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彼の本音

18


「レンー!おはよー!」


 この時間となると、さすがに人が少ない。全くいないわけではないが、三十分早いとこんなにも違うのか。それに心なしかいつもより涼しい気がする。


「おはよう、アイ、カイト」


 アイの隣にはもちろんカイトがいる。


「おはよ、レン。起きれて偉いね(笑)」


「馬鹿にすんな」


 カイトの煽りに睨みで返す。


「じゃあ、待とっか………あ!」


 アイが叫んだ方向に視線を向けると、リンがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。俯いていて、俺たちには気づいていないみたいだ。それにしても来るのが早すぎないか?新入生だから不安もあるのだろうか。


「レン、カイくん、あとよろしく!」


 いつの間にか俺とカイトの後ろに隠れたアイが、俺たちを盾にしながら背中を押してきた。


「は?」


(もしかして協力ってそういうことか⁉)


「だって、私が昨日みたいに話してもダメな気がして。そりゃ私が行きたいところだけど……」


「僕が提案したんだ」


 俺の隣のカイトが笑いかけた。昨日のあのアイを説得するなんて、やはりカイトの力は侮れない。


「とりあえず、僕らで話をしてみない?その後はアイに任せてさ」


 カイトの言うことは説得力がある。確かに昨日のようにアイがぐいぐい行くのは逆効果のようにも思えた。そんなことを考えているうちにもリンの姿はどんどんと近づいてくる。


「…分かったよ。行こう、カイト」


「うん」


 俺は人を説得するとかは得意じゃないと思うが、カイトがいるなら安心だろう。しぶしぶ頷くと、カイトと共にリンに近づく。


「おはよう、リン」


「⁉」


 カイトの呼びかけに、顔を上げたリンがとても驚いた顔をして俺たちを見つめている。今日はギターを背負っていない。カイトが俺に話すように促してくるので、緊張しながらも口を開く。


「あーちょっと話せないかな」


 リンは少しだけ俯いた後、小さく頷いた。俺とカイトが歩き出すと、その後ろに素直についてくる。アイは校門近くに生えている木の後ろに隠れて俺らを見ていて、ばれないようについてきていた。

 どこで話せばいいか分からなかった俺は、とりあえずカイトに着いていくことにした。カイトは下駄箱に入って上履きに履き替え始めたので、俺とリンもそれぞれの下駄箱に向かって、上履きを履き替える。カイトが向かった先は俺たちの部室だった。


「入って」


 カイトがそう言うと、リンは静かに部室へと入ってきた。昨日のアイとの様子とは少し違うような気がする。まだ朝早いからテンションが低いのかもしれない。


「………」


 そんなことを思っていたが、それはどうやら思い違いだったみたいだ。なぜなら部室に入ったリンの横顔はキラキラしていたからだ。リンの視線の先には、キーボードとドラムがある。


「じゃあ、話なんだけど……」


 カイトの切り出しに、リンの顔が強張り緊張感が走った。その気持ちを俺はよく知っている。カイトのこういう時の雰囲気は少し緊張感があって怖い。表情はいつもと変わらなくても、何となく分かるのだ。俺もリンにつられてごくりと息をのむ。


「詳しいことは~レンが話すから!」


「はぁ⁉」


 先ほどまでの緊張感が漂う空気からガラッと変わり、満面の笑顔で俺に話を振ってきた。


(全振りかよ……)


 忘れていた。カイトが意地悪な性格だということを。てっきり説得上手なカイトがリンに話をしてくれるものとばかり思っていた。リンはなぜかほっとしたように視線を俺へとずらした。違う緊張感が俺を襲う。カイトを睨みつけると、「ごめんごめん、ガンバ!」とでも言いそうな腹の立つ顔で舌を出して笑っていた。


(カイト、後で覚えておけよ)


 俺は大きくため息をついた後、リンと視線を合わせた。ここで俺が説得できれば、少しは役に立つかもしれない。そんな風にポジティブに考え直し、脳をフル回転させた。


「えーっと、昨日も聞かれたと思うけど、軽音部に入る気はない?」


「…あの、俺なんかが入っても迷惑かけます」


「……」


 何だかあの時の俺と少し重なる。自信が無くて、それでも興味がないわけではない。そんな表情をしている。


「ギターも、ちょっと弾ける程度で俺よりもっと上手い人いっぱいいるし、軽音部入りたがってる人たくさんいますよね。どうして俺なんか…」


「俺なんかじゃなーい‼」


「「⁉」」


 突然わって入ってきたのはもちろんアイだ。こっそりのぞき見していたことは知っていたが、まさかこんな形で入ってくるとは思わず、心臓が飛び跳ねそうになる。リンも同様に目も口も見開いてとても驚いている。カイトはと言うと、予想していたかのように呆れた笑みを浮かべている。


「あのね、さっきから俺なんか俺なんかって言ってるけど、私は他の誰でもない君がいいの!君のことがいいと思ったから誘ったの!」


 アイはリンを指さしながら距離を詰めていく。それに合わせてリンが一歩二歩と後ずさる。


「アイ……」


「ギターだってこれから上手くなればいいじゃん!」


「………簡単に、言わないでください。皆が皆アイ先輩みたいにはなれません!」


 リンはすぐに後悔したようで、やってしまったという顔でアイを見た。


「っその、すみません…」


 謝罪と一礼をすると、部室を後にした。アイはリンを追いかけることはしなかった。



「アイ?出てくるってわかってたけど、一応昨日話したよね?」


「ごめんなさい…。でも、」


 デジャブだ。とかのんきなこと考えるより前に、アイに聞きたいことがある。


「アイ、……その、大丈夫?」


「え、何が?」


「え、いや、さっきの…」


「ああ、リンが言ってたこと?別に気にしてないよ。あと、私まだ諦めてないから」


「……そう言うと思った」


 アイは本当にケロッとした顔をしているから、俺も気にしないことにした。それにアイが諦めないのはもう分かっていたこと。


 どちらかと言えば俺もリンの気持ちが分かってしまう方だ。アイが努力してないとか、もちろんそんなことを思っているわけではない。でもそう思いたくなる気持ちも分かってしまうというだけだ。

 カイトは、リンと俺の気持ちに気づいていた。だから俺に話すように促したのだと思う。周りを見て行動している彼だからこそ。面白がっていたのもあるだろうけど。


「次は俺が話に行く。いい?」


「レン………分かった。でも陰で見ててもいい?」


「絶対出てくるなよ」


「分かってる、分かってるって」


 すごく信用できない言葉だが、とりあえず条件をのむことにした。カイトもいれば、多分アイを止めてくれるであろう。放課後にもう一度リンの教室に行って、話をしに行くことになった。この日の授業はあまり頭に入らなかった。ずっとこの後のことを頭の中で考えていた。





 放課後になると俺たちは一目散にリンの教室へ向かった。上履きをこっそり見ておいてよかったと思った。

 リンの教室を覗き見ると、まだ教室にほとんど生徒が残って雑談などをしていた。しかしリンの姿は見当たらない。もしかして早々に帰ってしまったのだろうか。


「あの、どうしましたか?」


 俺が教室を隅々まで観察していると、一人の女子生徒に話しかけられた。肩より少し長い髪でハーフアップの横結びみたいな髪型をしている。


「あ、えっとリンっている?」


 さっきから視線を感じていたが、もしかしたら大分怪しい行動をしていたかもしれない。にもかかわらず話しかけてくれたこの子には感謝しかない。多分後でアイとカイトにはいじられることだろう。


「リンくんですか?……その、実はある男子に呼び出されて、中庭にいると思います。私も心配で様子を見に行こうと思っていて」


「…それってどんな人?」


「?同じ一年生で、ガタイのいい身体の声の大きい人、です」


「あー…」


「あの、私もついていってもいいですか?」


 目の前の子がリンとどんな関係なのか分からないけれど、本当に心配しているのは伝わってきた。だから俺も不安にさせないように


「ああ、いや危ないかもしれないから教室で待ってた方がいいかも。教えてくれてありがとう」


 と言って、教室から飛び出した。新入生たちをかき分けて階段を降りていく。リンを呼び出したのは、確実に昨日部室に押しかけて来た生徒だ。





 中庭の壁に隠れて、ちらっと様子を見ると、案の定リンと昨日の生徒がいた。


「だからさ、あんたの代わりに俺を推薦してほしいんだよ!」


「それは…」


「いいだろ?あんたは軽音部入る気ないんだから」


「それは、そうだけど……」


「はぁーーーーー、はっきりしねぇな。ていうかさ、何であんたみたいなのがアイ先輩に選ばれるんだよ」


「…そんなの、俺が聞きたいよ…」


「はい?なめてんの?自分だけが選ばれたからってさぁ!」


 昨日の礼儀正しさはどこへ行ったのやら、今はただの見た目通りの怖い奴になってしまっている。


「昨日ギター背負ってたのもさ、本当はアピールしてたんじゃないの?それともファッション?大して弾けないのかな?(笑)」


 自分が入部を断られたからって質が悪い。リンは何も悪くないのに一方的にあれこれ言われて、さすがに俺も腹が立ってきた。乱入する覚悟を決め、飛び出そうとしたとき、俺の視線の横で何かのシルエットが横切った。


(まさか…)


 俺の肩を叩いたカイトを見て、俺は確信した。


「ちょっと、さっきから何言ってんの?」


「あ、アイ先輩!これは…」


 アイの背中や声色から怒っているのがひしひしと伝わってくる。しかも今朝、俺とリンの話に割り込んできたような感じではなく、ガチのやつだ。俺もアイがこんなに怒っているのは初めて見た。


「違うんですよ!俺、どうしても軽音部に入りたくて!アイ先輩に憧れてて!」


「で?何言ってんのかって聞いてんだけど?」


 言い訳もスルーして、詰めていく。怒られていないのに、自分も怒られているかのような感覚に陥るあの感じだ。


「その……」


「昨日も言ったけど、君を入部させることはできない、さっきの聞いたら尚更ね」


「っ…………何で、なんでこいつ何ですか!俺の方が何でも楽器できます!絶対に先輩たちの役に立てます!なのにっ……」


「こうやって陰で呼び出してぐちぐち言っているような子と、同じ部活で活動したいとは思わないかなぁ」


 俺の後ろにいたはずのカイトがいつの間にかアイの隣に移動し、そんなことを言った。随分穏やかな口調だが、カイトも怒っているのが分かる。そして新入生もダメージを受けているのが見える。


「憧れられるのも、入部したいって思ってくれたのも嬉しいよ。でもごめんね」


 アイのその言葉ではっきり分かったのか、彼はそれ以上何も話さずにその場を去ろうとした。が、


「ちょっと待ってよ。リンに言うこと、あるよね?」


 それをカイトが引き止めた。彼は立ち止まると、リンの方を向いておずおずと頭を下げた。


「ごめん、なさい」


「あ、いや全然、だいじょうぶ……です」


 リンはあわあわと手を振ると、その謝罪を受け入れた。あれだけ言われたのに許してしまうのは、リンの弱さなのか、優しさなのか。そうして彼は今度こそ去っていった。


「………レンっ…」


 アイは、またやってしまったとばかりに俺の方を見た。絶対に出てくるなと念を押したのに、それを破ったのは多少反省しているみたいだ。


「いいよ、俺は何もできなかったし」


「……あの、ありがとう、ございました。あと、アイ先輩今朝はすみませんでした…」


「え~今朝?何のことかなぁ~入部してくれたら全部チャラだよ!」


「それは…ごめんなさい」


 流れでオッケーがもらえるとでも思ったのか、リンの即答にずこーっとこけるフリをする。


「こちらこそ、ごめんね。僕たちのせいで」


「えっ!いえ!カイト先輩たちのせいじゃないですっ!」


「……あのさ、どうしてダメなのかな?」


 レンは思いきってリンに聞いてみた。リンの視線が俺に向く。緊張するけど、俺も少しでもアイとカイトの役に立ちたい。


「…それは、………俺が入っても迷惑がかかるからです」


 リンは気まずそうに視線をそらした。申し訳なさそうな顔をするのを見て、


「あーごめん、聞き方間違えた。…リンは軽音部やりたい?やりたくない?」


 と言いなおした。


「えっ……?」


 昨日から思っていた、リンは入部できない理由は自分の力が足りないのだという。でも入りたくないから、楽器が弾けないから、嫌いだからとか、そういうことは一切言っていなかった。きっと、リンは一歩を踏み出すのが怖いんだ。もしそうなら俺はその背中を押したい。


「リンは昨日から客観的に自分を見て、入部できないって言っているよね。でも主観的に見たらどう?リンがやりたいか、やりたくないか。俺たちにとって大事なのはそれだけだよ」


「っ!でもっ!」


「それにさ、アイは本当にしつこいよ?(笑)」


「え⁉何急に、悪口?」


 急に自分の名前を出されたアイがすぐにツッコミを入れる。


「一回決めたことは達成するまで諦めない。だからリンが軽音部に入るまで、アイはリンにしつこく付きまとうと思う」


「何で…それ」


「経験者だから(笑)。俺も最初は軽音部に入るつもりなくて。理由は色々あったけど、リンが考えているようなことも分かる。でも結局アイの押しに負けたよ(笑)。入部したのは間違いなく俺の意思だけど。アイには敵わないんだよ、俺も、カイトも」


「……………いです」


 リンのかすれる声が聞こえたが、何を言っているかまでは分からなくて、俺はもう一度聞き返した。


「ん?」


「…やっ…てみたいです、本当は。入りたいです、軽音部!」


 今度はしっかりと顔を上げて、俺と視線を交わしながら確かにそう言った。わずかに目元が潤んでいるように見える。


「っき、たーーーーーー‼ようこそ!軽音部へ‼」


 リンの言葉にアイがガッツポーズと感嘆の声を上げた。そしてアイが差し伸べた手をリンがとって、二人で握手をした。その手の上にカイトの右手が重なり、俺もその上から右手を重ねた。こうして一年生であるリンが俺たちのメンバーに加わった。

 アイの行動力は本当にすごい。先が読めなくて、でもそれにワクワクしている自分もいる。現にリンが加わって俺たちの部活がどうなっていくのか、とても楽しみにしている。

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