勧誘
2
「レン、おはよ!軽音部、入ってくれるよね?」
「……」
高校に入学してから早一週間。あれから、アイは毎日俺に付きまとって部活に勧誘してくる。
最初はちゃんと断っていたのに、全く諦める様子がないので、今ではもう無視している。クラスの人は、俺を感じ悪いとか失礼とかいうけど、自分の評価なんてどうでもいい。
「レーンー!」
俺の肩を掴んで左右に揺らす。アイに近づくといい匂いが香ってきて、不覚にもドキッとしてしまう。
「アイちゃん、もうやめなよ。なんでそんなにその人にこだわるの?」
アイのそばにいた女子が声を上げた。周りも同調している。その問いの答えをアイから聞きたくなくて、急いで教室を飛び出す。
「はあ」
外のベンチに腰を下ろして、ため息をつく。
「レン」
「わあ⁉」
いきなり横にひょこっと現れたアイにびっくりして声が出る。アイは一人で立っていた。
「…何?」
俺をじっと見つめるアイに耐えきれずに、訝しげに問いかける。
「あのさ、放課後空いてる?」
「いや…」
言いかけたが、アイの上目遣いに言葉が引っ込む。この顔をされると、中々断りづらい。
「まあ、空いてる…けど」
「やった‼じゃあ寄り道ね!」
ぱぁっと顔が明るくなったアイに、勘違いしそうになる。少しの期待と迷いが俺の中に生まれる。俺はもう……
「レン、行こ!」
帰りのホームルームが終わったと同時に、俺のもとへかけて手を掴んだアイに引かれながら、教室を飛び出した。俺たちを追いかけてくる人はいなかった。
俺の手を離さずに前を歩くアイに、黙ってついていく。どこへ行くのかと思ったら、一つの大きな建物に入っていった。
それは高校の近くにある商業施設だった。中に入ると、制服を着た学生や、子供連れの親子、老人夫婦など様々な人がいた。
その人達の間を通り抜けて、アイはどんどん進んでいく。エスカレーターに乗って着いた先に、俺は思わず息をのむ。
楽器屋だった。ここまで気づかなかったのが馬鹿みたいだ。
「レン…」
ようやく振り返った彼女に、俺はこう言い放った。
「帰る」
踵を返して、エスカレーターへと急ぐ。
「ま、待って待って。レン!」
アイは慌てたようにレンの手を掴んだ。
「何で、何でこんなとこ連れてくるんだよ」
冷たく言い放った俺の声にアイの手が一瞬緩む。
「……」
「何だよ!なんで俺なんだよ!しつこいんだよ!」
一気に頭に血が上ったように、怒りが止まらない。周りの人のことも構わずに叫んでしまう。
「あ、とりあえず、こっち」
アイは周りの人達の様子を見て、焦ったように俺の手を引いて、外に出た。俺も抵抗せずにそれに従った。
叫んだことと、外に出て風に触れたことによって、次第に冷静さを取り戻していく。と同時に激しい罪悪感に襲われる。今のは完全に八つ当たりだった。
「アイ…」
謝ろうとした俺の声をアイが遮った。
「ごめん…。レンが何か悩みを抱えてること、分かってた。分かってたのに。あんなことして、自分勝手だった。本当にごめん」
そう言って頭を下げたアイは、いつもとは違う声色だった。そんな顔をさせたかったわけじゃない、のに。
「俺こそ、かっとなって。ごめん」
「ううん」
それからしばらく二人は黙ったまま向かい合った。
俺は自分のことを話す前に、ずっと疑問に思っていた、けれど答えを聞くのが怖かった問いを、聞く覚悟を決めた。
「あのさ、」
話し始めた俺の声に、アイは顔を上げて目を合わせる。大きな丸い瞳がキラキラ揺れていて、宝石のようだ。
「どうして、俺なの?」
俺の短い問いにアイは真剣な顔で口を開いた。
「忘れちゃった?初めて会った日に約束したこと」
(忘れていない。忘れられるはずがない)
「それだけじゃない。入学式の日、私すぐにレンに気づいた。それであの日ピアノを弾いているレンを見て確信した。ああ、レンもまだピアノを弾くことが大好きなんだって」
「……」
まさかあの時の自分がそんな風に見られていたなんて。
「でも、弾き終わった後、レンは複雑そうな顔をしてた。だから、何かあったんだろうって。私、馬鹿だけど察するのは得意なんだ~」
アイが悲しそうに笑って目を伏せた。長いまつげがよく見える。
「それでも、私は一度決めたことは達成するまで諦めない性格なの!だから、レンのこと諦められなかった。元々、軽音部は作るつもりだったよ。そこにレンがいたらもっと最高、もっといいものになる。そう思ったから誘った。私と一緒にバンドを、やってほしいの。他の誰でもない、レンとやりたいんだよ」
アイの言葉は嬉しい。嘘のないまっすぐな言葉だと分かるから。それにあの頃とちっとも変っていない性格にも安心する。だからこそ、俺は…
「ありがとう。アイのその気持ちは嬉しい、すごく」
自分の手で自分の腕をつかむ。
「じゃあ…」
「でもごめん。ダメなんだ。ピアノを、弾くことはできない」
「………どうして?」
探るように尋ねたアイに優しく微笑みかけた。




