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好き

22


「リン、いつも遠慮してるっていうか、自分に自信なさそうじゃん? 今みたいに思ったことびしって言ったほうが絶対いいよ! 私はそっちの方が好き」


 アイ先輩と話してから、俺の中では答えが固まりつつあった。そして…


「ないよ。気持ちを伝えてくれることは嬉しいし、でも…それに答えられない申し訳なさは…あるかな」


 カイト先輩のこの言葉で、俺の覚悟は決まった。

 俺は、彼女に自分の気持ちを伝える、と。






「リンくん! おはよう」


「カノンちゃん。……おはよ」


 朝、彼女が教室に入ってくると、一気に空気が華やぐ気がする。そして、俺の隣の席まで来ると、必ず目を合わせて挨拶をしてくれる。彼女の笑顔を見るだけで、早起きや満員電車、学校に来ることへの憂鬱さも全て吹き飛んでしまう。好きな人って本当にすごい。


「あっ、あのさ!」


 俺は昨日の夜、一人で何百回としたシミュレーションを思い出し、バッグから荷物を取り出す彼女に向かって声をかける。

 頭では何回も上手くいったのに、やっぱり本人が目の前にいるとなると、話は変わってくる。心臓もバクバクで、何もかも上手くいかないんじゃないかと、自信がなくなってくる。


(大丈夫)


 以前、レン先輩が話してくれた。心の中で大丈夫、大丈夫と唱えると、少し気持ちが落ち着くと。それを思い出し、俺は心の中で唱える。すると本当に、少し落ち着いたような気がする。


「…リンくん?」


 深呼吸を繰り返す俺を、心配そうな顔で覗き込んでくる。その顔にまたしても、動悸が激しくなってきそうだったが、必死に抑えた。


「えっと…今日の、放課後…空いてる?」


「ご、ごめん。今日は家の用事があって、早く帰らなきゃなんだ」


「あっ…そう、なんだ…」


 勇気を振り絞って聞いたけれど、なんだか拍子抜けしてしまった。でもそりゃそうだ、彼女には彼女の都合がある。


「何か、大事なこと?」


 俺にとってはすごく大事なことだけれど、彼女にとってどうかは分からない。俺は明るい声を絞り出して、笑顔でこう言った。


「いや……いや、気にしないで! また、今度で…」


 その今度がいつ来るのか、自分でも分からないが。


「………やだ」


「え……?」


 小さかったけれど、彼女の口から確かにそう聞こえた。


「今度は、いやだ。昼休みじゃ…ダメかな?」


 普段は笑顔で、優しい雰囲気の彼女が、今は少しだけわがままな女の子に見えた。


(可愛い…)


 初めて見る彼女の表情にドキドキが止まらない。


「いい……けど」


「ん、じゃあ昼休み…」


「うん……」


 決まってしまった。それでも、俺の中で決めた覚悟を無駄にしないために、俺は俺の気持ちを大事にする。


(緊張はするけどっ!)


 午前の授業は案の定頭に入ってこず、ずっと窓の外をぼーっと眺めながら、昼休みのことを考えていた。勘違いでなければ、それは彼女も同じようで、今日は珍しくぼーっとしていると、友人から指摘を受けていたのを聞いた。






 四限終わりのチャイムが鳴り、彼女が席を立った。俺の方を向いて、名前を呼ばれる。俺もゆっくりと立ち上がり、二人で教室から出た。


「………」


「………」


 中庭で向き合った二人の間に沈黙が流れる。

 下の草花を見つめながら、遠くで聞こえる生徒たちの声を何となく右から左に流していた。


「………」


 顔を上げて、カノンの方を盗み見ると彼女も俯いていた。



 あの話を陰で聞いてから考えていた。カノンは俺が聞いている限りは何も話していなかった。

 内心は怖い。でも……でも、カノンと過去のあの子たちは違う。俺の知っている彼女は、優しくて、笑顔が素敵で、人を思いやれる、そんな性格だと信じている。

 いや、目の前にいる彼女を信じたいと思った。だから、俺は自分の気持ちを伝える。


 ピアスも髪色も、一人称だって、些細なことにも敏感になって、少しでもかっこよく思われたいと努力してきた。そのことを後悔したことはないし、かっこいいと言われたら嬉しい。

 でも、違う。可愛いと言われるのが嫌だとか、そんなことではない。本当は……ありのままの自分を、誰かに受け入れて欲しかっただけなのだ。そのままでいいんだって、そのままの俺を愛してくれるなら…


「リンくん…?」


 彼女の目線が上がって、俺の視線とぶつかる。カノンの透き通った、可愛らしい声が、俺の名前を呼ぶ。


「俺、………俺、カノンちゃんが…好き、です」


「………」


「たまたま隣の席になって、クラスであんまり馴染めなかった俺に気を遣って話しかけてくれたのかもしれないけど、それだけかもしれないけれど。それでも……嬉しくて。………あなたの笑顔が、優しさが、好きです」


「違うっ!!」


「…?」


 俺が言い終わると、カノンが叫んだ。彼女のこんなに大きい声は初めて聞いた気がする。


「違う、違うよ。気を遣ったんじゃ…ない」


「………じゃあ、どうして…?」


 彼女の優しさ以外に、俺に話しかけてくる理由が本当に分からなかった。


「確かに…最初は隣の席だったから話してたかもしれない。でも……私、それだけで毎日クラスメイトに話しかけるほどお人好しじゃないし、優しくない…よ」


「それって……」


 俺は、夢を見ているのだろうか。


「好きな人と、リンくんと毎日話せるのが楽しかった。色んな話をしてくれて、笑わせてくれて……。だから、今気持ちが聞けて、すごく嬉しい」


 好きな人、と言った彼女は顔を赤くしながらも、一生懸命話してくれて、それがすごく愛おしかった。


「私も…あなたの優しさとか、笑顔…好きです。リンくんが…好き」


「……や、やった!!」


 思わずそう叫んでいた。俺の胸の内から湧き出ていた、嬉しい気持ちが溢れ出た。

 実際に口にして、改めて夢じゃないと、幻聴じゃないと思わせるためにも。


「……カノンちゃん。俺と、付き合ってください」


「はい…」


 俺が彼女に向き合うと、カノンも恥ずかしそうに俺を見上げた。返事をした彼女は少し微笑んでいて、すごく可愛かった。



 俺が盗み聞きをしてしまったあの日、彼女があの後何を話したのか、それを知るのはもう少し先の話。

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