本能
27
合宿三日目の朝。今日も早くに目が覚めてしまった。と言っても昨日よりは遅い、七時前だ。
明日帰ると思うと、あっという間だなと感じる。練習もたくさんしているけれど、それ以外のことも考えることがあって、俺の頭はパンクしそうだ。
布団から出ると、カイトがいないことに気づいた。
(こんな早くに…どこか行ったのか?)
喉が渇いたので水を飲もうと立ち上がり、リビングに向かう。もしかしたら、カイトやカノンが起きているかもしれない。そう思ったが、どちらもリビングにはいなかった。
別に、カイトがどこで何をしていようと俺には関係のないことだが、どうしてか胸がざわざわする。
「レン」
水を飲んでいたら、声をかけられた。リビングの入口にカイトが立っている。
「カイト、おはよう」
「おはよう」
朝だからテンションが低いのか、表情がいつもより硬い気がする。しかし、そうではなかったようだ。
「……僕、アイに告白した」
「…は!?」
突然の報告に驚きが止まらない。まだ目覚めたばかりで頭もさえていないのに。
(ていうか、いつしたんだ?)
色々な疑問が俺の頭をよぎる。
「ついさっき告白したよ。…嘘だと思うなら、海に行ってみなよ」
俺の疑問を察したカイトがそう答える。
「………何で」
「僕もレンの話を聞いて、取られたくないなって思ったから。レンは? 僕にこのまま…」
カイトの問いを最後まで聞かずに俺は飛び出していた。
朝が早いからか、海が近いからか、走る俺の顔に涼しい風がぶつかってくる。
カイトには勝てる気がしないと思ったのは本当だ。でも、誰かがアイと付き合うなんて考えたくもない。誰にも渡したくない。
自分の気持ちがこんなに身勝手で重いものだったなんて、知らなかった。
本能で彼女が好きだと言っている。
もうカイトは告白したと言っていたのに、早くしないといけないという謎の焦燥感に駆られ、俺の足は止まらない。
自然を抜け砂浜に出ると、長い黒髪をなびかせる彼女がいた。道路に車は通っているが、人の姿はなかった。
再会した時の彼女と重なって見える。あの日から、彼女に惹かれてやまない。
「アイっ!」
少し遠くから彼女の名前を呼ぶと、綺麗な黒髪をひるがえし、こちらを振り向いた。
「レン…?」
運動不足のせいで、少し走っただけなのに息が上がっていて止まらない。緊張も合わさって、鼓動がうるさく響いている。
立ち止まって呼吸を整えている俺に、彼女の方が近寄ってきてくれる。
「おはよ、レン」
「…おは、よう」
はあはあ言いながら、挨拶を交わす。
彼女の表情から、何を考えているのか分からない。カイトにもう返事をしたのか、二人は付き合い始めたのだろうか。
分からない。…もう今更伝えても手遅れかもしれない。
でも、俺のこの気持ちが消えるわけじゃない。
「アイ、聞いてほしいことがある」
ようやく呼吸が落ち着いた俺は、彼女を真っ直ぐ見つめてそう言った。
「……何?」
アイは首を傾けて微笑む。
「俺、アイが好きだ」
アイは多分、恋愛ごとに関してひどく鈍感だ。だからはっきりと、直球でそう言った。しかし、
「私もレン、好きだよ。どしたの? 急に」
びっくりするくらい伝わらなかった。どんだけ鈍いんだよ。
もしかして、恋愛的に好かれるという発想が彼女の中にはないのだろうか。
全く意識されていないというモヤモヤする気持ちもあったが、彼女らしいとも思った。だから、少し声を出して笑うと、アイは不思議そうに首を傾げた。
「違う。……恋愛的な意味で、アイが好き」
「…………へ?」
思考停止したかのように固まったアイが、突然間抜けな声とともに顔を真っ赤に染めた。
俺でも、彼女をこんな表情にさせることができると嬉しく思った。だからここぞとばかりに、
「俺はアイを誰にも渡したくないし、俺だけのものにしたい」
と付け加えた。
「……ま、待って待って。全然、分かんない」
アイが頭を抱える。耳まで真っ赤で、とても可愛い。
ここまで動揺するアイを見るのは初めてだ。いつも振り回されている分、今は俺がアイを振り回しているという事実に自然と口角が上がる。
「俺の…本当の気持ち伝えて嫌われるのは嫌だけど、気持ち伝えないまま他の人の所に行かれるのはもっと嫌だ。……アイが好きだ。どこにもいかないで、ずっと俺のそばにいてほしい」
「っ————」
勘弁してとでも言いたげな様子で顔を覆うアイ。
「……れ、レンの気持ちは伝わった…よ。でもちょっとだけ考えてもいい?」
そこで冷静になった俺は、カイトのことを思い出した。アイがこう返事をするということは、カイトとは付き合ってはいないということだ。というか、俺が告白した時のアイの反応…もしかして……
「アイ、今日、俺の前に誰かと話した?」
「…? ううん。………そういえば、カイくんに今日の朝七時にここに来て欲しいって頼まれたんだよね。何か話があったと思うんだけど…」
「………」
騙された。カイトは告白なんかしていない、俺をたきつけるためにわざとそう言ったのだ。
どうして…?
「…レン?」
「あ……えっと、返事待ってる。急がなくていいから。…でも覚悟して、これからは堂々といくから」
不思議そうに俺を見るアイに、そう告げた。
もう気持ちを隠さなくていいなら、これからはアイにアピールすることができる。心の枷が外れた気がした。
「うん…」
アイは恥ずかしそうに小さく頷いた。




