北九州も豊前も、まあだいたい筑紫島の範疇だし。
「ほっほっほ、気を抜いてはいかんぞ楓殿。あと残り四つだな」
彼女は口元に手を添え笑う。
私が距離を取って警戒態勢を取ると、彼女は袖を振って高らかに叫んだ。
「行け! 我が同志、ニホンカワウソたちよ!」
海御前様の扇に導かれ、カワウソたちが俊敏に私を追ってくる。
みんな赤い幟をつけている。平家だろうか。
河童は緑のもの以外にも、カワウソっぽいものもいるらしい。
彼らはふかふかと追いかけてくる。可愛い。
「コツメカワウソから覇権を奪うぞー」
「楓殿からリボンを奪ったら、我々を福岡市動物園に持ってってもらうのだー」
「ニホンカワウソにあらずんば平家にあらずー」
「大発見だー」
「そ、それは今真剣に研究者さんの迷惑になりますーッ!」
可愛い見た目でありながら動きは俊敏で、かつ言ってることは結構過激だ。
「それっ、九月蚊帳!」
彼らは叫びながら、網のように私に蚊帳をかぶせてくる。
海御前さんが解説する。
「九月にも蚊帳を出してるとよくないですよという、筍の産地、合馬のあやかしだ!」
「うわー、教育的なあやかしーッ!」
蚊帳はごそごそと動いて私を捕らえようとする。
「ごめんなさい! ちゃんと衣替えや布団の入れ替え頑張るので許してください!」
私は彼らの隙をついて、はやかけんを構える!
「はやかけんビーム!」
「効かぬ! 九月蚊帳の中は強力な結界となっているので、ビームを飛ばしても効かぬ!」
「えーん、かくなる上は鈴に頼るしかない!」
私は神楽鈴を振り回しながらやたらめったら鳴らす。もうそれしか対抗策がない。
するともがく私の動きが巫女神楽判定となったのか、急に九月蚊帳さんが緩んだ。
緩んだところで、私は九月蚊帳さんの中から脱出。
九月蚊帳さんと河童のカワウソさんたち、そして海御前さんに向けて親指と人差し指でカードを構えて、打つ!
「はやかけん……ビームッ!!」
ドドドドド!
吹き出す温泉のような霊力で、彼らは吹っ飛ばされて宙を舞う。
「ああ~」
「二日酔いに、効くわぁ~」
彼らはひゅるひゅると、中洲を囲む川、那珂川まで落ちていく。
私は那珂川に架けられた西大橋まで走り、橋から博多湾へと向かう彼らを見た。
ぷか……と水面に浮かんだ彼らは、恍惚とした顔でそれぞれ両手を繫ぎ合って数珠繫ぎになり、流れに乗って博多湾まで運ばれていった。
「溺れないでくださいね! いくらあやかしでも、お酒呑みすぎちゃだめですよー!」
声を張り上げつつ見送っていると、海御前様が片手を上げ、私に何か指さして示す。
「袖? ……あっ」
巫女服の袖の中に、赤の五色布が入っていた。どうやら勝利を認められたらしい。
「ありがとうございまーす!」
ぐ……っと親指を立てたまま、海御前様は潮に流されていった。
「これで、二枚目か。梅の花は残り四つ……」
中洲と天神の境界。
川を挟んでビジネス街、歓楽街、そして繁華街が分かれる中間地点の景色を望む。
空が広いのも相まって、風が気持ちよく流れていった。
「いたぞ! 楓殿だ!」
「見つけたぞ!」
穏やかな時間なんて一瞬だ。空を彗星のように、一対の天狗が滑空してやってくる。
「あっさっき舞台にいたTNG四十八の中のお兄さん!」
「正解であるっ! 某は高良山筑後坊ッ! いざ参る!」
「我は英彦山豊前坊ッ! 我と筑後坊、司会の高林坊以外は県外からの観光目的だッ!」
「それはありがたいことです、ね……!」
私は、はやかけんをすぐに構えて迎撃態勢に入る。
「はやかけん……ビーム! ビーム! ビーム!」
「ははは! 修行が足りぬ、足りぬぞッ! 楓殿ッ!」
何度も何度もビームを放つも、ひらりひらりと躱してくる天狗には全く当たらない。笑いながらきりもみ回転を入れつつ、彼らは私をあざ笑うように降りてくる。
「は、早すぎて全部避けられるーッ!」
「ははは、覚悟ッ!」
「わーっ!!」
反射的に橋に伏せる。
すると目の前で爆発音が響く。男の人たちの叫び声が聞こえる。
箒に乗った魔女さんペアが、これまた彗星のように彼らに向かい、閃光で迎撃を始めた。
「楓は私たちのものです! あなた方には譲りません!」
「な、なんだと……南南西大学の教授か!」
「私たちはブルターニュの魔女! 南南西大学の外国語学部には極秘に魔女専攻科があることを、知らないとは言わせないわよ!」
「そして私たちは専任教授でーす!」
「いえーい!」
彼女たちは私を見てウインクをする。
「楓、日本の忘れられた旧き巫女、私たちは興味がとってもあるのよ♡」
「あとで花を散らしてやるわ、負けたら大学に来るのよ、ハニー♡」
爆発でアフロになった天狗さんたちが、なにおう! と野太い声で応戦する。
「楓殿は我が英彦山にて研鑽を積み、たくましい巫女になってもらう!」
「なんですって!? 聞き捨てならないわね!」
「そちらこそ! 楓殿をかけて、いざ尋常に!」
「か、勝手にかけないでくださーい!」
両者の熱意に身の危険を感じ、私はダッシュでその場を離れる。しかしまた空から陸から地中から、私を狙うあやかしや神霊さんたちの手が襲いかかる!
「あそこに楓さんがいるぞ!」
「楓殿!」
「えーい! はやかけんビーム……あれ!?」
全部吹っ飛ばすしかない! と思ったけれどビームが出ない。
先ほど天狗さんを撃墜しようとしたときに、霊力切れになったらしい。
「う、噓でしょー!」






