亀裂
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大声で叫んだアイに、僕はぽかんとした顔を向けたまま固まってしまった。
思考停止。一瞬何が起こったのか、分からなかった。
「カイくん、本気でそう思ってるの?」
「……え?」
すぐに頭を切り替え彼女を見ると、目に涙をためながら僕を睨んでいた。アイのこんな表情を今までみたことがあっただろうか…。
彼女は感情的な性格ではあるが、それは一部に限られたことだ。例えば『喜怒哀楽』で言えば、『喜』と『楽』の感情は常日頃持ち合わせているものの、『怒』と『哀』の感情を出すことはほとんどない。
子供らしいかと思えば、やけに慎重なところもあったりする。
だから、目の前で怒と哀の感情をあらわにしているアイは、とても新鮮に見えた。
「カイくんの代わりなんて、どこにもいるわけないでしょうが!」
「アイ…」
「………私、いつもカイくんのこと頼ってる。確かにそれは認める! 迷惑かけてごめんね!」
「ちが…」
違う。迷惑なんて思ったことない。僕が勝手にアイの面倒を見た気になっていただけだ。そんな顔をさせたくて、今までそばにいたわけじゃないのに。
「…カイくんは、本気でやめたいと思ってるの!?」
「………」
レンも、アイも真っ直ぐだ。僕を真っ直ぐ見てくる。僕の隠された本心を無理やり引き出されそうな気がして、だから嫌なんだ。
「カイくんにとって、私なんか頼りにならないかもしれないけどさ。…力になりたいんだよ。……うう、悔しい」
手の甲を鼻の辺りにあてて、涙声で僕に訴えかけてくる。
すぐに、否定できればいいのに。いつもの僕ならそれができているのに、どうして今はこう言葉が出てこないんだろう。
「何で、何も言ってくれないの?」
縋るように言うアイを見て、何も思わないわけじゃない。でも、何も言えない。
「……分かった。じゃあ私もやめる」
否定も肯定もしない僕に痺れを切らしたのか、アイははっきりとそう言った。
「………」
「カイくんがやめるなら、私もやめるから! レンも、リンだって、カイくんがいないならバンド続けないと思うよ!」
普段なら嬉しいと思う言葉でも、今は無性に腹が立ってしまった。
ああ、本当に。最近の僕はおかしい。
「…そうやって言えば、僕が続けると思った?」
「っ!」
僕は真っ直ぐに彼女を見据えた。アイが目を見開く。その瞳からは、もう涙は流れていなかった。
僕は大きくため息をつくと、言葉を続けた。
「僕は今まで、アイが喜ぶならって色々と見守ってきた。我がままも、可愛いなと思って聞いてた。でも……甘やかしすぎた、かな」
「…………」
アイの眉が段々と下がっていくのが分かる。
傷つけてしまう。分かっているのに、さっきまでが嘘のように言葉が出てくる。
「僕がやめるなら、みんなもやめる? アイの夢ってその程度なの? そうやって脅せば、いつもみたいに僕が許すと思った?」
「ちが…」
「アイは、自分の言ってることの重大さをちゃんと理解してる? 大げさに言えば、みんなの将来を背負ってるんだよ。比べて、さっきのはただの感情論だ。アイはどうして、僕にいて欲しいと思うのか、もっときちんと考えたほうがいいと思う」
そしてあわよくば、もっと僕のことを考える時間が増えればいい。
「………」
彼女は何も言い返せず、ただその場に立ち尽くした。絶望的な表情を張りつけて。
僕も胸が痛くなるのを感じたが、それを見て見ぬふりして立ち上がると、アイの横を淡々と通り過ぎた。
二人の間に冷たい風が吹き抜けた、気がした。




