音楽がしたい
7
「せっっっっっま‼あっっっっっつ‼」
軽音部として活動し始めてから早一か月。空き教室は当然冷房がついていないので、窓からくる風だけでなんとか暑さを忍んでいる。それに加えて、元々広くない教室にドラムとピアノを入れているから、狭くなるのは必然だ。
場所があるだけありがたいと言いたいところだが、さすがにこれで夏を過ごすのはきついだろう。
アイは毎日のようにこんな発言を繰り返し、椅子に座ってぶつぶつと文句を言っている。
「でも夏はこれからだよ」
カイトの言葉にアイの顔が歪む。
「カイくん~意地悪言わないでよ~」
「アイ、うるさい」
「レンひどい!」
「はいはい、もう一回合わせるよ~」
俺たちには共通の好きなアーティストがいて、まずはその人の曲をカバーすることから始めた。ゆくゆくはオリジナルも作りたいねとアイは言っていたが、レンにとってそれは夢のまた夢のような話に聞こえた。
俺もまだピアノは本調子ではないし、早く感覚を取り戻したいところだが、練習できる場所がここしかないから思うようにいかなくて焦っている。
カイトのドラムのスティックを叩く音と同時に音色を重ね出す。長い前奏で気持ちを高めると、アイの歌声がそれに乗っかる。先ほどまで文句を言っていた人と、本当に同一人物か疑うほどの歌唱力は、何度も俺の心をつかむ。
「結構仕上がってきたよね!」
演奏が終わると、アイが嬉しそうにこちらを振り向いた。汗がキラキラと輝いている。
「うん、次の曲の候補、考え始めてもいいかもね」
カイトもアイの言葉に賛同するが、俺は納得がいっていなかった。アイもカイトも完璧と言っていい演奏をしているのに、俺だけが追い付いていない感じがずっと拭えない。
「…ン!レンっ!」
隣を見ると、アイが心配そうに俺を覗き込んでいた。
「あ、ごめん、何?」
「次の曲、候補考えといてって言ったんだけど………どうしたの?」
アイにしては珍しく声色が優しい。いつも先頭を切って走っているような人なのに。
「ううん、何でも…。考えとくね」
アイは納得のいっていない不満そうな顔をしていたが、俺の表情を見てそれ以上聞き出すことはしなかった。
「ただいま…」
「おかえり、レン」
家に帰るのは気が乗らない。家が唯一落ち着ける場所だという人もいるだろうが、俺は全くそう思わない。むしろ学校で授業を受けたり、部活をしている方が何倍も楽しいし、落ち着く。
これは俺が母に隠し事をしているから余計にそう思うのだろうか。玄関の扉を開くときはいつも緊張する。バレていないだろうか、そんな気持ちで重い扉の取っ手に手をかける。そして、普段通りに出迎える母に安堵するまでがセットだ。
「そんなに頻繁に図書室に通わなくても、家で勉強すればいいんじゃない?」
母にバレないように、部活は最低限にしか行けない。それに、母には学校の図書室で勉強していると嘘をついている。たまに夕食時にこんなことを言われるから、母は俺が遅く家に帰るのをあまり良く思っていないのだろう。
「この前も言ったけど、図書室だったら分からないところをすぐに調べられるし、先生にも質問に行けるから都合がいいんだよ」
「それならいいけれど。…大学受験は失敗しないでね」
「……はい」
高校受験が失敗したなんて俺は思っていない。そもそも第二志望の高校だって相当偏差値は高い。もう慣れたけれど、時々母は自分のことを人間として扱っていないように思えてしまう時がある。
「ごちそうさま、お風呂入ったら部屋で勉強するから」
「そう」
母は表情を変えずに短く返事をした。洗い場のシンクに食べ終わったお皿を置いて、蛇口をひねる。水につけておくと、母が洗う時に汚れが落としやすいのでいつもそうしている。
風呂に入って、自分の部屋に入るとようやく少しだけ一息つくことができる。勉強を理由にこの部屋に引きこもって、母との関係を遮断している。
スマホの音量を最低限にして耳元に近づける。最近、部活で合わせた音声を録音して、三人で共有したものを夜に聞いている。これを聞いて、自分の反省点や全体の直すところを考える。
今日の音声は今までで一番の出来だ。けれどピアノの音がずれていたり、俺だけ個性が弱い気がする。少しずれているだけでも一気に雑音のように聞こえて、自分の存在がノイズのようだと錯覚する。
もっとピアノが弾きたい。もっと上手くなりたい、練習したい。アイに、カイトにもっと必要とされたい。
いつかこのことを、母に話すときが来るのだろう。その時、俺は何を思っているのか、今はまだ分からない。
でも今はただ、あの二人と音楽がしたい。




