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シャングリラ幻聴

作者: 椿まほろ

2022年に書いた短編です。

こちらは『幻想文学集 怪胎』に収録。

——青白い月明かりの静かな晩、微かな鈴の音が聴こえたならば、その村は末長く繁栄するであろう。

という言い伝えが、その村にはあった。


 巨人たちがのんびり暮らすその村は、富んではいないが飢えてもいない。贅沢はできないが、生きていくことはできる。そんな村だ。

 鈴の音の言い伝えは、ずっと昔の祖先の頃からあったものらしいが、巨人たちは子供の頃のお伽話くらいに思っていて、カケラも信じてはいなかった。


 ところが、どこまでも染み渡るような青白い月明かりが差し込む晩、巨人たちはそれぞれが眠るベッドの中で微かな鈴の音を聴いたのだ。シャラシャラと小さく小気味の良い音が、家の外——村中のいたるところからやさしく響いて連なる。巨人たちは窓の外を覗いて何もないことを確認すると、首を傾げて再び夢の中へ戻っていった。


 翌朝、村のあちこちで巨人たちが昨夜の鈴の音について噂をしていると、村長の家に小さな人々が列を成して入っていく。巨人たちはそれを見て、ヒソヒソ話を始めた。

 小さな列が動く度、昨夜聴こえてきた鈴の音が鳴るからだ。


 彼らは旅の部族で、これまでいたところからはるばる移動して、昨夜巨人の村へ辿り着いたという。


「あなた方の村はとても美しいですね。真っ白な壁の規則正しい形のお家。月明かりが反射してぼんやりと輝いている様は、陶器のようです」


 部族の代表が声を張り上げて伝えると、巨人の長は身を縮めるようにして微笑みかける。


「それはどうもありがとう。ここは巨人の村。次の旅立ちまでどうぞゆっくりしていってください」


 小さな鈴の部族は、巨人の長の一声でその村の客人として手厚くもてなされた。


 その夜は豪華な食事や酒が振る舞われ、歌や踊りもある賑やかな宴会が催された。巨人の使う食器や食べ物は小さな部族の者たちにとってはとても大きく量も多く、すぐに満腹になる。また、巨人が踊り飛び跳ねるごとに、小さな部族の人々の体はポンポンと跳ね上がった。すると皆は笑い転げ、楽しい夜が過ぎていった。


 巨人の長が小さな部族に話を聞くと、彼らは行く先々の滞在場所で鈴を作り、売り歩いているらしい。その鈴は白い陶器でできており、表面に藍色の美しい植物の絵が入っていた。


 巨人たちには作ることのできない小さく繊細なもので、巨人の長は親指と人差し指の先で鈴にくくりつけられた紐を摘んでチリチリと鳴らし感嘆の声を漏らす。


 鈴を眺める横顔を見て、小さな部族の長は誇らしげに言った。


「それを一つ作るには、広い工房と大きな窯と一ヶ月ほどの時間が必要なのです。私たちは腰を落ち着けられる場所を見つけると一年ほど滞在して鈴を作り、次の土地へ移動します。作った鈴のいくつかは、滞在のお礼としてその土地へ残していきます」


「では、しばらくここへ住んではどうでしょう? 広い工房と大きな窯を用意します」


 巨人の長の一声で、小さな部族のために巨人の家三つ分の場所が用意された。巨人の家は大きく、小さな部族の全員が住み、鈴を作るのに十分な広さがあった。庭には大きな窯が造られ、その一角だけ、まるで小さな部族の村のようになった。


 はじめは警戒していた小さな部族たちだが、次第に巨人たちとも打ち解け、皆は仲良く巨人の村へ間借りするようになった。小さな部族は美しい鈴をたくさん作り、巨人はそれを遠くまで売りにいく。やがて巨人は鈴の作り方を教わり、自分達に合わせたサイズの大きな鈴を作るようになった。おかげで巨人の村と小さな部族の鈴は遠くまで広まり、巨人の村は経済的に潤った。


 もともと温厚な巨人たちと小さな部族の人々は、仲違いすることもなく協力して自分達の暮らしを豊かにしたのだ。


 ところが、そんな日々はある日を境に一変した。

 小さな部族で一番長生きの老婆が、不安そうにこう口にしたのだ。


「一年以上もどこかへ留まるのは初めてだ。そろそろこの村を出ねば」


「初めてかもしれないが、それはとても住み心地がいいからだろう」


 部族の若者の言葉に、老婆は火がついたように怒り始める。


「住み心地が良かろうと、ここは私たちの場所ではないんだよ! 早く出ていかないと災いが起こる!」


 老婆は目を見開き狂ったように叫び、踊るように体をくねらせた。


「一刻も早く、次の場所へ移動するんだ! できる限り遠くへ!」


 小さな部族の者たちは困惑した。巨人たちは大変温厚な人々で、部族間の関係も良好だ。できればずっとここで暮らしていければと考える人々の方が多いのだ。小さな部族の若者の中には、老婆一人で出ていけばいいと言う者もいる。

 それでも、彼らは老婆の言葉に従い巨人の村を出ることにした。


 話を聞いた巨人の長は、大変驚いた様子で言葉を失い、すぐさま滝を落ちる水のような速さで捲し立てた。

 せっかく仲良くなったのに、そんな根拠のない理由で出ていくと言うのか。これまで培ってきた鈴作りはどうするのか。どうかずっとここにいてほしい。何が悪かったのか。

 巨人の長は明らかに取り乱していた。


 巨人たちにとって、小さな部族は鈴作りで巨人の村に豊かさをもたらしただけではなく、大事な観光資源になっていた。小さな部族と巨人たちが仲良く共存している。それこそが今の巨人の村の最も重要な観光資源なのである。巨人たちは鈴の音を絶やしたくはなかったのだ。


「私たちは、この星を借りものと考え、常に移動して暮らしてきました。どこかへ留まれば、いつかそこをまるで自分達のもののように考え、所有しようとするからです。あなた方はとても良くしてくださった。私たちは居心地が良く居座ってしまった。それは得難いものであり大変ありがたいことだ」


「あなた方といい友であり続けるために、私たちは私たちの生業に戻ります」


「そうか」


 巨人の長は悲しげに呟くと、硬い剛腕をすっと上に掲げ、他の巨人たちに合図した。


 小さな部族の人々は、たちまち巨人たちにかき集められ、真っ白な固い石で出来た大きな家に閉じ込められた。


「これからはこの家が、おまえたちの国だ。生活は保障しよう。家の中に工房もある。ここから出ていこうなどと考えるな」


 小さな部族の人々は、巨人の言葉を聞き、悲しんだ。彼らは巨人に所有されてしまったのだ。


 落胆する小さな部族の人々の傍らで、老婆だけが狂ったように踊り、それ見た事かと捲し立てる。

 巨人たちは相変わらず小さな部族へ手厚く接した。毎日食糧を届け、鈴をやりとりし、世間話をして笑い合い帰っていく。ただし、外へ出ることだけは一切許さない。巨人たちはまるで小さな部族の人々を保護しているかのように振る舞った。


 外へ出て行けばまた安定しない生活を送ることになる。次の場所が見つかるまで、道中は危険だ。巨人たちと共にあった方が良い。巨人たちは小さな部族を未来永劫守り続ける。

 巨人たちはそう言って、小さな部族の人々が巨人たちの村の者になることを望んだ。


 対して小さな部族たちの意見は分かれていた。


 巨人たちの言う通り、このまま巨人たちの村に居を構えたい者。老婆に従い、かつてのように新しい土地を求めて旅を続けたがる者。どうすればいいかわからないので、部族の行く末に任せると言う者。


 小さな部族の人々は争いごとが嫌いで、皆が幸せになれば良いと思っている。ただ、「何かを所有したくはない」という気持ちがあるだけだ。自分達は生まれてから死ぬまで、どこにいても何をしても、すべてを借りることで生きている。命も身体も全ては借りものだからこそ、何かを持ち続けるということは傲慢であり、忌避すべきことだと考えていた。広大な土地を自分達の村だと言って独占し、どっしりと棲みつくという考え方は受け入れがたい。また、小さな部族たちを囲い込み、自分達の村の住人として取り込もうとしている巨人たちには恐れも抱いていた。


 連日長たちが話し合い、ことを穏便に済まそうとする中で、相変わらず老婆は早く出ていかねばと狂ったように踊り、怒ったように声を張り上げた。


 そのそばで、部族のお守りである鈴がリンリンと常に震え、音を鳴らしている。

 その音は日を追うごとに大きくなり、ついには話し合いに来ていた巨人の長までが気づいて顔を顰めるほどに鳴った。


「ここ数日気になっている、あの鈴の音はなんでしょう」


「あれは、我が部族の守りの鈴です。先日から小さく鳴り続け、この数日ですっかりけたたましい音になったのです」


「壊れた鈴か。これではうるさくて話し合いにならない」


 巨人の長は、部族の長が止めるのも聞かずに鈴へ歩み寄り、激しく震える鈴を親指と人差し指で摘んで潰す。

 ジリっと音を立てて鈴が潰れると、辺りはシンと静かになった。小さな部族の者たちは硬い表情で息を呑む。


「ほら、これで落ち着いて話ができる」

と巨人の長が言った時、ゴゴゴゴゴゴゴ……と、遠くから地を這う轟音が迫ってきた。地鳴りが近くなるごとに周囲のさまざまなものが震え始め、ガタガタごとごとと音をあげる。


 地は激しく揺れ、小さな部族の者たちはよろめきながら騒いだ。やがて地がひときわ大きく底から突き上げるように揺れると、ピシピシと音を立てて、真っ白な石の壁が崩れ始める。


「みんな集まれ!」


 巨人の長は咄嗟に叫ぶと、小さな部族を一箇所にまとめ、その上へ覆いかぶさる。

 真っ白な壁が白い粉塵を巻き上げながら巨人の背中へ降り注いだ。


——ガラガラガラガラ……パラパラパラ……


 小さな部族の者たちは、巨人の長の体の下で体を小さく縮めて震えている。次第に揺れは治まり、再び辺りは静かになった。


 巨人の体の下から這い出ると、家はすっかり瓦礫の山となり、巨人の長は瓦礫に埋もれていた。その眼はカッと見開かれ、すでに息絶えている。


 巨人の村は、すっかりことごとく潰れていた。


 小さな部族の人々はこれ幸いと村を飛び出し、次の理想郷へと旅立っていく。


 巨人の村の言い伝えには続きがあった。


——鈴の音を絶やす時、その村は滅び絶えるだろう。



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