続けて欲しい理由
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学校を出て、ひたすらに走り続けている。
———本当に、私はバカだ。
いつも、助けられているのは私の方なのに。
まとめ役や、諸々の処理はほとんどカイトがやってくれる。突っ走る私を呆れた顔で引きとめてくれるのはレン。リンは思ったことをズバズバ言ってくれるし、カノンは優しくて可愛くて私を慕ってくれていて。
みんながいるから、私がいる。本当に——いい仲間だなぁ。
また涙がこみあげてきたけれど、走る速度を上げて必死に誤魔化す。
カイトに泣き顔を見られるわけにはいかない。彼のせいだと、絶対に思わせたくない。
早く、早く。少しでも早く、カイトのところに。
目的地に着いた私は、目の前の家を見上げた。息を整えながら、インターホンに手を伸ばす。彼の家に行くときにこんなに緊張するのは、きっと後にも先にも今日だけだろう。
ドキドキしながら立っていると、ガチャリとドアが開いた。
「アイ……」
「カイくん、話がある」
「……入って」
カイトが少し微笑んで、私を家に招いた。さっきの今で、正直家に入れてくれるのかすら怪しかったけれど、ひとまず第一関門突破だ。
見慣れた廊下、カイトの後についてリビングに入る。どうやら家には彼しかいないみたいだ。
「座ってていいよ」
カイトに促されて椅子に座る。彼はキッチンに向かって、少しカチャカチャと音を鳴らしたあと、すぐにこちらにやってきた。手には二つのコップ。
「はい、オレンジジュースじゃないけどね」
「もうっ! いつの話してんの! ありがとね!」
コップを受け取りながら思わずツッコむと、カイトがいたずらっぽく笑った。いつも大人な彼の珍しい表情。もしかして空気を和らげるために、わざと言ってくれたのかな?
カイトは私の正面に座った。まだ緊張はしているけれど、少しだけ心が軽くなった気がした。やっぱり、カイトはすごい。
「…それで? 話って? まさか今日来るとは思わなかったよ」
彼の声を耳に流しながら、私は膝の上で拳を握りしめた。さっき、みんなと話したことを思い出す。
(待ってる…)
レンが言ってくれた言葉、嬉しかった。
うん、大丈夫だ。
「あのね。——私……………………寂しかったの」
「……え?」
顔を上げると、カイトが目を見開いていた。
「カイくんがバンドをやめるかもしれないって聞いた時に、一番最初に思ったこと」
「………」
「——私は、寂しかったんだ。カイくんがあっさりとバンドをやめられるのかと思ったことも、何も言わずにやめようとしてたことも。——全部、全部寂しかった。それで相談すらされない自分自身に腹が立って。カイくんに八つ当たりして」
「………」
「やめないで欲しいって、思ったよ。————それはね、」
私がカイトと一緒に音楽を続けたい理由。それは——
「楽しい、から」
「っ—————」
「カイくんと、演奏するのすごく楽しい。—————もちろん、カイくんの言う通り、他にもドラムできる人はいる。でも、誰もカイくんには勝てない。こんなに楽しいって思えるのは、カイくんがいるから」
「アイ…」
「もっと、一緒に音楽してたいよ。これで終わりなんて———嫌だ」
「————それが、アイが僕に続けて欲しい理由?」
「うん、ごめん。結局感情論だけど……」
カイトの反応を見るのが怖くて、顔があげられない。どんな気持ちで、今私の言葉を聞いているのか。
やっぱり、こんな理由じゃ……
ぎゅっと目をつむると、今までの思い出が一気に流れてきた。
初めてカイトがドラムをたたいて、それに合わせて歌ったこと。レンと一緒に三人で演奏したこと。そして、今日の演奏…
「……部活は、やめる」
「っ…」
少しの沈黙のあと、彼の声が聞こえた。ゆっくり顔を上げると、困ったように微笑むカイトの顔が見えた。
「でも、音楽は……まだ続けてみようかな」
「! ……本当に?」
「あーあ、やっぱり僕って、アイに弱いよなぁ」
「カイくん……。む、無理してない?」
私に同情して、音楽を続けるつもりなら、それは嫌だ。だからといって、カイトが音楽をやめるのも、どうしても嫌だけど。
「前に言ったよね。僕は存外優しいやつってわけじゃない。
アイ。僕はね、正直君に振り回されている自覚はあるよ(笑)。
でも、いつだって最終的に決めているのは僕で、僕はそれを後悔したことなんて一度もないし、無理したことなんて……一回もないんだよ」
いつも優しくて、気が遣えて、私の自由な行動にも笑ってついてきてくれる。そんな彼。
私はまた、涙が込み上げてきた。
「っ………………あ、ありがとう。カイくん」
「……うん」
「いつも、ありがとう。———あの時、一緒に音楽始めてくれて…ありがとう」
「………うん」
「………」
「——ま、具体的な問題は解決してないけどね!」
しんみりとした空気の中、カイトが立ちあがって明るく言った。
「…へ?」
「将来のこととか、お金のこととか……悩んでたのは嘘じゃないし」
「………」
確かにそう。
カイトの悩みは現実的で、最もだ。そういうことまでは、考えられていなかった。ただ、カイトを引き止めるのに必死だったのだ。
「——それは、追々ってことで」
彼は私を見て、ニコッと笑った。その笑顔が、いつもとちょっとだけ違って見えた気がした。
「あと、アイは他にも考えなきゃいけないことあるでしょ?」
「え…? 何?」
何かあっただろうか。必死に脳を回転させる。
「レンのこと」
「っっ!!」
すっかり忘れていた。
あの時レンは、文化祭を成功させたいから、私にいつも通りに戻って欲しいと言っていた。それはつまり、文化祭が終わった今、再びレンからのアピールが始まるということ…?
また新たに考えないといけない問題が出てきて、私は頭を抱えた。さっきようやくすっきりしたと思っていたのに…
「ふふ。僕はレンとアイ、お似合いだと思ってるよ」
「!」
カイトはすっかり、いつもの意地悪な笑顔に戻っていた。こういう時の彼は、質が悪い。
それが嬉しくも、恥ずかしくもあった。




