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警戒レベル4

「なんだ、いまの」


 くらっときて体を壁に預けた。幻覚でも見たのか? 部屋を見渡すがおかしなことは、ある。あの人形が座ってこちらを見ている。そんな馬鹿な。さっきは絶対に転がっていたよな? 自問自答する。変な汗がじわっと額に伝う。


「や、やばい、何だこの家。もう出よう、無理だ!」


 叫ぶような声が出る。誰が聞いてるわけでもないのに。本当に、聞いてないよな? 目を離せば急に動くんじゃないかとか、喋り出すんじゃないかとか考えて視界の端に追い払えない。視線を合わせたまま後ずさり、障子に手を掛けた。


 また、目の前が明るくなる。

 小さな女の子が真っ赤な顔を涙で濡らしている。子どもの近くで女性が鼻血を垂らしてお腹を庇うように蹲っている。さっき見た小柄なワンピースの女性にそっくりだった。


 とても似ている気はするが、恨みがましい悲痛の面持ちが先刻の幸せそうな彼女とは全く違っても見える。眉をきっと吊り上げ、目の間に皺を寄せ、つばが飛ぶほど叫んでいるようだった。


 女性の視界の先に眼鏡の男性がいて、冷笑を浮かべて仁王立ちしている。

 この男は先程優しい笑顔で赤ん坊を撫でていた男か? 太い二の腕に若くて綺麗な別の女性が華奢な腕を絡めている。男性は鼻息も荒くもう片方の腕は拳を握っている。蹲る女性が何か言うと男性は激高したように何か怒鳴り足を振り上げた。


「っおい! やめろっ」


 止めないと、咄嗟に叫んで飛び出すが間に合わない。声も出なかった。


 蹴り飛ばされた女が体をくの字に曲げ、壁まで吹き飛ぶ。小さな女の子はわっと女性に駆け寄るが、女性は痛みで動けないようだ。丸めた背中が震えている。背中の下がじわじわと赤く染まっていくのを見ているしか出来なかった。


 うっと胃の奥から何かがこみ上げて来て、目の前が暗くなる。立っていられなくて床に倒れこむ。異臭に顔を突っ込んでしまい、我慢できなかった。


「おえぇぇぇっ、う……っおええ゛」


 やがて胃の痙攣が落ち着くと、四つん這いのままぜえぜえと肩で息をした。いや、三つん這いじゃないかと気が付く。片手しか床についていない。えっと自分の腕を見れば、あの人形を大事そうに抱きかかえているではないか。体中にぶわっと鳥肌が立つ。


「あっ、なん、なんでっ」


 放り投げようとした。


 するとまた部屋が明るくなり、至近距離にゆまと名乗った少女の双眸。数秒間少女と顔を突き合わせたが、次第にその虚ろな目が自分を見ていないことに気が付いた。


 体を起こし視線の先を見る。ローテーブルにアルコールの缶がいくつも置かれている。床にも空き缶が転がっていた。数名の男女が楽しそうにテーブルを囲み酒を煽る。気分良く虚ろな目をした男女は思い思いにゆったりとしている。


 妖艶に体をしならせ男にもたれかかる女性は、あの女性か? 幸せそうに赤ん坊を抱いていた、男に殴られ怒りを顕にした、あの女だ。赤ん坊を抱いていた頃の面影はわずかに残るだけだった。


 隣の男は眼鏡の男に雰囲気こそ似ているが、一目で別人だと分かった。あの女性の頭を撫で、もう片方で他の女と口づけを交わしていた。全員顔を赤らめ既に出来上がっているようだった。こんなもの子どもに見せて良いもんじゃない。子ども……なんでこの子だけ離れた所に? もう一度少女に目を向ける。


「……そんな」


 衝撃的な光景だった。少女は片腕を犬の首輪のような形状をしたベルトによって拘束されている。あの人形をもう片方の手で抱き、部屋の隅に膝を立てて座っていた。


 風呂に入っていないのか肌は全体的に煤が付いたようにやや浅黒い。長い髪はぱさぱさと乾燥しているのが触らなくても分かる。明かりの下で見る少女は薄汚く見えた。雨に濡れていた記憶しかなく分かりづらいが、洋服は出会った時に着ていたのと同じ物のようだ。しかしこんなにボロボロの布を纏っていたとは気が付かなかった。


 腕の拘束具にチェーンがついていてその先は部屋の奥にあるドアへとくくりつけてある。トイレか? 慌てて少女の側にしゃがみ、ベルトを外そうと手を伸ばす。


「いたっ」


 見えない物に拒まれているかのようにばちっと弾かれた。夢でも見ているのか? 何故こんなものをオレに?


「ゆまちゃん、大丈夫? ゆまちゃん?」


 名を呼びかけてみるも無反応。まるでオレが見えていないかのようだ。見えていたとしたらまず酒盛りの男女が騒ぐだろう。やはりここは夢かそれに似たどこかなのか?


 楽しげに笑う男女を思わず睨み付けていた。この子はこんな目に合っているのにこいつらはなんで。

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