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覚悟


「夏休み!練習どうする?」


 いつも通り部室に集まり、三人でお昼を食べる。狭さにはもう慣れた。俺とアイの担任兼顧問が扇風機を持ってきてくれたため、暑さについてもまあ何とか最低限ってところだ。


「うーん、文化祭に向けて何かしたいよね」


 アイの問いに箸を持った手を顎に当てながらカイトが答える。


「そうそう!文化祭‼」


 俺たちの文化祭は夏休み明けに行われる。よって、夏休みのうちにクラスの出し物やステージに出る人たちはその練習をする。今は六月中旬だから、そろそろステージに出る人たちを決める頃だろう。


「それよりアイ、テストは大丈夫なの?」


 文化祭の話題を避けたくて、そう切り出した。この頃、二人の会話にも遠慮なく入っていけるようになっていた。二人と話すのは心地いい。夏休みは迫っているし、いつまでも逃げられない話題だけれど、少しでも現実逃避をしたくなった。


「え?あ、あ、あー大丈夫大丈夫」


 全然大丈夫じゃなさそうにアイが答えたが、予想通りだ。


「本当かよ…」


「だっ大丈夫だよ!いつもテスト前はカイくんが教えてくれるし、今回も何とかなる!」


「え?」


 カイトの方を見ると、頭をかいて苦笑していた。二人が幼馴染という事実を、こういった時にさらっと見せつけられる気がして、少し落ち込む。


「アイは、地頭はいいんだよ。じゃなきゃここ受かってないし。でもいつもは自分の好きなことに真っすぐだからどうしても勉強が疎かになっちゃうんだよね」


「勉強、嫌い!」


 カイトのフォローがレンの胸を突き刺した。好きなことに真っすぐだから勉強が疎かになる、それはレンと真逆だ。ピアノを疎かにしているとは思っていないが、レンにとって勉強が一番しなくてはいけないことだ。


「レン…」


「レンー!ああ、やっぱりここにいたか」


 アイの声をかき消すように教室に入ってきたのは、担任兼顧問のカサネ先生だ。


「あ、先生!」


「おお、仲良くやってるな!中々様子見に来れなくてすまんな~」


「いえ、顧問を名乗り出てくださっただけでもありがたいです」


「そうかそうか!」


「あの、先生俺に何か用ですか?」


「そうだそうだ。三者面談のことなんだが…」


 その単語に俺の瞳孔が少しだけ大きく開く。避けたいものが次々にやってくる。逃げられない。


「さっきレンの親から連絡があって、面談期間外にすることになったからよろしくな!」


「えっ!どうして、期間中に空いてたはずですよね」


 母は専業主婦だ。失礼だけれど、空いてない日などあるのか。


「まあ、直接連絡があったし、何か事情があるんだろう。先生は構わないから、よろしくな。後で日程教えるから」


 そう言って手を振ると、先生は教室から離れようとした。


「あの、すみません。俺の母が…」


 レンは先生を呼びとめて頭を下げた。ただでさえ忙しいだろうに、こちらの都合に付き合わせてしまった。


「レンが謝ることじゃないだろう」


 先生は踵を返して、俺の頭の上に手を置いた。最初は熱血って感じの先生で苦手意識を持っていたけれど、結構いい先生なのかもしれない。レンの頭を撫でた大きな手は不思議と安心感があった。


「あの、三者面談のことで先生に話したいことがあって。今日の放課後…お時間ありますか」


 撫でられた頭を上げて、先生を見上げる。置かれた手そのままで固まった先生はきょとんとしたが、


「ああ、分かった。空けとくな」


 と言って、今度は本当に教室から離れていった。

 先生と話し終え、緊張した心臓を手で押さえて深呼吸していると、両端でアイとカイトがこちらを見ているのに気づいた。


「うわあ⁉」


 俺は大きな声で叫んで、後ろに後ずさる。すると二人は目を見合わせて吹き出した。


「ずっといたんだから、驚かないでよ~(笑)」


 アイがお腹を抱えて笑っているので、恥ずかしくなってくる。二人を無視してお昼の続きを食べ進める。


「ちょっとレン~怒んないで~」


 アイがなだめるように元の位置に座る。別にアイに対してそこまで怒ってないし、自分が恥ずかしいから不機嫌なふりをしているだけだけれど、それは言わないでおいた。



 放課後になって、先生に連れられて、ある教室に入る。二人きりで話せるように用意してくれたらしい。気が遣える先生だ。まだ入学して二か月ほどだが、すでに生徒からの人気がすごいのも納得できる。


「よし、いつでもいいぞ!」


 椅子を二つ用意して、その一つに腰を下ろした先生は構えるようにそう言った。俺も先生に促されて置かれた椅子に座る。先生がどんな反応をするのか、もしかしたら怒られるかもしれない、今度こそアイとは会えなくなるかもしれない。それでも、言わないといけない。それに……少しでも目の前にいるこの人を信じて話してみたいと思った。先生は俺が話始めるのをじっと待つようにこちらを見ている。


「あの…今度の三者面談で、母に部活のことは言わないでほしいんです」


 俺は意を決して先生に話した。


「……それは、理由を聞いてもいいのか?」


 先生は伺うように俺を見てきた。


「時が来たら、自分から話したい、と思っているので…」


「………分かった、話さない」


 あまりにもあっさりというので、拍子抜けしてしまう。


「え…?ほ、本当ですか?」


「ああ、俺は嘘はつかない。生徒が一番大切だからな」


「ありがとうございます…」


「話はそれだけか?」


「はい。…じゃあ、失礼します」


「待て、レン」


 先生に一礼して教室を出ようと扉に手をかけた時、先生に呼び止められた。


「部活、楽しいか?」


 先生の表情は微笑んでいたが、どこか寂しそうな意味を持った笑みに見えた。


「楽しいです、とても」


 即答した。自分の表情筋を精一杯動かして微笑み返すと、先生は安心したように頷いた。

 先生を残して教室を出て、自分のクラスに荷物を取りに戻ると、長い黒髪が見えた。


「アイ…」


 俺の声に、長い黒髪がふわっと動いて、こちらを向いた。


「レン!」


「あ…もしかして待ってた?」


 自意識過剰だとも思ったけれど、思い切って聞いてみると、アイは静かに頷いたので逆に照れてしまった。アイのこんな反応は新鮮だ。


「レン」


 アイは「ここ」とでも言うようにアイの近くの席を指さした。それに従ってそちらに向かう。アイの前に立つと、意外と自分の背が高いことが分かる。アイは自然と上目遣いになっていて、こんな状況でも可愛いとか思ってしまう。


「アイ……俺は夏休み練習できない」


「………うん」


「って思ってたけど、俺、戦うことにした」


「はえ…?」


 アイから間抜けな声が出る。母に話すときのことを考えると、今からでも胃が痛くなる。けれど、いつまでも逃げてられない。


「俺、この先もアイとカイトと一緒に音楽やっていたいから。堂々とやりたいんだ。そのために戦う。無理でも、いいって言われるまで説得する。………でもいつまでかかるか分からないから、アイとカイト二人でもバンドは続けてほしいっておも…」


「待つ!」


 俺の言葉をかき消すようにアイは叫んだ。


「レンがいない時にバンドやらないよ!私、待つ」


 トクン、と俺の心臓が脈を打った。


 まただ。アイはいつも、俺の言って欲しい言葉を言ってくれる。本当は二人でもバンドを続けて欲しいなんて思っていなかった。正確には、気持ち的には続けて欲しいと思っていたけれど、どこかで寂しい思いがあった。もし自分がいない間にレンは必要ないと思われたら、二人の間に何かあったら、そういう不安な気持ちが拭えなかったのだ。


「ごめん、これプレッシャー?」


 アイは俺が黙ったのを見ると、不安そうに切り出した。


「ううん、嬉しい。待っててほしい」


「うん」


 俺の言葉にアイはゆっくり、笑顔で頷いた。

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