「当然愛しているよ」
夕食後、お風呂に入る前に少しだけと、私は紫乃さんと一緒に改めて修行していた。
しかしやはり、何度かっこいいポーズを決めてはやかけんを構えても、一向にビームは出ない。くしゃみが出そうで出ないような、気持ち悪い感じはあるのだけど。
私の後ろで見守っていた紫乃さんが、タオルを私の頭にぽんとのせる。
「楓、明日にしよう。今日は疲れているんだ」
「うーん、あと一発だけやらせてください」
私は汗を拭って、最後の一発のために姿勢を整える。
「無理はよくないと言いたいけど、楓が納得するのが一番だ。応援してるよ」
「はい」
紫乃さんの激励が嬉しい。
再び的を睨みながら、私は別のことを思う。
私は紫乃さんと、これからどういう関係でいたいのだろう。
人魚さんの言葉を思い出す。
─紫乃さんのことも楓ちゃんのことも、いろんな奴らが狙ってるからね。
紫乃さんが誰か別の人を好きになったら、私はどう思うのだろう。
どーん!
一瞬のことだった。目の前が閃光に包まれる。
気がつけば私は、道場の隅まで吹っ飛ばされていた。
「楓、大丈夫か」
背中の温かな感触に後ろを仰ぎ見る。
壁にぶつからないよう、紫乃さんが私を庇ってくれていた。
「あ……ありがとうございます」
髪を乱れさせた紫乃さんが、私を見下ろして屈託なく笑った。
「できたじゃないか。やったぞ」
「えっ」
前を見ると、道場の壁にかけられた的が破れていた。合格だ。
「巫女服も出せたな」
言葉に促されて見ると、私は巫女服を纏っていた。
紅一色の巫女服に千早を上から纏った、少し普通の巫女さんとは違う派手な姿だ。
「はー……これが変身……」
「霊力で構築したものだから、こうしないと出ないんだよ」
「私、早く復帰できるように頑張りますね。皆さんの力に早くなりたいです」
「うんうん、頑張れ」
紫乃さんが微笑む。慈愛に溢れるその表情は、いかにも家族愛という感じだ。
「紫乃さん」
「ん?」
「私がどう思ってたかって話はしましたけど、紫乃さんはどう思ってるんです?」
「何を?」
「私のことをです」
紫乃さんは表情を変えずに当たり前のことのように言う。
「当然愛しているよ」
「あ、愛……ちなみに、どんな意味の愛ですか?」
「楓の好きな愛で解釈してくれて構わないよ」
「好きな愛って言われても」
紫乃さんは私を見下ろしながら、片手で頰を包み込むように撫でる。それは夫婦としてというよりも、子どもや妹に触れているような感じに思えた。
「楓はどんなふうに、俺に愛して欲しい?」
「うー、わかんないです……」
「はは、まあゆっくり考えるといいよ」
「そういえば」
私はふと、仮定を思いつく。
「例えばですよ? 今日の人魚さんが言ったみたいに、私が他の人と結婚したいとか、一緒にいたいって言ったらどうなるんですか?」
「当然楓の希望を優先する。これまでずっと楓の人生を独り占めしてきたんだ。楓の希望があるなら、なるべく応えたい」
「……愛ですね」
「淋しくないと言えば嘘になるけどね。けれど楓が人間と夫婦になって、子供を見せてくれるのも悪くはない未来かもしれない」
「そ、そこまで」
「実際にそうなったとき、どう思うかは分からないけどな。でもなるべく、楓の希望を俺は受け入れたいって思うよ」
「うーん……他で結婚する予定は今のところないですが、紫乃さんのお気持ちは分かりました」
ここまで深く愛されてしまえば、他の男性を好きになれることなんてないのではないか。元々の楓は、この重い愛をどんなふうに受け止めていたのだろう。
紫乃さんは気にするなと言うけれど、気にはなる。
「ありがとう。もちろん一緒にいてくれると言うのなら、俺は嬉しいし大事にするよ」
紫乃さんは私を見下ろしながら、優しく何度も頭を撫でてくる。
神様の感覚というものが分からない。
けれどあまり深く考えないことにした。考えても答えは出なさそうだから。
「あの」
「ん?」
「少なくとも現時点では、私は紫乃さんと一緒にいたいと思ってます。一応。紫乃さんの愛情が嫌だとか、離れたいとか、他で恋したいとか、そういうのは全然ないです」
「そっか」
紫乃さんは屈託なく微笑んだ。
神様の感覚はわからない。
けれど少なくとも紫乃さんは、なんだかとっても嬉しそうだ。






