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あの日の出来事

53



「アイ先輩とレン先輩が、一番寂しいと思ってるよね…」


 外に出て並んで歩いていると、カノンがそう呟いた。最近、部活で色々あったから、どうしてもしんみりした空気になってしまう。


 カイト先輩が音楽を続けてくれると決めてくれて嬉しいけれど、部活に来なくなるというのも事実だ。寂しいのは当然。




 成長していく先輩たちに、勝手に背中を押された俺は、この機会に一つだけ確かめておくことにした。


「……あのさ、カノンちゃん」


 緊張しながらも彼女の名前を呼ぶと、不思議そうに俺を見つめた。


「…?」


 深呼吸をして心を落ち着かせ、大丈夫と唱えながら俺はもう一度彼女を真っ直ぐに見つめた。


「…俺が、カノンちゃんに告白する少し前、聞いたんだ。教室で女の子たちが話してるの」


「っ!」



 俺の言葉に、彼女は大きく目を見開いた。瞳の中が揺れている。



「その時、俺は怖くて途中で逃げちゃって…。でも、カノンちゃんがどう思ってたのか…教えて欲しい」


「……どこまで、聞いてたの?」


「俺は女友達っぽくて、話しやすいって」


「————ごめん、嫌な気持ちになったよね」


「どうしてカノンちゃんが謝るの?」



 それを言っていたのはカノンの友達だ。彼女が謝ることはないはず。


「………リンくんが傷ついたのは事実だから。すぐに止められなかった。———あの日は…」


 そう言って、彼女は遠くを見つめながら、ぽつりぽつりと話し出した。











「だからさカノン、リンくんのこと好きなの?」


 友達からそう聞かれたとき、正直心臓が飛び出るくらい驚いた。私って、そんなに分かりやすいのかな。リンくんにも、気づかれてたらどうしよう…。

 放課後、教室で友達と談笑していたら唐突にその話題を出された。



「リンくんって、確か軽音部に入ったんだよね?」


「そうそう」


「…カノンは優しいからさ、クラスに友達いないリンくんに話しかけてるんだろうけど、そういうの男子は勘違いしちゃうんだよ?」



 でも違った。彼女たちは、私の気持ちに気づいたわけじゃなくて、むしろ逆だ。この流れは…嫌だ。



「でもさ、リンくんって顔可愛い系じゃん? 女友達みたいな感覚になるのも分からなくないよね」


「分かる~(笑)」



 すぐに止めたかったのに、みんなの話し声は止まらなくて…。私は必死に話したいことを頭の中で整理した。



「それで…? どうなの? もしあれなら、うちらが代わりに伝えてあげようか?」


「うん、好きだよ」



 そう聞かれて、私ははっきりと告げた。勘違いなんかじゃない。



「やっぱりそうだよね————って、え?」



 私の答えが予想外だったのか、彼女たちは思考停止したみたいに固まった。



「私、リンくんのことが好き。だから話したくて、話しかけてる。彼のこと、そういう風に言うの、やめて欲しいな」



 彼が傷つくのは嫌だ。彼が悪く言われるのは嫌だ。私の好きな人のこと、私より知らないくせに、分かったように言わないで欲しい。



「…………」


「あ、ご、ごめん……」



 私の怒りが伝わったのか、友達の一人が顔を青ざめて謝ってきた。

 私は普段温厚な方だと思う。だからこそ、いつもと違う様子に、やばい空気を察したのだろう。



「リンくんって、すっごく優しくて、笑顔が可愛くて……いい人なんだよ! 私は分かってるから」



 それでも私は言い足りなくて、少し声を荒げた。



「ごめん、カノン…」


「ごめん」


「ごめんなさい…」



 彼女たちは、本当に反省した様子で、全員頭を下げて謝ってきた。悪い子たちじゃないんだ、それは私も分かっている。



「私が許すことじゃないけど……これからは気をつけてね」



 和解できたけど、もしこれ以上何かあったら、本当に縁を切っていたかもしれない。それから彼女たちは一切、リンくんについて悪く言うことはなくなった。











 カノンの話を聞いて、俺はなぜか涙が出てきた。悲しいからじゃない。この涙は…



「ご、ごめん。やっぱり、すぐに止めるべきだった。リンくんが聞いてるとは思わなくて……じゃなくて、聞いていても聞いていなくても。良くないことだった…」



 彼女は苦しそうに顔を歪めた。

 だから、俺はぶんぶんと首を横に振った。



「ちが、違うんだ。……なんか、嬉しくて」


「…え? 嬉しい?」


「うん。俺…他の子にどう思われてもいいけど、カノンちゃんが俺を友達以上には想っていないって知るのが怖かった」


「……」


「でも、やっぱり…俺カノンちゃんを好きになって良かったなって」


「リンくん…」


「カノンちゃんに、ありのままの俺を受け入れてもらえるなら…俺のコンプレックスとか、どうでもいいやって思えて。……あとは、アイ先輩のおかげでもあるかな」



 あの人を褒めるのは、ちょっとだけ悔しいけど。認めざるを得ない。



「アイ先輩?」


「うん、あの人が俺の欲しい言葉をくれて…それで、救われた」


「そっか。アイ先輩ってすごいね」


「うん。でもカノンちゃんもだよ。———本当に…俺、カノンちゃんが好き」


「わ、私も…リンくん、好きだよ」


「へへへ…」


「あ、あのね…」


「?」


「これ言って、嫌わないで欲しいんだけど…」


「え、ならないよ」



 彼女が不安そうな瞳をしていたから、俺は即答した。



「本当はね…ちょっとだけ嬉しいって思っちゃったの」


「…へ?」


「リンくんの魅力に気づけたの、私だけなんだなぁとか。こんな素敵な人のこと、私だけが独り占めできてるんだなぁとか。………性格悪いよね」



 カノンが顔を真っ赤にして、俯いた。

 彼女にもそういう独占欲…みたいなものがあることに人間味を感じて、どうしようもなく愛おしく思った。



「ご、ごめんね。リンくんが嫌なこと言われてたのに、私ちょっとだけでもそういうこと考えちゃって」


「ううん、愛おしいよ」


「!?」



 俺の返しが意外だったのか、カノンは顔を上げて俺と目を合わせたあと、再び顔を真っ赤にして俯いた。

 というか、俺も同じ気持ちだ。


 カノンのような素敵な人が俺の彼女で、独り占めできている。それがどれだけすごいことか。彼女が俺を好きになってくれたことが、どれだけの確率か。奇跡みたいなことだ。


 きっとカノンの魅力に気づいている人はたくさんいるんだろうけれど、彼女が俺を選んでくれたということは紛れもない事実だ。



「俺、なんか幸せすぎて怖いや」



 人に恵まれていると、改めて感じる。この高校を選んだ自分、本当によくやった。



「…まだまだこれからだよ」



 カノンは俺の手を優しく握ると、そう言って微笑んだ。

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