突然の黒い影
「珠子さん」
至近距離で、彼女の真っ黒い瞳が私を捉えている。瞳に私は映っていない。光を吸い込む地の底の石炭の色、山の女神の深い色が、私をしっかりと捉えていた。
「あなたは巫女でしょ? 祓うんはビームを直接当てなくてもいいのよ。……お父さんたちは、何を喜ぶと思うかしら?」
「……そうか!」
私はひらめいた。
珠子さんが行ったところで一旦右に避け、ビーム対決から離脱する。
ごろっと道に転がった私を見て、紫乃さんが一瞬腰を浮かす。
私は首を横に振って大丈夫だと示して、再びハイパー大蛇山を見据えた。汗を拭い、袴の裾を払う。
深呼吸をして一秒。
私は状況を確認した。
一旦冷静になって改めて見ると、大蛇山は想像より一回りくらい小さかった。アーケード街の中で動けるのだから当たり前だ。日差しを通す透き通ったサンルーフから、柔らかな光が大蛇山を照らしている。
あちらも疲れたのだろう、ビームで私をすぐに追撃することはなかった。
余裕を取り戻すと、視野が狭くなっていたのを感じる。
私の戦いはビーム対決じゃない。
そしてお父さんたちも、私に力任せに勝つことが目的じゃないのだ。
「……全ては、修行。何をやっても、ここは複製神域……」
私は自分に言い聞かせ、アーケードの天井にはやかけんを向ける。できる限り大きく、なおかつ鋭くないビームをぶつければ、きっと。
「上手くいってー! はやかけんビーム!!」
まっすぐな光がアーケードに当たり、柔らかく反射して拡散する。
ビームが、光の雨となって大蛇山とお父さんたちへと降り注いだ。
お父さんたちは、光を見上げる。
力任せに吹っ飛ばすのでも、競り勝つのが目的でもない。私がやるべきことは、浄化。
「これは……」
「花火の代わり、か……」
珠子さんがふわりと舞い降りてきて、私にぱちぱちと拍手した。
「祭りが記録されている嘉永の時代から、祭りには煙硝や硫黄が使われていたの。今でも祭りの夜は空が燃えるように赤くなる。昭和の一番人が多かったときはもちろん、今でも祭りは変わらない。だから光は私たちにとって、必要なものなの」
大蛇山が浄化されていく。
大きな山車が、満足したかのようにはらはらと崩れ、光に溶けていく。
山車を降りたお父さんたちが盛大な拍手をしてくれる。彼らもまた光り輝いていた。
「頑張れよ、楓ちゃん!」
「俺らも応援しとるけんな!」
「ありがとうございますー! 頑張りますー!」
珠子さんが宙に浮かび、彼らひとりひとりを抱きしめていく。
「お父さんたちもありがと、またね」
「飽きたらまた出てくるよ、珠子ちゃん」
「じゃあな」
全てが消えたあと、珠子さんはにっこりと笑った。
「ありがとう楓ちゃん。みんな喜んでるよ。今を生きてる人間の楓ちゃんが覚えてい(とっ)て、浄化してくれるってことが、お父さんたちはどれだけ嬉しいか」
「珠子さん……」
「私は思うの(と)よ。神様の役割って、土地がある限り在り続ける存在として、生きてくれた人たちを覚えていて、思い続けることだって。世の中がどんな風に変わったって、私はみんなにとって、遠い(か)祈るだけの存在じゃなくて、傍にいる家族でありたいの」
「……だから、娘とお父さんなんですね」
「そう。私の中に生きてくれた、お父さんをひとりぼっちにしないために、私はここにいるの」
微笑む彼女を見て、第一印象で不思議な人だと思った理由がわかった。
瞳の黒さでも、黒いセーラー服のせいでもない。
彼女は少女の姿をしながら、表情が超越的なのだ。例えばお寺の仏様の像のような。例えばお地蔵様のような。彼女の表情は、人を慈しむ祈りの色をしていた。
私を愛していると言うときの、紫乃さんの目と同じだった。
複製神域が溶けていく。
残されたのは、静かな商店街と、珠子さんと紫乃さん、そして私だった。
戦いの名残は私の巫女装束にしか残っていない。
急にものさびしくなって、私は珠子さんに尋ねる。
「消えてしまったんですか? みなさんは……」
「ううん、一旦姿を消しただけ。気が向いたらまた戻ってくる(こらす)よ。だって私のお父さんだもの」
紫乃さんがストップウォッチを押し、こちらに文字盤を向けた。
「時間も合格。55分34秒で完了したな」
「やったー!」
「何が食べたい?」
「えーどうしましょう、何がおすすめですか、珠子さん」
「私のおすすめ? んじゃあ近くだから名前がすごいラーメン屋さんにでも……」
「なんですかそれ」
そのとき。
アーケードの上から、私に向かって黒い影が降ってきた。
「え」
一瞬の出来事だった。突然すぎて、全てがコマ送りのように見える。
紫乃さんが反射的に私を庇う。
黒い影が振りかぶった何かで傷つけられ、紫乃さんの腕から鮮血が滴るのが見えた。
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