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生きる意味

作者: いけさと

 悲しかったり、絶望しているときに自殺をすると、その悲しみや絶望はそこで終わるのではなく、限りなく未来永劫につづくのだと、テレビ番組では霊能者が語り、司会者が語り、タレントたちはしきりにうなずいていた。

 やがて番組は終わり、彼は考える。自分は子供のころから音楽の道を志し、学生時代にはバンドを組んで、情熱的な曲に、願いや希望、孤独や怒りをのせ歌い続けた。やがて卒業すると、夢を語りあった仲間たちも社会人としての生活を始める。工場で働き始めたギター。公務員になったベース。道を踏み外し借金を残したドラムも、今は家庭を持ち、幸せに暮らしている。それでも一人で活動を続け、今ではレコードも発売し、ヒット曲もある。トップスターというにはあまりにも小さな存在だが、夢を叶え、自分なりの最高の幸せを感じて生きている。そしてそれと同時に、これ以上の幸せは二度と来ないであろうと思う。

 絶望しているときに自殺をすると、その悲しみは永遠につづくという。もし本当にそうであるとするならば、幸せなときに自殺をすると、今感じている幸せが、永遠につづくのだろうか。

 彼は物置をあさり、ロープをみつけると、それを天井の柱に縛り、垂れ下がった輪に首を通し、その日死んだ。

 いっときの苦しみが終わると、そこには首を吊った自分がいた。白目をむき、便や尿を垂れ流している自分を見ても、彼は生きていた時と同じように、最高に幸せな気分だった。やがて朝になり彼の妻がそれを見つけ真っ青になって病院に通報する。一緒に暮らしていた母と妻は、わたしの硬くなった身体を床におろした。

 警察がきて、遺体が運び出されるときには、自分がしっかりしなければと気を取り直したのか、血の気はひき、唇は真っ青になっていたが、妻は子供の目をふさぐくらいには冷静だった。

 彼の葬儀には、たくさんのファンが集まり、彼の代表曲を歌う。彼は幸せな気持ちでそれを見つめていた。

 彼の妻は、苦労に苦労を重ね、四十を待たずに死んだ。再婚することもなく、その後10年間、死ぬ間際まで毎日彼の部屋を掃除しつづけた。

 幼いころから彼を支えつづけた母親は、長生きし、百歳近くまで生きた。明るく友達の多かった母のふくよかだった顔は、見る影もなく痩せこけ、六十を迎えるころにはぼけはじめ、預けられたホームでは、ときおりかくれんぼうでもするように、彼の名を呼んだ。

 彼はずっとそれらのことをすぐ近くで見つめていた。

 しかし彼は幸せだった。どんなに後悔したくても、どれほどあやまりたくても、心はうきたち、沈むことはなかった。この幸せが、愛した人たちを苦しめ、どれほどの愚かさの上に成り立っているのかに気がつき、不安を感じていても、それでも彼は幸せだった。

 幼かった彼の息子は社会にでて、やがて結婚する。父親の死んだ理由は妻にさえ話さないでいた。正直理由なんてわからなかった。母からは、父は偉大なアーティストだったと聞かされていたが、おさないときに死んでしまった父の思い出などなかった。彼の口から父の話題が出ることはなかった。ただ一人でいるときに、母を思い出しながら父の曲をきいた。

 壮年といわれる年齢になったころ、「失望も、喜びも、すべてが幸せの一部なんだ」酒を飲みながら、一度だけ 妻にそう話した。

 子供もなく、波乱もない。穏やかな人生だった。

 息子が人生を終えると、もう何ひとつ見守るものもない。今更ではあったが、生きている ということそのものが、本当の幸せであったのだということに、彼の心は騒然とし、胸が張り裂けそうだった。それでもなお、彼の手に入れた永遠の幸せは、彼の心に容赦なく、死ぬ寸前まで感じていた幸せな感情を流し込み、自分を蔑む彼を許さなかった。

 年月がすぎれば、もはや彼の歌を口ずさむものなど誰もいない。彼を思い泣く者もいなかった。彼は恐ろしいほどの孤独の中で、意味不明な幸せを感じ、しかし恐怖に震えてさえいた。それでも彼は幸せだった。それはもはや説明できない、ただの 「しあわせ」 という感情にすぎなかった。

 永遠の幸せと引き換えに、本当の幸せを捨ててしまったのだ。この感情と引き換えにすべてを不幸に変えたのだ。彼はそう思った。


「わたしは 化け物になってしまった」

  

 いつの日にかこの星がなくなり、塵になっても、わたしは幸せなのだろうか。彼は困惑した。

 そして永遠に逃れることのできない幸せを感じながら、もう一度いきてみたいと思った。最後まで生きて、そして死にたいとねがった。


2007_4_7

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