答える。

「一応、礼儀なんじゃないの?」

 けど、悪魔の依頼主が居なくなってからジワジワと嫌な汗が出てきた。簡単に言ってくれちゃったけど、アタシたちの育て方次第で空が…。

(人間の味方。それとも……敵?)

 そんな恐ろしいこと! 空が『悪い悪魔』になっちゃうなんて! そんなの嫌だ!

「ちょっとぐらいヒゲが生えてもいいから普通の男の子になって欲しいよ。ケン兄ちゃんみたいにナマケ者だと困るけど」

「あのなあ」と、ケン兄ちゃんが頭をボリボリかく。そして真面目な顔で呟いた。

「つまり悪魔にも天使にもなるってこと……か」

 そう言われてズシンと責任感が…。

「そうだね。気をつけないといけないね」

「オレ達のせいで人類滅亡とかなったらシャレにならんからな」

「ちょっと! 怖いこと言わないでよ」

「いや。今は赤ちゃんだからあれぐらいだけどさ。大きくなったらもっと凄えことになっしまうかもしんね」

ケン兄ちゃんの言うことは大げさだと思う。けど、改めて思う。空を育てるっていうのは、本当に責任重大なんだ。

(だいじょうぶか? アタシ)


   *  *  *


 

 空にお昼ご飯を食べさせながら考えた。

(やっぱ信じらんない。こんなにかわいい赤ちゃんが人類の敵になっちゃうとか……)

 食欲旺盛な空は、ぱっくん、ぱっくんご飯を食べる。アタシがスプーンの手を休めると「あ~」って怒る。そのうち自分の手でナポリタンをひったくって口元にもっていこうとするからお口のまわりがベチョベチョ…。

「よく食べるね。空は」

「う~」

 空はきれいになったお皿を手で叩いてアピールする。

(もっと食べたいのかな? けど大人と同じぐらい食べてない?)

 これで2回目のおかわり。身体が急に大きくなってるから足りないのかなぁ。

「はいはい。ちょっと待っててね」

 キッチンでおかわりを用意する。結局、フライパンの中味は全部出しちゃった。

(あれ? またハエだ)

 いつの間にかハエが入ってきたみたい。

「どうもこのマンション、ハエが多いんだよね」

 何か叩くものがないか探したけど適当なのがない。

 アタシが手でハエを追い払っていると、空が騒ぎ出す。

「んまんま、あぅ~」

「もうちょっと待ってね」

(ハエ……どこに行ったんだろ。やっぱ衛生的じゃないよね)

 そんな感じでハエを追ってると、「マ~マ」って声がした。驚いて振り返る。

「空? 今……『ママ』って言った?」

 空は目をまん丸にしてアタシの顔を見てる。そしてもう一度、「マ~マ」と言った。

「アタシのこと……だよね?」

 昨日の夜に大泣きしてた時には「んまんま」って繰り返してたけど……今のはアタシのこと呼んでくれたんだよね?

 はじめて空が『ママ』って言ってくれた!

 ウルウルってきた。

「空~」

 アタシは思わず空に抱きついた。で、空のほっぺにいっぱいチュウをした。

(かわいい! かわいい! 超かわいいっ!)

 テンション上がりまくりっ! 超うれしい!

 気がつくと空が驚いた顔でアタシの顔を見てる。でも嫌そうな顔じゃない。

 なんだか涙出てきちゃったよ…。

 アタシは空をそっと抱きしめた。

(この子は絶対にいい子! 絶対に悪い悪魔になんかさせないから!)



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