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勧誘


「レン、おはよ!軽音部、入ってくれるよね?」


「……」


 高校に入学してから早一週間。あれから、アイは毎日俺に付きまとって部活に勧誘してくる。

 最初はちゃんと断っていたのに、全く諦める様子がないので、今ではもう無視している。クラスの人は、俺を感じ悪いとか失礼とかいうけど、自分の評価なんてどうでもいい。


「レーンー!」


 俺の肩を掴んで左右に揺らす。アイに近づくといい匂いが香ってきて、不覚にもドキッとしてしまう。


「アイちゃん、もうやめなよ。なんでそんなにその人にこだわるの?」


 アイのそばにいた女子が声を上げた。周りも同調している。その問いの答えをアイから聞きたくなくて、急いで教室を飛び出す。


「はあ」


 外のベンチに腰を下ろして、ため息をつく。


「レン」


「わあ⁉」


 いきなり横にひょこっと現れたアイにびっくりして声が出る。アイは一人で立っていた。


「…何?」


 俺をじっと見つめるアイに耐えきれずに、訝しげに問いかける。


「あのさ、放課後空いてる?」


「いや…」


 言いかけたが、アイの上目遣いに言葉が引っ込む。この顔をされると、中々断りづらい。


「まあ、空いてる…けど」


「やった‼じゃあ寄り道ね!」


 ぱぁっと顔が明るくなったアイに、勘違いしそうになる。少しの期待と迷いが俺の中に生まれる。俺はもう……


「レン、行こ!」


 帰りのホームルームが終わったと同時に、俺のもとへかけて手を掴んだアイに引かれながら、教室を飛び出した。俺たちを追いかけてくる人はいなかった。

 俺の手を離さずに前を歩くアイに、黙ってついていく。どこへ行くのかと思ったら、一つの大きな建物に入っていった。

 それは高校の近くにある商業施設だった。中に入ると、制服を着た学生や、子供連れの親子、老人夫婦など様々な人がいた。

 その人達の間を通り抜けて、アイはどんどん進んでいく。エスカレーターに乗って着いた先に、俺は思わず息をのむ。

 楽器屋だった。ここまで気づかなかったのが馬鹿みたいだ。


「レン…」


 ようやく振り返った彼女に、俺はこう言い放った。


「帰る」


 踵を返して、エスカレーターへと急ぐ。


「ま、待って待って。レン!」


 アイは慌てたようにレンの手を掴んだ。


「何で、何でこんなとこ連れてくるんだよ」


 冷たく言い放った俺の声にアイの手が一瞬緩む。


「……」


「何だよ!なんで俺なんだよ!しつこいんだよ!」


 一気に頭に血が上ったように、怒りが止まらない。周りの人のことも構わずに叫んでしまう。


「あ、とりあえず、こっち」


 アイは周りの人達の様子を見て、焦ったように俺の手を引いて、外に出た。俺も抵抗せずにそれに従った。

 叫んだことと、外に出て風に触れたことによって、次第に冷静さを取り戻していく。と同時に激しい罪悪感に襲われる。今のは完全に八つ当たりだった。


「アイ…」


 謝ろうとした俺の声をアイが遮った。


「ごめん…。レンが何か悩みを抱えてること、分かってた。分かってたのに。あんなことして、自分勝手だった。本当にごめん」


 そう言って頭を下げたアイは、いつもとは違う声色だった。そんな顔をさせたかったわけじゃない、のに。


「俺こそ、かっとなって。ごめん」


「ううん」


 それからしばらく二人は黙ったまま向かい合った。

 俺は自分のことを話す前に、ずっと疑問に思っていた、けれど答えを聞くのが怖かった問いを、聞く覚悟を決めた。


「あのさ、」


 話し始めた俺の声に、アイは顔を上げて目を合わせる。大きな丸い瞳がキラキラ揺れていて、宝石のようだ。


「どうして、俺なの?」


 俺の短い問いにアイは真剣な顔で口を開いた。


「忘れちゃった?初めて会った日に約束したこと」


(忘れていない。忘れられるはずがない)


「それだけじゃない。入学式の日、私すぐにレンに気づいた。それであの日ピアノを弾いているレンを見て確信した。ああ、レンもまだピアノを弾くことが大好きなんだって」


「……」


 まさかあの時の自分がそんな風に見られていたなんて。


「でも、弾き終わった後、レンは複雑そうな顔をしてた。だから、何かあったんだろうって。私、馬鹿だけど察するのは得意なんだ~」


 アイが悲しそうに笑って目を伏せた。長いまつげがよく見える。


「それでも、私は一度決めたことは達成するまで諦めない性格なの!だから、レンのこと諦められなかった。元々、軽音部は作るつもりだったよ。そこにレンがいたらもっと最高、もっといいものになる。そう思ったから誘った。私と一緒にバンドを、やってほしいの。他の誰でもない、レンとやりたいんだよ」


 アイの言葉は嬉しい。嘘のないまっすぐな言葉だと分かるから。それにあの頃とちっとも変っていない性格にも安心する。だからこそ、俺は…


「ありがとう。アイのその気持ちは嬉しい、すごく」


 自分の手で自分の腕をつかむ。


「じゃあ…」


「でもごめん。ダメなんだ。ピアノを、弾くことはできない」


「………どうして?」


 探るように尋ねたアイに優しく微笑みかけた。

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