理由
32
数年後、私はカイトと同じ高校に入学した。
入学式の日、カイトの姿を探して、キョロキョロしていた私の目に、一人の男子が映りこんだ。
(レンだ……)
すぐに彼だと分かった。でも、それと同時にカイトを見つけ、その場は話しかけられずに終わった。彼も、私に気づいているのかよく分からない様子で、そそくさと校舎に入っていった。
入学式の新入生代表スピーチを、レンがしていた。見た目通りの成績優秀な生徒だなと思って、少し面白かった。
でも、あの日会ったレンとは同じようで、別人だと思った。
何だか…楽しくなさそう。
教室に入ると、たくさんの人に話しかけられた。そのほとんどはカイトについてだった。
それに適当に答えながら、視線をさまよわせる。すぐに彼を見つけた。
レンは何人かの人に話しかけられていたけれど、ヘッドフォンで塞いで、他人と関わろうとはしていなかった。
放課後、カイトが教室に迎えに来てくれたけれど、私はレンのことが気になってしまって、ずっと彼を目で追っていた。
すると彼はいきなり教室を飛び出し、どこか、昇降口とは違った方向に行こうとしていた。それに気づいた私は、カイトに断りを入れ、必死に彼を追いかけていた。
途中見失いそうになりながら着いた場所。その教室には、一台のピアノが置いてあった。
静かな廊下、私は教室のドアの前で息を潜めた。
ポーンという心地よい音が静かな部屋に響き渡り、余韻を残しながら消えていく。
しばらくすると、流れるようなピアノの音色が聞こえてきた。それは、あの日のレンの印象そのものの、優しくて綺麗な音色だった。それにこの曲を、私は知っている。
曲が中盤に差し掛かった時、レンのピアノの音色に重ねて、歌声を響かせた。レンのピアノの音色が一瞬乱れたような気がしたけれど、すぐに持ち直し、最後まで弾ききった。
レンが静かにドアの方に視線を向ける。真っ直ぐに視線がぶつかる。
「久しぶり、レン」
「アイ…」
私がそう声をかけると、レンは私を見つめながら、ポツリと言った。
私を覚えてくれていたことが、まず嬉しい。
「ピアノ、上手だね」
「……」
そう褒めると、レンは複雑な表情になった。
下を向いたレンに近づく。間近に彼を見つめていると、顔を上げたレンと目が合った。
「は!?」
彼はびっくりしていて、多分今日一大きい声で叫んでいる。そして、私は私で息を上げ、目を見開いてレンを見つめて言った。
「あのさ、私この学校で軽音部を作ろうと思ってるの! レン、一緒にバンド、やろう!」
「っ、ごめん、無理」
即答されてしまった。何となくそんな雰囲気も感じてはいたけれど、ここまでばっさり断られるとは思っていなかった。
「ええええええええええ!?」
これがレンと私の再会だ。今思い出しても笑っちゃう。
「レン、おはよ! 軽音部、入ってくれるよね?」
「……」
高校に入学してから早一週間。あれから、私は毎日レンに付きまとって部活に勧誘している。レンも最初はちゃんと断っていたのに、私が全く諦める様子がないので、今ではもう無視されている。
「レーンー!」
レンの肩を掴んで左右に揺らす。
「アイちゃん、もうやめなよ。なんでそんなにその人にこだわるの?」
私のそばにいた女子が声を上げた。周りも同調している。レンは、いつの間にか教室を飛び出してしまっていた。
「私が、レンじゃなきゃダメなんだ。諦めないよ!」
声を上げた女子にそう言い放ち、私は彼の後を追いかけて教室を飛び出した。
外のベンチにレンが座っているのを見つけ、すぐに近寄る。
「レン」
「わあ!?」
レンは、とても驚いた顔で私を見ていた。
「…何?」
レンをじっと見つめた私に耐えきれずに、彼が訝しげに問いかけてくる。
「あのさ、放課後空いてる?」
「いや…」
そう言いかけたけれど、何を思ったのか、少し悶えてから
「まあ、空いてる…けど」
と言った。
「やった!! じゃあ寄り道ね!」
了承してくれたことが嬉しくて、顔を近づけてそう言い放った。
「レン、行こ!」
帰りのホームルームが終わったと同時に、レンのもとへかけて手を掴み、教室を飛び出した。私たちを追いかけてくる人はいなかった。
レンは素直に私に手を引かれている。私は一つの大きな建物に入った。
それは高校の近くにある商業施設だ。中に入ると、制服を着た学生や、子供連れの親子、老人夫婦など様々な人がいた。
その人達の間を通り抜けて、私はどんどん進んでいく。エスカレーターに乗って着いた先が目的地。そう、楽器屋だ。
「レン…」
無事にたどり着き、振り返った私に、レンはこう言い放った。
「帰る」
踵を返して、エスカレーターへと急ぐ。
「ま、待って待って。レン!」
私は慌てて、レンの手を掴んだ。このまま帰られたら意味がない。
「何で、何でこんなとこ連れてくるんだよ」
冷たく言い放ったレンの声に、私は少しだけひるんだ。
「……」
「何だよ! なんで俺なんだよ! しつこいんだよ!」
そう叫ぶレンに、周りも何事かと視線を集めてくる。
「あ、とりあえず、こっち」
私は焦ったようにレンの手を引いて、外に出た。これでひとまず大丈夫だろう。
「アイ…」
レンが何かを言おうとしていたけれど、それを私は遮った。
「ごめん…。レンが何か悩みを抱えてること、分かってた。分かってたのに。あんなことして、自分勝手だった。本当にごめん」
反省している。レンの気持ちを軽く捉えていたわけではないけれど、こうなることも容易に想像できたはずだ。そのことに関して、謝罪しなければならない。
「俺こそ、かっとなって。ごめん」
「ううん」
それからしばらく二人は黙ったまま向かい合った。
「あのさ、」
レンが、何か考えるように、私に話しかけてきた。彼の話に耳を傾ける。
「どうして、俺なの?」
短い問いに、疑問がよぎる。どうして、今更そんなことを聞くんだろう。
「忘れちゃった? 初めて会った日に約束したこと」
私は、少し寂しく笑った。
「それだけじゃない。入学式の日、私すぐにレンに気づいた。それであの日ピアノを弾いているレンを見て確信した。ああ、レンもまだピアノを弾くことが大好きなんだって」
素直にそう伝えた。レンは、やってしまったみたいな罪悪感を持った顔で、私を見る。
「……」
「でも、弾き終わった後、レンは複雑そうな顔をしてた。だから、何かあったんだろうって。私、馬鹿だけど察するのは得意なんだ~」
自虐っぽく言ってみる。
「それでも、私は一度決めたことは達成するまで諦めない性格なの!だから、レンのこと諦められなかった。元々、軽音部は作るつもりだったよ。そこにレンがいたらもっと最高、もっといいものになる。そう思ったから誘った。私と一緒にバンドを、やってほしいの。他の誰でもない、レンとやりたいんだよ」
本心だ。嘘だとは思われたくなかったから、真剣にレンを見つめながら言った。
「ありがとう。アイのその気持ちは嬉しい、すごく」
レンは、自分の手で自分の腕をつかむ。
「じゃあ…」
その言葉に少しだけ期待を持った眼差しでレンを見る。しかし、
「でもごめん。ダメなんだ。ピアノを、弾くことはできない」
レンの答えはやはりダメだった。
「………どうして?」
だから、私は彼に探るように尋ねた。レンは優しく微笑んで、自分の話をし始めた。




