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新入生歓迎会

16

 アイと再会してから二度目の春が来た。高校までの道のりももう慣れた。初めは新鮮に思っていた景色も慣れると何とも思わなくなってしまうのが少し寂しいような気もする。

 舞い散る桜の中で長い黒髪がなびいた後ろ姿を見つける。一年前のアイと重なって見えるけれど、一年前よりきれいに見えるのは俺のアイへの気持ちが増しているからなのかもしれない。


「レン!」


 振り返った彼女が、今は真っ直ぐに俺を見つけて、見つめて駆け寄ってきてくれる。それがすごく嬉しい。


「おはよう、レン」


 アイの後ろからカイトもやってくる。


「おはよう、アイ、カイト」


「おはよ!いよいよ今日だよ~!」


「(笑)そうだな」


 そう、今日は待ちに待った、と言えるのか分からないが、俺たちの次の目標であった新入生歓迎会だ。実はすでに入学式の日から俺たちは有名人だった。なぜなら文化祭のステージを見ていた中学生たちの間でとても話題になっていたからだそうだ。

 そのおかげでアイのもとへ入部希望者が殺到しており、カイトがさばくのが大変そうだった。

 俺はというと、視線は数多く感じるものの、話しかけにくいオーラでもあるのか誰も話しかけてこない。そもそも話しかけられても困るから助かるのだが、ここまで圧倒的な差があると、ちょっとだけ悲しくもなるのも事実だ。

 ちなみに、アイは今の所ピンとくる人がいないとか言って、入部希望者を全員断っているらしい。


「教室まで一緒に行こ~!」


「ん、」


 アイとカイトが前で話しているのを見つめながら、二人の後を追いかけて階段をのぼる。相変わらず通り過ぎる人たちはアイとカイトの方を見ている。

 「お似合い」だとか、「美男美女」だとかいう声も聞こえてきて、思わずため息がもれる。別に最初から分かっていたことなのに、こうも差を見せつけられると複雑な気持ちだ。


「じゃあ、二人ともまたあとで」


 階段の踊り場でカイトが俺たちに手を振った。三年生になったカイトは二階の教室なので、ここで一旦解散だ。


「カイくん、またね~」


 アイの隣で俺もカイトに手を振る。カイトの姿が見えなくなると、アイが階段をのぼりだすので慌てて横に並ぶ。


「はーあ、レンと同じクラスだったらな~」


「それ何回目?(笑)」


 と言いつつ、内心嬉しくなってしまっている気持ちを抑える。


「だってさぁ~」


「別にいつでも会えるだろ」


 今すごく恥ずかしいことを言った気がする。焦ってアイの方を見たが、時すでに遅し。アイがにやにやしながらこちらを見てくる。


「そうだねぇ。お昼は部室で食べるし、ほとんどずっと一緒だもんね~♪」


「はいはい、そうだな」


 ここで照れたりすると、さらにいじりの的になることを学んだ俺は、アイを適当にあしらった。アイはつまらなそうに頬を膨らませたので、俺の作戦は成功だ。


「じゃ、またあとで!」


 アイは教室に到着すると、扉の前で振り返って敬礼をしてきた。


「ん」


 とだけ言って、自分の教室に向けて歩き出す。新入生歓迎会は今日の午後に行われる。そこの部活紹介で、一曲だけ披露できることになった。限られた時間の中で自分たちのアピールをしたうえで、アイはステージから新たなメンバーを探すらしい。色々と不安な要素があるが、とりあえず俺はいつも通りの演奏をするだけだ。








 この場所に来るのはこれで二度目だ。あの文化祭の日以来、何度来てもここの雰囲気は緊張するだろう。暗い照明に、空気が張り詰めているような感じがするからだ。ステージでは、ダンス部が披露していて、随分と盛り上がっている。俺たちは再びトリを任された。


「レン、緊張してるでしょ」


 アイが隣から、小声で話しかけてくる。アイの声に少しだけ安心感を覚えながらも、いまだに心臓の高鳴りは収まらない。


「当たり前だろ」


 こちらも小声で返す。


「楽しもうね!」


 何ともアイらしい、と思った。アイはいつもこんな感じで、緊張することはないのだろうか。アイもカイトも堂々としていて、余裕のある振る舞いをしているから、レンもそれについていくのに精いっぱいだ。


「うん」


 アイの真似をしながら力強く頷くと、カイトが俺の背中をトントンと叩いた。二人にはいつも励ましてもらっている。レンも演奏でそれを返せるように頑張らなくては。

 ダンス部の紹介が終わり、司会の人が俺たちの紹介を始める。その間に、楽器たちをステージに運んで準備をする。

 アイがステージに現れた時は、もうすでにあちらこちらで歓声が上がっていた。けれど、ステージの照明が明るくなり、アイがマイクの前に立つと、自然と歓声は収まり、会場がしんと静まり返った。

 この感じは嫌いじゃない。みんながステージに注目して、期待が高まる感じ。カイトと目配せをすると、鍵盤に手を置いた。自分の中でリズムを刻んで、大きく息を吸うと、音色を奏で始めた。


 今回やる曲は、英語で天底つまりどん底という意味がある。もちろん、新入生に向けてどん底という意味で歌うわけではない。これをスタートとして、これからどんどん上がっていく、という意味を込めているのである。それはどんなことでも構わない。自分にとって大切な何かが、これからどんどん這い上がっていけるように願って、この選曲にした。それに、もしこの先立ち止まる、つまずくことがあっても大丈夫だという意味もこもっている。


 キーボードのメロディーにドラムの音が合わさり、その後歌声が入ってくる。歌詞を聞き取りやすいようにはきはきと、加えてアイの特徴である透き通った声が響くと、会場はぱっと明るくなった。新入生たちがアイにくぎ付けになっているのが分かる。

 曲が終わると同時に盛大な拍手が起こった。俺とカイトはお辞儀をしたが、顔を上げると、アイは立ち尽くしたまま固まっていた。


(アイ……?)


「…見つけた……」


 マイク越しでも聞こえるかどうかくらいの小さな声でつぶやくと、アイはステージを下りて飛び出して行ってしまった。


「「⁉」」


 俺とカイトはステージの上で思わず顔を見合わせた。アイがあまりにも予想外の行動をするから、困惑する。司会の人が上手い感じにしめてくれたおかげで、レンたちは救われたが、ステージ袖に降りるとすぐに俺とカイトはアイの後を追いかけるために体育館を飛び出した。



(どこだ…?)


 体育館を出て左右を見まわし、近い所から順にアイを探して回る。


「レン!」


 少し先を探していたカイトが振り返り、小声でこちらに手招きをしている。


「この先から、声が聞こえる」


 二人で頷きあうと、その先に歩みを進める。確かにわずかに声が聞こえるような気がする。さすが、カイトだ。


「……かな」


「…………れっ」


 近づくにつれてその声ははっきりと聞こえてくる。どちらも中性的な声をしているが、片方は間違いなくアイの声だった。

 はっきりと声が聞こえる場所で立ち止まると、そこは中庭だった。以前、父と母と話した場所だ。今となっては懐かしい。俺はカイトと壁に身をひそめて、そっと盗み聞きをする。


「でも、やっと見つけたの!」


「俺にはできません…」


「そんなことないよ!それにそのギター、弾けるんでしょ?」


「これは……」


 壁からこっそりと様子を見ると、ギターを背負ったアイと同じくらいの高さの、オレンジ色に染まった髪の毛の後ろ姿が見えた。新入生は歓迎会が終わり次第解散なので、荷物を体育館に持ってきている人もいる。だから、ギターを背負っているのもおかしなことではないが、


「あの子、入部希望者にいた?」


「ううん、見たことないね」


 ギターを持っているくらいだから、てっきり入部希望しているのかと思ったが、カイトは見たことがないという。それにアイも今までの希望者は全員断っているから、おかしいとは思った。さらに話を聞いている限り、アイの勧誘に困っている様子だ。

 俺とカイトがこそこそと話しているうちにも、アイは新入生に入部を迫っている。考えた俺たちは、助け船を出すことにした。もちろん新入生に対してだ。


「まあまあアイ、そんなに攻めたら怖がっちゃうよ?」


「カイくん!」


「そこらへんにしとけよ」


「レン!」


「えっ!カイト先輩、レン先輩だ………」


 振り返った新入生は、俺から見て左側の前髪に、シンプルなピン止めを二つ付けていて、たれ目で優しそうな、可愛らしい男の子だった。それに偏見だが、とても押しに弱そうだ。アイの勧誘を断っていたが、俺の時と同じようにぐいぐい行ったら、あっさりと首を縦に振ってしまうかもしれない。俺たちのことを知っているということは、全く興味がないというわけではないと思う。


「初めまして。怖かったでしょ?アイ(笑)」


「ちょっと!怖くないし!」


 カイトが話しかけると、新入生の警戒心が弱まった気がする。逆にアイは不満そうにぷくっとしている。


「とりあえずさ、どうしてこの子を勧誘してたの?」


 アイのことだから、何か理由があるだろうと思って質問してみる。


「それはね…ってあ!名前!聞き忘れてた!」


「え、あ、リン…です」


「おーいーそろそろ戻れー。でないと、先生が怒られちゃうぞー」


 そこでカサネ先生が顔を出した。そういえば、新入生歓迎会の途中だった。リンは俺らに向かって一礼すると、そそくさと体育館の方へ戻ってしまった。


「あー行っちゃった」


「アイ?この後詳しく聞かせてね?」


「う…カイくん怖いよ?レン~」


「まあ自業自得だな」


 勝手に行動したアイに、カイトは笑顔でそう言っていたが、謎の圧を感じて俺も怖かった。確実に、顔は笑っているけれど、内心怒っているやつだ。アイは俺に助けを求めてきたが、それを冷たくあしらってカイトと歩き出すと、すぐにアイも追いかけてきて、三人でゆっくり体育館に戻った。

 新入生歓迎会が終わった後、俺たちはリンを探したが、すぐに帰ってしまったのか見つけることはできなかった。


(そういえば、リンはどうして新入生歓迎会の途中で抜け出したのだろうか)



 17


「それで、アイどういうこと?」


「うう、……勝手なことしてごめんなさい」


「別に怒ってないよ(笑)」


「ほんとにぃ?」


 放課後になり、部室に集まった俺たちは床に正座をしたアイの前に立っていた。構図だけ見れば、アイが俺とカイトに説教されているみたいだ。実際それに近いことは起こっている。


「うん、だから聞かせてよ」


 カイトの表情から、もう怒っていないことが分かったアイは立ち上がると、高らかに話し出した。


「あのね!私が歌ってた時にリンと目が合ったの。…で、こうビビ!っと来たと、言いますか。それで忘れないようにリンのことをじっと見つめていたんだけど、演奏終わった瞬間いきなりリンが体育館を飛び出してったから、思わず私も身体が動いて…」


 アイは「えへへ」と手で頭をかきながら、そう説明をした。


「ビビ!っと来たって…」


「まあ、アイらしいけどね」


 アイの感覚的な理由に俺もカイトも思わず苦笑する。


「でもリン、部活には入らないって。断られちゃった」


 それは俺達も聞いていた。アイは少し落ち込んでいるように見せたけれど、すぐに表情を戻すと、手で拳を作って熱く言い放った。


「諦めないけどね!絶対軽音部に入ってもらうんだから!」


 そうだろうと思った。アイはそういう性格だ。一度決めたことはやり遂げる。それに、リンが本当に嫌がっているなら、アイも無理には誘ったりしない。つまり、アイの中で諦められない反応を、リンはしたということだ。

こうなったアイは俺もカイトも止められないから、これからはアイのサポートに回るしかない。久々にアイに振り回されている感じがして、少し嬉しくなった。


「失礼します!」


「「「‼」」」


 いきなり開けられた扉に、三人ともびっくりする。ガタイのいい身体の、一見怖そうな見た目をした新入生が、礼儀正しく扉の前に立っている。


「君…」


 入部希望者の中にいた一人だ。目立つ見た目をしていたから、俺でもよく覚えている。


「覚えてくださって嬉しいです!軽音部、入部させてください」


 運動部並みの声量でずっとしゃべられるので、耳が驚いている。アイとは違う意味で、とても元気だ。


「こらこら、先生も一緒に行くと言っただろう」


 はあはあ言いながら、カサネ先生が入ってくる。


「すいません!」


「えっと、入部はお断りしたはずだけど…」


 圧に押されながらもカイトが言う言葉に、俺も頷きながら同意する。


「そこをどうかお願いします!」


「ごめん!もう新しいメンバーは決まっちゃったんだ!だから君を入部させることはできない」


 それまで黙っていたアイが話し出すと、彼は今までの威勢を失ったようにうなだれてしまった。


「そう、なんですか……」


「じゃ、じゃあもうそろそろ下校しようかぁ~」


 先生が気をきかせてくれて、新入生の背中を押しながら、部室を後にする。「ごめんな~」とでも言いそうな、申し訳なさそうな表情で片手を顔の前に持ってきた。


「失礼、しました」


 彼は静かな声で言うと、先生とともに部室から出て行った。


「すごかった…」


「あの先生が押されてたね(笑)」


 急に静まり返った部室で、張り詰めていた空気がきれた。リンの時は感じなかった謎の緊張感が彼からは感じて、まだ彼がどんな人かは分からないけれど、一緒に部活するのは嫌だなと、思ってしまった。

 後で、カサネ先生が謝罪をしにきた。話によると、あの新入生は職員室で軽音部の顧問を探し、カサネ先生に部室がどこかを迫ってきたという。最初はやんわり断っていたが、あまりにしつこいので仕方なく場所を教え、先生もついていくと言おうとしたら、もうすでに姿を消していたらしい。それで慌てて追いかけて、あんなことになったと言っていた。先生と言う職業も大変だな、とレンは思った。





《明日、いつもより三十分早く学校に来るように!》


 あの後、部活をする雰囲気でもなく、カサネ先生の説明を聞き終えた俺たちはそのまま帰宅した。家に着き、制服を脱いでいるとレンのスマホに通知が入ったので、確認すると、アイからこんなメッセージが届いていた。


《何で?》


 返信すると、すぐに既読が付き、アイから返事がくる。


《リンを待ち伏せする!逃げられそうだから捕まえて話をする!》


 続けて、《協力して!》というメッセージも追加送信されてくる。それに《分かった》とだけ返信すると、アイは可愛らしいスタンプを送ってくれて、会話が終わった。


「明日、いつもより三十分くらい早く学校に行く」


 母と二人の夕食ももう慣れた。父が早く帰ってこれる日は、一緒に食べるのだが、それも休みを含め、週に四回あるかないかだ。母とは、そんなに話が盛り上がるわけではないけれど、というか俺がそういうタイプではないだけだけれど、以前のような張り詰めた空気は一切なくなった。世間話や、母から学校の話を聞かれたときに話すくらいには、コミュニケーションはとれている。俺から話しかけると、母も父も嬉しそうで、それが恥ずかしくてなかなか自分から話題を出せない。


「どうしたの?委員会とか?」


 俺の報告に、母は不思議な顔をする。俺がいつも家を出ている時間もそれなりに早いので、そう思うのも当然かもしれない。


「ううん、実は新入生を勧誘しようってアイに誘われて」


 そうして、今日起こったことを話すと、母は控えめだが、声を出して笑っていた。


「楽しそう。じゃあ、明日はいつもより早く朝ごはん作るね」


「うん、ありがとう」


 こんな風に母に部活の話を、アイの話をする日が来るなんて思いもしなかった。すごく緊張したけれど、勇気を出して向き合ってよかったと、今は思える。母が柔らかく笑うことを、初めて知れた。そんなこと言ったら父さんが嫉妬して、張り合ってきそうだけど。

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