呼び出し
55
文化祭、そしてカイトが部活を引退して、早一週間。カイトのいない部活にはまだ慣れないけれど、時間は淡々と過ぎていった。
昼休み、お弁当を手に部室へ向かおうと教室を出た俺は、一人の生徒に呼び止められた。
「あの、レン先輩…ですか?」
「…え、はい」
まさか俺が話しかけられるとは思わず、驚きながらも返事をする。
俺に話しかけてきた子を、まじまじと見つめてしまう。
黒縁の眼鏡に、二つに下げた三つ編み、アイのように綺麗な黒髪だなぁと思った。そして、意志を持った瞳と、きりっとした眉、きゅっと結ばれた唇で、こちらを見つめている。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
「…はい」
ぐいっと一歩近づかれて、真っ直ぐ見つめられたので、思わず返事をしてしまった。俺、何かしたっけ…?
先輩呼び、敬語から、彼女が一年生だろうということは分かる。でも話したことはおろか、顔を見たことすらない。全く予想できなくて焦る。
とりあえず、ぐんぐんと進んでいく彼女の後ろ姿を追いかけた。
「ここ……」
そこは、かつてアイと再会した場所だった。中には一台のピアノ。
教室内へと入り、真ん中あたりで歩みを止めた彼女は、くるりと身体を回転させて俺を見た。
変に緊張して身体が強張る。
「初めまして。私は一年のミコトと申します。先ほどは、強引に失礼しました」
そう言うと、深々と頭を下げた。すごく丁寧な人だ。そして、やはり一年生。リンやカノンと同学年ということになる。
「あ、いや…大丈夫だよ」
反対に、俺はたどたどしい返ししかできなくて、情けないったらない。初対面相手でも、堂々としているアイやカイトを見習いたい。二人といると、俺もコミュニケーション能力が上がったかのように錯覚するが、どうやらそれは勘違いだったようだ。
「——えっと、それで?」
「レン先輩に、お願いがあります。——————私に、どうかピアノを教えてください!」
「———へ?」
**
「レン、来ないね…」
さっきから数分おきに、アイが部室の扉に注目している。レンが来るのを待ちわびているように。
「先生からの呼び出しとかじゃない?」
だから、僕はそう言ってアイを諭した。
僕はお昼の時だけ、こうして部室でみんなと過ごすと決めた。息抜きの時間は大切だし、何よりずっと会えないのは、寂しいからね。
四人ともすごく喜んでくれたから、提案してみて良かった。
その喜んだ中の一人であるレンが、昼休みを大分過ぎても部室に来ないのである。特に連絡も来ていないし、何か急用でもあったのだろうか。
「でもさぁ、連絡もないんだよ?」
アイが不満そうに声を漏らす。
「告白…とか?」
パンを片手に、リンが何気なく零した言葉に、アイの頬がピクリと引きつった…ように、僕には見えた。
リン、それはあんまり言わない方が良かったかも。
「はっ……………いや、まさかレン先輩に限ってそんなことはないですよねぇ」
僕の生暖かい視線に気づいたリンが、慌ててフォローしようとするが、それはかえってレンを傷つける刃に変わってしまった。無意識に言ったことだから、むしろ質が悪い。それがリンの本音だと言うことになってしまうからだ。
「こくはく……」
アイがぶつぶつと言いながら、再びお弁当を食べ始めた。すっかり静かになってしまい、もくもくとご飯を食べ進めている。
ま、いっか! 僕が知ったことじゃないし!
気まずそうにするリンとカノン、考え込むアイを横目に、僕は考えるのを放棄した。




