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見覚えのある彼女

43

 思わず、あの場から逃げ出してしまった。


 演奏はもちろん楽しかった。今までで一番いい出来だったし、後悔はない。

 だからこそ、僕はどうしようもない気持ちになるのだ。


(どうして、こんなところにいるんだろうな…)


 校舎裏の、人気のない場所。日陰でひんやりとしたそこで、僕は一人座っていた。


 楽しいと思うたびに、その後のことを考えて苦しくなる。

 いい出来だと自覚するほど、僕は悔いなくあそこを去ることができる。

 この時間が永遠に続けばいいのに。でも終わってしまう。この楽しい時間が、ここで終わってしまう。

 自分で決めたことのはずなのに、こんな僕に嫌気がさす。

 こんな顔で、みんなと話せるわけがない。


 だから、飛び出した。一番にステージ袖にはけ、そして早々とその場を後にした。






「カイト先輩!!」


 こんなところ、人が来るわけないと思っていたのに。叫ばれたその声に、心臓が飛び出そうになった。


「あ……」


 はあはあと言いながら、仁王立ちで僕を見下ろす彼女に、見覚えがあった。

 そう、僕の記憶に刻まれた彼女。その名は…


「メイコ…ちゃん」


「わ、わわ…名前覚えてくれていたんですねっ」


 僕が名前を呼ぶと、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにもじもじした。


「どうしたの…? こんなところで」


 僕は、いつものように笑顔が作れずに、少し目線をそらしてそう聞いた。


「あの…カイト先輩とお話したくて、後を…つけていました…」


 この子は本当に、正直というかなんというか…

 告白をしてきた時も、他の人とは異質な感じがしていた。それが彼女の狙いなら、見事に成功しているが、多分これは素だと思う。


「そっか。僕に何の話?」


 出来るだけ優しくそう返した。一度振っている相手だけど、そんなに気まずさはなかった。メイコが普通に話しかけてきたからだろう。


 彼女に告白されたのは初夏だから、少し時間が空いているか。断っても諦めないと言っていたけれど、その後メイコが今日まで姿を見せることはなかった。


「ステージ、見ました! すごく…かっこよかったです!!」


 メイコは興奮気味にそう言うと、僕に目線を合わせるためにしゃがみこんだ。


「ありがとう。それ言うために、わざわざ?」


「あ、いやその……」


「?」


 僕は結構人の心に敏感だと思う。メイコがこれから何を言うのか、予想できてしまった。


「好きです! やっぱり、カイト先輩が好きだなって思いました!」


 やっぱり…。


「僕は…」


「以前告白した時、先輩言ってましたよね。一目惚れなら尚更…本当の僕を知ったらがっかりするよって」


「………うん」


 確かにそう言った。

 メイコが僕に告白してきた時、一目惚れしたのだと言っていたから。新入生歓迎会で、演奏した時らしい。

 ステージで演奏している姿は、いつもよりもかっこよく見えるというものだろう。それに、僕はみんなが思っているような人じゃない。周りが持ち上げすぎているのだ。

 だから、告白してくれる子にはそうつけ加えてお断りすることにしている。

 メイコも例外ではない。


「私、そう言われて…先輩を観察することにしたんです!」


「……ん?」


 思わぬ告白に、僕は驚いた。


「それで観察しているうちに、どんどん好きが積もっていって。がっかりしなかったし、やっぱり好きだなぁって思ったんです!」


 堂々とそう告げる彼女に、僕はいつの間にか目が離せなくなっていた。

 それほどに熱量を感じたから。僕のあの発言をそう捉えたのかと、少し面白かった。

 でも…


「それは、表の僕だよ。メイコちゃんは……本当の僕を見たわけじゃない」


「………」


「だから、君の告白を受けることはできない。…ごめんね」


「……がう」


「え?」



「違いますよね? はっきり、言ってください。……好きな人がいるからって…」



「!」


 どうして…。気づかれていたのか。

 僕がアイを見つめる眼差しは、兄としてのものであるように気をつけてきた。部活のメンバー以外は、僕の視線の本当の意味に気がつかないはずだったのに。


「……観察、ちゃんとしたんだね」


 僕の発言に、彼女は俯いた。僕よりも、ダメージを受けている顔で。



「カイト先輩が、何を考えているのか…私には分かりません。あの人に比べたらまだまだです。………でも、先輩の近くにいたいんです。ごめんなさい、困らせて」



 そう言って顔を上げたメイコの瞳は揺れていて、水分で光っていた。

 ああ、この子は…真っ直ぐに僕を見つめるなぁ。

 メイコと目が合って、なぜか僕も無性に泣きたくなってしまった。




「カイくんっ!!」


 そんな僕の涙を、透き通った声がひっこめた。

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