目的地
何を書きたいかよく分からないから書くのであり、それが予め分かっていたならもうとっくに筆を置いているだろう。ましてや書いたところでそれが明らかになる保証なんてどこにもない。書くことで迷子がさらに加速することも十分あり得る。むしろそうなる確率の方がずっと高いのだし、そうであることを渋々歓迎している節はある。めまいが耳鳴りに。耳鳴りが迷子に。いつも半拍子ずれた拍手。どこか歩幅の合わない足並み。調子外れのカエルの歌。形の定まらないピース。列を掻き乱すシジミ。壁に飛び散ったケチャップ。あ〜あ。どうしていつもこうなんだろう。こうなることはもうずっと前から分かっていただろう。いや、分かっていたのか? 迷子の迷子のこねこちゃん。あの迷子とこの迷子は同じ? お巡りさんに聞かれたのか? お巡りさんも困ってる? わたしのなまえは? わたしのいえは?
「識別番号9041~~~~、目的地をどうぞ」
……ここか?
「申し訳ございません。上手く認識できませんでした。もう一度どうぞ」
ここだというのか? まさか本当に? あのしみったれた幽霊の生まれる場所。6畳半の部屋の隅っこに転がった空のビン。真昼の空の一番青いところを切り取って貼り付けたとしても相殺できないほど無味乾燥な白い天井。薄暗い影に包まれつつある花壇の黄色いスイートピー。もはや何も受信することのないラジオ。断続的なスタグフレーション。
「応答がありませんでした。システムを終了します」
……ここだ。ずれはエンジン。欠落は加速。ブレーキはなしだ。当たって砕けろ。破砕して困るようなものなんて何一つ持ち運んでいない。やっぱりどこにも行けることはどこにも行けないことに比肩するのだ。ここでさえも置いてけぼりにするぐらいの強烈な迷走を。耳障りの良い言葉に踊らされてはならぬ。それと共に踊るごく僅かな度量でさえ持ち合わせていないのだから。杓子定規に受容、受容と連呼するのではなく、壊れたロボットみたいに同じセリフで口をパクパクさせるのではなく、ずれを力業で埋め合わせるのだ。そんなの無茶だ? もちろん無茶だ。されど通り過ぎたあの景色は、私の手に、目に、頭骸骨に収まるものなのか? あのケチャップは? あのスイートピーは? 機械がおもむろに起動し始めた。青白い目が私を見透かすようにじっと見つめる。微かな笑みさえ浮かべていると錯覚するほど自然な表情でこちらに問いかける。
「では、目的地をどうぞ」