特別で、大好きで、眩しい
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アイの様子がおかしい。と言っても、俺が告白した後や、ミコトのことを話した後の態度とはちょっと違くて…。
自惚れてもいいのなら、アイのこの態度は……——いや、ダメだ。どうしても自分に良いように解釈してしまいたくなる。
「…えっと、俺たちも……帰る?」
邪念を振り払うように、そう問いかけた。
と言っても別に一緒に帰るというわけでもないのだが。
いつもカイトは部活が終わるまで、図書室か教室で残って勉強をしている。そして、部活が終わり次第、アイがカイトの元へ行って一緒に帰っているらしい。そこまでして一緒に帰りたいのか、それとも何か別の理由があるのか。
俺の問いに対する返事が、一向に聞こえてこない。
「アイ?」
「え? ————ああ、あの…ちょっと待って」
「…? うん」
アイは、ハッとしたように顔を上げて、焦ったように俺を引き止めた。わずかにワイシャツの裾を握られて、思わずドキッとする。俺は今…試されているのか?
俯いた彼女のまつ毛が影を落とす。改めて見ても、綺麗な顔だなぁと思う。そして、綺麗な黒髪。
心臓の鼓動を跳ね上げながら、彼女が話し出すのをじっと待つ。
あまり凝視してもプレッシャーをかけるだけだと思い、少しだけ遠くを見つめたりと視線をさまよわせていた。
「…あのね、」
しばらくの沈黙の後、ようやくアイが口を開いた。
「ん?」
優しく問いかける。シャツの裾は握られたまま、そして俯いたまま、アイは話を始めた。
「私、レンが他のバンドに行ったら…嫌だなって思う」
「———————うん?」
いきなり何の話だ? 他のバンドになんて、行かないが?
「えっと、————何? その話」
「あっ、ごめん! 例えばの話ねっ!」
「たとえ…」
「レンから、ミコトちゃんの話された時…素直に喜べなかった。————それが、どうしてなのか…考えてたんだけど、」
「…うん」
「私ね、レンのことが…好き、みたいなんだ」
「……は?」
期待していなかったわけじゃない、想像していなかったわけじゃない。何度も妄想だけはしていた。
でも…いざその時がきたとなると、夢みたいで…信じられない。
「好きだから、嫉妬した。他の子に…レンの魅力を知られたら嫌だなって」
あれ、これってやっぱり夢なのか? アイの口から出てくるとは思えない言葉ばかりが飛んでくる。俺にだけ都合のいい夢、幻覚、幻聴……
「私は心のどこかで、レンは私のことをずっと好きでいるだろうって……自惚れてたのかもしれない。そんなわけ、ないのに…」
ただアイは俯いているので、俺の様子がおかしいことには気づかずに、話を続ける。とりあえず、夢だとして話を聞いておこう。期待しすぎると、本当に夢だった時の落胆がすごいだろうから。
「レンが傍にいてくれるのは、当たり前じゃないんだって。そんなことにも気づけなかった。————レンを失うかもしれないって思って…初めて、怖くなったの」
あーこれ、絶対夢だ。だって…俺を失うって、スケール大きすぎるだろ。そもそも、俺だってアイの傍を離れるなんて、想像したことないし。
「———ねえ、覚えてる? 私がレンを楽器屋に連れて行った時のこと…」
「………うん、もちろん」
「あの時、レンが過去の話をしてくれて…。それで、泣いたレンの頬を…私が触れたの」
「ああ…」
よく覚えている。あれは本当に恥ずかしくて、できれば忘れたいけれど。そして、アイにも忘れて欲しいけれど。
「私…泣いたレンを見て、可愛いって思った。———それに、レンの頬に…ずっと触れていたいって、そう思ったの」
「………」
衝撃の事実だ。あの時、アイはそんな風に思っていたのか。泣き顔を見られるのは、死ぬほど恥ずかしかったし、情けなかったけれど…それでも、アイは———
「レンのことが…愛おしいんだなって、気づいた。
————いや、本当はもっと前から…。出会った時から、レンは私の特別だった。それが………、それが愛なんだって気づくのが、遅かったけど…」
「………」
驚きすぎて、開いた口がふさがらない。夢、現実、夢、現実、何度も俺の頭を往復する。
そこで初めて、俯いて話していたアイが顔を上げた。逸らす間もなく視線がぶつかる。
こんな表情で今まで話していたのか。今にも泣きそうな、愛おしいものを見つめるみたいな、でも瞳の奥はしっかりと意志を持っている表情。
「私は、レンのこと、本当に特別だって…思ってる。上手く言えないけど、他の人とは違うの。——この感情に、あえて名前を付けるとしたら……それは、恋…なんだと、思う」
「……あ、アイ」
あれ? アイの瞳の中に映る俺、どんな顔してるんだよ。これは、夢…じゃない…のか? またアイの前で、俺は情けなく涙を流すのか?
「返事、待たせてごめん。いつも振り回して、ごめん。もう答えは出てたのに、気づくの遅すぎて……ごめん。——これが、私の気持ち。
———これからも私と……ずっと、一緒にいて欲しい。
—————————レンが、好き」
俺の頬に、暖かいものが伝う。何だこれ、……死ぬのか?
「レン……泣い、てるの?」
そう言って俺を見たアイもまた、瞳に今にも零れ落ちそうな涙をためていた。
彼女の手が伸びて、あの日のように俺の頬に触れる。
————あれ、暖かい。
俺は急いで、空いている片頬を思い切りつねった。普通に痛い。
「えっ、レン!?」
アイが、俺の突飛な行動にすごく驚いている。
「え、あれ? 夢……じゃ、ない?」
呆然としながら、アイに問いかけた。
「何、言ってるの? 夢じゃないよ…」
ジンジンする頬から手を離すと、すぐに暖かい手に包まれた。今、両頬をアイの手で包み込まれている状態だ。
「あーかわいい。天使がいる」
どうやら、俺の思考は完全に停止したみたいだ。こんな異常事態初めてで…対処の仕方が分からない。
つい思ったことをポロリと言ってしまった。
「!? ちょ、レンのバカ!」
「いたっ」
さっきつねった場所を、今度はアイに平手打ちされた。相まってより痛い。
「あ、ごめ…」
だがそのおかげで、何だか冷静になってきた。
えっと、状況を整理しなくては。
まず、アイが俺を好きで……?
「…え? アイって、俺が好き…なの?」
これまた突拍子もない質問を投げかける。でもこれが夢じゃないとすれば…俺は、とんでもない奇跡を起こしている?
「聞いてなかったの? ……そうだよ。——私は、レンが好き」
アイは少しだけ呆れた顔をしたが、すぐに表情を改めて、もう一度真っ直ぐに想いを伝えてくれた。
「本当に……——俺でいいの?」
今更不安が込み上げる。こんなに魅力的な彼女を、俺が独り占めしてもいいのか?
「《《で》》じゃない! 私は、レンがいいの。レンじゃなきゃ、ダメ…だから」
こんなの———俺の妄想以上だ。ああ、神様…。俺は今、一生分の幸せを使い果たした気がします。
「俺…多分アイを離してあげられないよ? ————これまで以上にみっともないところも、情けないところも…見せると思う。それでも…」
「だから、いいって言ってんじゃん! 大好きだ、バカ!!」
再び両頬を包まれる。今度は少し強めに。アイの頬はすでに真っ赤に染まっていて、一生懸命気持ちを伝えてくれているのに、いまさら気づいた。さっきからずっと、彼女に言わせ続けてしまっている。
「………————俺も、」
「…ん?」
「俺も、アイが好き。大好き」
「……知ってるよ」
ボロボロ涙を流しながら言った言葉に、アイは困ったように眉を下げて微笑んだ。
「本当に好きなんだ。初めて会った時から、アイは特別だった」
「私も同じ」
「アイ」
「——何?」
「俺と…恋人に———なって、くれますか?」
「はい、よろこんで」
アイは両頬を触れていた手を離すと、今度は俺の両手を優しく包み込んだ。
結局、かっこいい告白~恋人になるみたいな流れではなかったけれど、アイはこんな俺でも受け入れてくれる。変にかっこつけたり、取り繕ったりせずに、ありのままの俺たちらしいとも思った。
あの日、家を抜け出して見に行った流星群。
そこで出会ったアイ。
俺の人生を変えてくれた、女の子。もう一度、俺にピアノを弾くきっかけを与えてくれた。
いつも勇気を与えてくれる。いつも背中を押してくれる。いつも、欲しい言葉をくれる。大丈夫だって、言ってくれる。いつだって、元気で明るくて、だけど弱いところもある。
ああ、俺は…ずっと、彼女に救われている。
特別で、大好きで……太陽みたいに眩しい人。
俺たちの関係が変わった日。アイと俺は、恋人になった。




