独占欲
59
「アイ、おはよ」
「………あ、おはよう。カイくん」
修学旅行明けの朝、アイの家に向かい、玄関の扉を開けて出てきた彼女に声をかけたが、いつもの元気がない。原因は、レンからきた内容だろうか。
「修学旅行、楽しくなかった?」
からかいを込めてそう言うと、アイは目を見開いて首をぶんぶんと横に振った。
「えっ! ううん、楽しかったよ!」
「じゃあどうして、そんな顔してるの?」
寂しそうな表情。
図星をつかれたアイは、気まずそうに眼を逸らし、乾いた笑い声をこぼした。
「! ———やっぱりカイくんに隠し事はできないや」
困ったように眉を下げたアイを見て、静かに続きを促す。
あの時は考えを放棄したけれど、結局僕はアイがこんな風になっているのを放っておけないんだな。
「カイくんも聞いたでしょ、レンの話」
「一年生の子にピアノ指導するってやつでしょ?」
レンはご丁寧に僕にも連絡をくれた。昼休みは僕も部室にいるからだろうが。
「それね、私のおかげなんだって」
「ああ…」
レンはアイに感謝している。常日頃バンドの役に立ちたいと感じているのが、伝わってきている。アイのおかげで、指導を引き受ける決心がついたということだろう。
「嬉しい、ことのはずなのに———なんかモヤモヤするんだ」
「へえ……」
「ちょ、ちょっと…ちゃんと聞いてる?」
僕が気の抜けた相槌しかしないから、アイは僕が話を聞いていないと思って、不安そうにそう問いかけてきた。はは、可愛い。
「聞いてるよ。それで、アイはそのモヤモヤをどうするの?」
「………分かんない。最初は、寂しいんだと思ってた。でも、それもなんか違う気がして。素直に喜んであげられない自分が嫌だ、レンがせっかく頑張ろうとしてるのに…」
「………」
うーん、それは一般的に嫉妬と呼ぶんだろうけれど、アイに言っても伝わらないし納得しないだろう。ただ、彼女の心にも変化が起こっているのは確かだ。ここで余計なことを言って、拗らせるようなことも面白そうだけれど、さすがにレンが可哀そうだよね。
「……それはさ、独占欲じゃない?」
「え? 独占…?」
「うん。レンってさ、今まではほとんどずっと僕たちと一緒にいたわけじゃん?
だから、突然その環境が変わって…やっぱり寂しいんだよ。
レンの魅力を、誰かに知られるのが———ちょっとだけ嫌だと、思ってるんじゃない?」
僕はまだ自覚していない彼女に対して、諭すように優しく言葉をかけた。
いつも意地悪ばかり言ってごめんね、これは助け舟だと…思ってくれるよね?
「………そう、なのかな」
「ふふ、僕にはそう見えたよ」
「それって…私、性格悪くない?」
アイが信じられないという表情で、僕を見る。この表情は、自分に対するものだろうなとすぐに分かった。
この子は本当に——優しくて、正義感が強くて、レンもアイも眩しいなぁ。二人といると、自分の黒い部分も浄化されていくようで、でもそれはただの錯覚だと、一人になった時に思い知るんだ。
「大丈夫。だってもし、僕が他のバンドに行きます~ってなっても、アイはモヤモヤするでしょ?」
「それは当たり前でしょ!」
「ありがと。だから、レンに対しても当たり前のことだよ」
「——うん、ありがとう。カイくん…」
「どういたしまして」
まあ、レンに対するものは、僕のとはちょっとだけ違うだろうけど。そこまでは教えてあげない。わずかでも変化しようとしている二人の関係、それはアイ自身が気づかなければ意味がない。
「頑張ってね、アイ」
「———カイくんって、たまによく分かんないこと言うよね」
僕のエールに気づかない彼女。おどけたように笑った顔をしたので、僕も微笑み返した。




