おかえり
52
「お騒がせしました、ごめんね」
文化祭、休み明けの放課後。部室でカイトが頭を下げた。対面には、俺・アイ・リン・カノンが並んで立っている。
「うう、俺はカイト先輩が続けてくれるって決めたなら全然大丈夫です~」
リンは、いつぞやのように涙を流しながら、そう言った。カノンも隣で頷いている。彼女の瞳にも涙が浮かんでいるように見えた。
「………カイト」
文化祭以来、初めての対面。カイトに言いたいことは山ほどあった。アイから結果を聞いていたとはいえ、別に全部がすっきりしたわけじゃないし。
俺が名前を呼ぶと、カイトはそろそろと頭を上げた。申し訳なさそうな表情で下手に出ているカイトは、正直調子が狂う。
でも、一番に言うことは決まっていた。
「——おかえり」
「っ! ……ははっ、レンはバカだなぁ」
カイトは再び俯くと、声を震わせてそう言った。
「おかえり、カイくん!」
俺の隣で立っていたアイも一歩前に出て、カイトにそう声をかけた。
「———うん。……ただいま」
眉を下げて微笑んだカイトは、今まで見たどんな表情よりも大人びて見えた。
「ということで、僕は部活に顔を出せなくなるけど…みんな頑張ってね」
今日はひたすらに雑談をした。他愛もない話を続けて、多分この場にいる全員が、この時間が終わるのを嫌だと思っていた。
でも、カイトの発した言葉に、今度こそ現実味を帯びていく。ただ、今回はしばしのお別れというだけ。寂しくない、大丈夫。そう自分に言い聞かせる。
リンとカノンが、カイトに向けて応援の言葉を言っているのを、傍からぼーっと見つめる。
すると、肩をトントンと叩かれた。
隣を見ると、アイが俺を見上げている。
「…? どうした?」
静かに肩を叩いてくるなんて、珍しいからびっくりする。
「あのさ、この後…ちょっと話したい」
神妙そうな面持ちで、そんなことを言うから、俺の心臓がびくっと跳ねた。
俺の脳内で、様々なパターンの話の内容が駆け巡る。
良いことなのか、悪いことなのか。アイの表情は強張っている感じだから、良いことではないのかもしれない。
「アイ、レン、またね」
脳をフル回転していた俺に、カイトの声が届いた。ぱっと顔を上げると、こちらを向いて微笑むカイトが、部室のドアの前にいた。
「おう、またな」
「カイくん、またね!」
俺もアイも、カイトに笑顔を向けた。多分、カイトには悟られているんだろうが…
「あ、レン。登下校のことだけど、やっぱりいいよね?」
それは、登下校は僕がアイと一緒にいてもいいよね?ということだろうか。別に俺はアイと付き合っているわけでもないし、二人の仲を引き裂きたいわけでもない。そもそも、登下校の話をしてきたのはカイトだし。
「どうぞ、ご勝手に」
ちょっとだけむかついて、冷たい言い方をしてしまった。
でもカイトはそんな俺の心情も察したようで、特に嫌な顔をすることもなく、笑顔で手を振り、部室を出て行った。
「——カイト先輩が安心して帰ってこれるように、頑張りましょうね!」
リンが気合たっぷりの顔で、俺とアイに向かって言う。ただ、グーにした手が微かに震えているのに、俺は気づいた。
だから俺は彼に近づいて、ゆっくりと抱きしめた。リンの不安とか、寂しさを包み込むように。アイもカノンに同じようなことをしていた。
先輩のくせに、できることはこれくらいしか思いつかないけれど。リンにはいつも救われている。
彼は俺の腕の中で静かに鼻をすすり、弱弱しい力で抱きしめ返してくれた。弟がいたら、こんな感じなのかなと思う。
「よし! 明日からまた頑張ろう!」
アイが明るく言ったことによって、リンもカノンも気合を入れ直し、力強く頷いた。
「ってことで、私とレンはちょっとやること残ってるから、二人は先に帰っていいよ~」
「……あ、はい。お疲れ様です」
「お疲れ様、です」
「お疲れ~!」
「お疲れさま」
リンとカノンが部室から出て行くのを見送り、二人の足音が遠ざかっていく音を静かに聞いていた。静かになる部室とは対照的に、俺の心臓の鼓動はどんどんうるさくなっていく。
正直、怖い。アイがどんな話をするのか。
アイが俺に身体を向ける。呼吸の音も伝わってしまいそうで、思わず息を止めそうになった。




