答え
25
「レン、おはよ」
「カイト、おはよう…」
合宿二日目。昨日は結局、一、二回だけ合わせをして、練習は終了した。
夜ご飯の時間になると、カサネ先生も様子を見に来て、先生が買ってきてくれた材料でみんなで料理を作った。これが中々楽しかった。
俺とカイトとリンが同じ部屋で、アイとカノンはそれぞれ一人の部屋で寝た。元々カノンの家の別荘だから、カノンが一部屋使うことに誰も文句はないし、俺もカイトもリンも同じ部屋で大丈夫ということになったので、アイが一部屋使っている。
俺が目覚めた時、すでにカイトも起きていて、窓の外から海を眺めていた。リンはまだ眠っている。この別荘は、部屋からでも海が見れる絶景の場所だ。
部屋も広いし、三人で寝ても全然余裕がある。改めて、カノンの家の凄さを思い知った。この様子じゃ実家とかは、もっとやばいんだろう。
「早起きだね、まだ六時だよ」
「それ言うならカイトもだろ」
リンがまだ寝ているから、俺たちは少し小さめの声で話をする。
「……昨日の、考えた?」
「………」
カイトが外を眺めながら、俺に聞いた。少しだけ、空気が重くなる。
「…………俺は、アイが好きだ。…取られたくないし、アイの笑顔を一番近くで見るのは俺がいい。カイトが、ライバルでも…負けたくない」
「そっか」
俺の本音を聞いて、カイトは満足そうな顔で微笑んだ。まるで兄のように…
その後、俺とカイトがリビングに行くと、甘い香りがした。カノンが、キッチンでボウルをかき混ぜているのが見えた。
「あ、おはようございます」
俺たちに気づいたカノンが頭を下げる。
「おはよう、カノン。早起きだね」
カイトがカノンに話しかける。
まだ朝の六時半だが、カノンはもうばっちり準備を済ませていた。まあ、リンもいるから当然か。
「お二人も早いですね。私は何だか目が覚めてしまって……。あ、パンケーキでも作ろうと思っていたんですけど、どうですか?」
「いいね、僕たちも手伝うよ。ね、レン」
「ああ、もちろん」
「え…ありがとうございます。じゃあ、フルーツ切ってもらってもいいですか?」
俺はあまり料理をしたことがない。逆にカイトはとても手際がいい。彼には欠点がないのだろうか、そう思ったけれど、一つだけ思いついた。
カノンも見たところ料理ができそうだし、俺も二人を見習わなければと思った。
帰ったら母に料理でも教えてもらおう。もっと母の手伝いをしようと、フルーツを切りながら考えていた。
「……あの、リンくんまだ寝てますよね」
六人分のパンケーキを無事に作り終え(ほとんどカノンが作った)、机の上に並べていた時カノンがつぶやいた。
「せっかくだから起こして来たら? ごめんね、本当は一緒の部屋が良かったよね」
カイトが気をきかせてそう言う。すると彼女は顔を真っ赤にして、首を横に振った。
「いえ、とんでもないです! ………でも寝顔気になるので、ちょっと行ってきますね…」
小さな声でぽつぽつと話し終えると、彼女はリビングから出て行った。
「レンも、アイのこと起こしに行って」
「は!?」
カイトが俺を見る。
何を当たり前のように言ってるんだ。そもそも俺とカイトはライバルなのに、余裕そうでむかつく。
「別に、僕はアイの寝顔見たことあるから、レンに譲ってあげようかな~って思っただけだよ? 七時にカサネ先生も来るって言ってたし、僕は先生を迎えるよ。それとも、僕が起こしに行っていいの?」
煽るように俺を見て笑うカイト。本心を言っているのか、分からなかった。でも、彼がアイの寝顔を何度も見たことがあるというのは、容易に想像できたはずなのに、俺はそれにひどく嫉妬している。
「俺が、行く」
そう大人気なく言いきって、カイトを見ずにリビングを出た。
アイの部屋の前まで来た俺は、ごくりと息を飲んだ。アイが、このドアの向こうで眠っている。何だか妙に緊張してきた。
俺は深呼吸をして、そーっと扉を開けた。
「………アイ?」
小さな声で名前を呼んでみる。もちろん返事はない。
部屋の中は、俺たちの部屋より少し狭いが、一人部屋にしては広い。そして、大きなベッドが一つ置いてある。
足音を立てないように、忍び足でベッドに近づく。何か、いけないことをしているみたいで恥ずかしい。
呼吸するのも忘れてベッドから覗き込むと、彼女の顔が見えた。
(かわいい……)
いつも明るい、大きな声を発する口も、今は静かに閉じられている。
まるで人形のようだ。アイはしゃべらなければ、ただただすっごい美少女なのだ。
静かなアイは久しぶりに見た気がする。無意識に、顔が彼女に近づいていく。まるで吸い寄せられるように…
「ん……」
すると彼女が目に力を込め、声をあげたので、すぐに後ずさった。
(何してんだ…俺!)
自分のしたことを思い出し、一人で恥ずかしくなる。というか、本来の目的を忘れるところだった。
「アイ、アイ起きて」
布団越しに、アイの身体を揺らす。
「うーん」
アイは布団の中でモゾモゾと動いて声を出したけれど、起きる気配はない。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、
「レ…ン……」
微かにそう聞こえてきた。驚いて、彼女の方を見るが、目を閉じたままぐっすりと眠っている。
(寝言…)
このままこの部屋にいたら、俺の心臓がもたない。だから、俺は部屋を出ることにした。アイのことも起こせそうにないし、しょうがない。
部屋を出て階段を降り、リビングに戻ると、すでにアイ以外のメンバーは椅子に座っていた。
「レン、おはよう!」
「おはようございます」
カサネ先生に声をかけられる。朝だと言うのに、元気な声だ。ジャージを着たまま、ホテルからこちらに来たのだろう。先生らしい。
「リン、おはよう」
カサネ先生の隣の椅子を引いて、目の前に座っているリンに声をかけた。リンの隣には、もちろんカノンが座っている。
「お…おはようございます」
リンはどこかよそよそしい態度で、俺に挨拶をした。それを少し不思議に思ったけれど、寝起きだからいつもと違うのかな、などと思うことにした。
「レン、アイは?」
カイトはリンの隣に座っていて、頬杖をついて俺に話しかけてきた。
「起きなそうだったから、諦めた」
「そっか」
どこまで分かって言っているのか、俺の言葉にそう笑うと
「じゃあ、食べちゃおうか」
と全体に向かって言った。
「出来立てではないですけど…」
カノンがそう付け加えた。だが、冷めてもとても美味しそうだ。乾燥しないようにラップがかかっている。
「「「「「いただきます」」」」」
五人で手を合わせ、パンケーキを口に運んだ。
「美味しい!」
リンがまず声を上げた。その言葉を聞いて、カノンはほっと胸を撫でおろしていた。
「うん、美味しいね」
「美味しい」
「美味しいな!」
カイト、俺、先生もそれぞれ感嘆の声をもらす。自分の切ったフルーツが歪に見えて恥ずかしかったが、味は美味しい。切っただけだから、不味くしようがないというのは言わないでくれ。
「先生、材料ありがとうございました」
「気にするな! こんなに美味しいものが食べられるんだからな」
カノンの言葉に、先生がそう返す。彼女は照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
パンケーキを食べ終え、談笑していた俺たち。時刻は八時だが、まだアイは起きてこない。
「アイって、休みの日すっごい寝るんだよね」
お皿洗いをしていた俺に、カイトが声をかける。家事は当番制で回している。今日の朝のお皿洗いは俺の担当だった。
「へえ」
「中々起きなかったでしょ?」
マウントのように話してくる。俺は本当に心が狭い。アイの…彼女の全てを俺だけが知っていたいとか…そんな風に思ってしまうなんて。
「まあ、気持ちよさそうに寝てたから無理に起こすのもあれかなって」
「そうだね」
「あの~この後ってどうします?」
リンとカノンが、おずおずと俺たちの方に近づいてくる。俺は一度水を止め、顔を上げて二人の方を見た。
「う~ん、アイが起きるまで三人で練習進めようか。歌抜きで合わせるのも、いい練習になりそうだし」
カイトがそう提案する。俺もリンも反論はない。
「じゃあ、私はカサネ先生と買い出しに行ってきますね」
三人でカノンと先生を送り出し、防音室に向かった。
防音室はかなり広かった。別荘でこれとは、さすがとしか言いようがない。
中にはグランドピアノが一つ置いてあり、使用許可をもらっていたので、レンはこのピアノを使わせてもらっている。ドラムはないので、学校で借りているものを車で運んだ。
ギターはリンの、ベースはリンの兄のを持ってきたそうだ。
楽器は昨日使ったまま置いていたので、少し調整したらすぐに演奏できる。
「じゃあ、とりあえず二曲とも通して合わせてみよっか」
それぞれ調整や軽い練習をした後、カイトが提案した。それに二人とも頷く。
俺たちは今回も、トリに二曲演奏させてもらうことになっている。四人でよく話し合って、曲を厳選した。
リンは元々とても上手いのだが、本人は自分の演奏に納得しておらず、部活に加えて家でもかなり練習しているらしい。さらに腕に磨きをかけている。
アイだって、ギターを始めてまだ数か月だと言うのに、もう普通に弾けるくらいにはなっている。ピアノ以外の楽器のことはよく分からないけれど、演奏を合わせた時不快になる音じゃなければ、普通に上手いのだと思っている。
どんどんバンドとしてのレベルが上がっていくのにつれて、俺の焦りも増していく。俺もリンと同様、自分の演奏に納得がいっていない。
良くないことだと分かっていても、演奏中にそんなことばかり考えてしまって、中々身が入らない。
何度か三人で合わせていたら、あっという間に時刻は十時を回っていた。
「レn…」
「おっはよ~!」
アイが、元気な声と共に防音室に入ってくる。
「おはようございます」
「もう十時だけどな」
リンが挨拶を返した後、俺はアイにツッコんだ。
「いや~よく眠れました!」
寝起きとは思えないほど元気だ。だが髪には寝ぐせがついているし、いつもよりは瞼が開いていないような気もする。
「おはよう、アイ。リビングにパンケーキあるよ」
「え、ほんと!? やった~!」
カイトが声をかけると、嬉しそうに防音室から出て行った。俺は慌ててアイの後を追いかけた。
「あの…カイト先輩……」
「しーー」
「っ………」




