何千回の輪廻を超えて
─次に聞こえてきたのは、草を揺らす風のざわめき。
空は真っ青に晴れ渡っていた。
「え?」
身を起こすと、そこには見渡す限りの稲穂の海があった。
私は朱色の巫女装束を着ていたけれど、普段着ているものとデザインが違う。もっと古めかしいような、被帛付きで、まるで奈良の古墳に描かれてるような。
人々が近づいてくる。何があるのかと思いきや、私は突然槍で胸を突かれていた。
「嘘」
痛みが体を襲う。誰かが、私を抱き留めてくれる。
「楓……」
それは紫乃さんの声だった。
再び視界が暗転する。
次は、木を組んで作られた社の中で、私は高熱に浮かされていた。
枕元で紫乃さんと、誰か他の人々が話し合っている。
「やはり巫女様に無理をさせてしまったから……」
「毒が……」
「もう、手の施しようが……」
紫乃さんが私を見て、悔しげに拳を握る。
再び、私の視界は暗転した。
同じような繰り返しを、私は延々と、延々と、気が遠くなるほど見せられた。
あるときは老衰で。あるときは事故で。あるときは、呪い殺され。
昔の人は当然の如く、現代よりも天寿を全うするのは難しかっただろう。
私は何度も死を繰り返した。隣にはいつも、悲しい顔をして頰を撫でる紫乃さんがいた。
「あなたはいるだけで、紫乃ちゃんを悲しませるのよ」
耳元で少女の声がした。
最初に見せられた稲穂の海の真ん中で、尽紫さんが槍を突きつけてきた。
黒曜石の切っ先にぞくりとする。先ほどの痛みと死を思い出して、私は息を呑んだ。
「……ねえ。あなたも嫌でしょう? 紫乃ちゃんの巫女である限り、あなたは何度も生きるの。人生なんて人間にとって苦行でしかないわ。権力に組み込まれなかった巫女だから、称賛も、名誉もない。ただ神に仕えるだけ、家柄を未来に残せるわけでもない。紫乃ちゃんと一緒に、望みの果て、世界の端っこで夫婦ごっこを続けるだけの人生。理解もされない、報われない、骸を踏みつけられ続ける人生。強欲な人間には向いていないわ」
一息でまくし立て、尽紫さんは髪を広げる。
空は夜空になり、稲穂は全て漆黒に染まる。
一本一本の稲穂が触手のように、意思を持って私に襲いかかった。
「神に寄り添えるのは同じ神だけよ。紫乃ちゃんには、私が寄り添うのよ!」
私は深呼吸をした。服装は違っても、見たことのない空間だとしても、ここはおそらく複製神域の応用版であり、私は私なのだ。
目を閉じて、人差し指と中指で四角を作る。
紫乃さんの笑顔を思い出す。私を信じてくれた夜さん、羽犬さん。
修行に付き合ってくれた、たくさんのみんなの笑顔を。
「はやかけんビーム……ッ!!」
私は叫んだ。見えなくともはやかけんはここにある。地上からは感じられない場所に地下鉄が通っているように、私の体の中にはやかけんは存在する。
私の手元から発射された光条は、真っ黒な空間を切り裂き、拡散し、光でいっぱいに輝かせる。私はさらに、神楽鈴を右手に掲げて、しゃんしゃんと鳴らした。
「尽紫さん! 私は負けません!」
神楽鈴の作用だろうか。
拡声器越しの叫びのように、私の声が強く、大きく暗闇にこだまする。
「どんな過去があろうとも、どんな未来が待ち受けていようとも、私は絶対に折れてやりませんから! 私を待っている紫乃さんがいる限り、そして」
そして、私は息を思いっ切り吸い込み、叫んだ。
「もうひとりの紫乃さんでもあるあなたが、泣いている限り! 私は諦めません!」
綺麗事を言うなとばかりに、稲穂が私に襲いかかる。
神楽鈴の箒くんを使って空を舞い、はやかけんビームで稲穂を浄化する。ストラップにしていた鵲ちゃんたちが、ひらひらと実体化して稲穂をついばんでいく。カラスのいない豊作の田んぼは鵲にとってはお腹を満たす楽園だ。
浄化に次ぐ浄化。
時に箒くんで飛び回り、はやかけんビームを打ちまくり。
気づけば私は、紫乃さんの屋敷の廊下にいた。
巫女服を壁に縫い留められたままの状態だ。
「戻ってきた……」
はっとして、私は記憶を辿る。
元々消されていた十八年間については思い出せないけれど、直近のことなら今夜の夕飯から紫乃さんのネクタイの色まで、全部思い出すことができた。
「なんてこと……本物の死を何度味わっても……折れないなんて……」
尽紫さんがぐったりと座り込んでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
声をかけると、尽紫さんがぎろりと睨む。
「大丈夫に見える!? おばか!」
「ご、ごめんなさい」
叱り方が紫乃さんと同じだと、私は脳天気に思った。
尽紫さんが私に髪の毛の槍を向けてくる。鵲ちゃんが槍をぺいっと弾いてくれた。
「なんで……楓ちゃん、切らないのよ」
「何をですか?」
「私の髪よ。あなたを攻撃する髪、いくらでもあなたなら切れたでしょう?」
「切りたくないですよ。だって尽紫さんの髪綺麗だし、また伸びるってわかっててもなんだか嫌で」
「……何それ」
「嫌な気持ちが残るやり方は嫌なんです。私、討伐したいんじゃなくて……尽紫さんと真剣勝負をしたかっただけなので」
「甘いこと言わないで。どうせ私があなたを殺せないと思ってるんでしょう? 私は何度もあなたを傷つけてきたのよ、何回も、何回も!」
「死ぬのは嫌ですけど、命は張りますよ」






