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言い訳

 俺が話し終えると、アイは視線を泳がせて、何かを考えていた。


(幻滅されたかな)


「えっと……レンは、頑張ったね」


 つぶやいたアイのその言葉に俺の目頭が熱くなった。

 それはずっと言ってほしかった言葉。ずっと母に言ってほしかった言葉だった。どれだけ勉強を頑張っても、テストでいい点をとっても、認めてもらえない。ただ、母に一言、頑張ったねと言ってほしかっただけなのに。


「……何でっ、何でアイがそれを言うんだよ…」


 目から零れ落ちた雫を手で隠しながら、鼻声で言った。

 昔、一度だけ会った女の子。でも俺の中で決して消えてはくれない、忘れることのできなかった目の前の女の子が、俺の心を溶かした。


「レン…」


 アイの手がゆっくり俺の頬に伸びてくる。泣くのなんていつぶりだろう。きっとあの時、ピアノを捨てられた時以来だ。

 自分の泣き顔なんて人に見られたくない、恥ずかしいのに、俺は自然と覆っていた手を外し、アイの手のぬくもりを静かに受け入れた。まるで小さな子供のように。二人は視線を交わして、しばらく見つめあった。


「…俺、間違ってないよな?」


 俺の震える声にアイが反応する。視界はぼやけていて、アイがどんな表情をしているかは分からない。けれど、縋るように言葉を続けた。


「間違ってない…よな」


 自分の今までの行動を、生き方を否定されたくはなかった。全部が無駄だと、間違っていたとは思いたくなかった。

 だって、そう思ってしまったら終わりだ。今までの自分は何だったのか、自分の存在意義さえ見失ってしまうようだった。


「間違ってない!」


 アイはきっぱりと言い切って、両手で俺の両頬を包み込んだ。優しく、けれど頼もしいアイの両手は俺の涙をさらに助長させた。


(ああ、どんな言い訳をしよう)


 アイのぬくもりを感じながら、俺はこれから自分がすることについて、母への言い訳を考えていた。


 しばらくして、涙が止まってくると俺は冷静さを取り戻していった。そして、包まれていたアイの手の間をすり抜けて、そっぽを向いた。


「照れちゃったの?」


 アイが面白おかしく俺の顔を後ろから覗き込む。すっかりいつも通りのアイだ。


「うるさい…」


 こちらもいつも通り返そうとするが、顔が赤くなっているため示しがつかない。

 アイは拍子抜けしたようにぽかんと口を開けたと思うと、次の瞬間大きな声で笑い出した。

 さっきまで二人で深刻そうな話をしていたはずなのに変な感じだ。だけど、これがアイだと思うとひどく安心したし、アイが笑い飛ばしてくれたおかげですっかり気持ちが落ち着いた。


「じゃあ帰ろっか!」


 アイは爽やかな声でそう言うと、くるりと後ろを向いて歩き出した。


「…やる」


 歩き出した後ろ姿に俺は声をかけた。アイの肩が少し上がり、こちらを振り向く。


「え…?」


「バンド、やる」


「うそ……うそ!ほんとに⁉…やったー‼」


 アイが歩き出していた足を再び俺に向け、こちらに向かって勢いよく抱きついてきた。


「敵わないな……本当に」


 アイの耳元でそうつぶやいたが、聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、彼女は何も言わずに俺の腕の中で、ふふふとほほ笑んでいた。

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