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-山下秋之助は小説家であった-

『すいませんが、今回の作品は、、、ええ、ええ、私自身としては大変素晴らしく、、、編集長にも強く押してはみたのですが、、、残念ながら、、、ええ、、いえ、とんでもない!次回作期待しております。それでは失礼致します。』

脂汗がこびり付いたスマートフォンのタッチパネルの終了ボタンをタップして、男はため息をついた。

『まあね、確かに会心の出来ではなかったよ。でも、やっぱり慣れねえな。凹むわ。』

山下秋之助は小説家をしている。

かつてのデビュー作は新人賞を受賞。

期待の新人として、2作目もそれなりにヒット作を世に送り出した。が、それ以降は鳴かず飛ばず。

今回の雑誌掲載落選も、もはや、3度連続となっていた。

『飽きられちまったかなあ?良きも悪くも一定の層には刺さってたと思ってたんだが、、、はぁ』

彼の小説は所謂日常恋愛系SFで、デビュー作はメディア展開も計画されていた。しかし同時期に彼の作風に類似した漫画が原作の日常恋愛系SFが世を席巻したせいで、彼の活躍は霞んでしまったが、2作目のヒットで、彼の中で、自分の小説家としての才能は世間が認めるものだ、と確信を得ていた。だが、満を持して世に送り出した3作目の売上は散々たるもので、初版の発行部数のなんと3分の2が売れ残る、という、出版社にとっては山下の評価を下げざるを得ない痛手を被る結果となった。

この結果に驚いたのは山下本人と出版社もさる事ながら、一般の日常恋愛系SFを好む、所謂、通たちの間でも、ひとつの謎としてひそかに話題になっていた。

『あれさ、買おうと思ったんだけど、どこのサイトみても、レビューでさ、『絶対に買わない方がいい、最低の作品だ。』って書いてあったんだよな。しかも、過去作に高評価を付けてた連中が、だぜ。』

山下には出版社から、これ以降は単行本での作品の発表ではなく、雑誌掲載から、掲載分を単行本化するという、言わばリスク回避対策のような、発表のかたちをとるよう、通達が来た。彼もプロだ。言い返す言葉は、なかった。

『これのどこがつまらねえんだよ!』

彼は彼自身の3作目の単行本小説『もう2度と出会えないなら』を壁に放り投げた。

ばしゃりと、カバーが外れ、帯の『恋はやっぱりSFだ!』の文字が。

『意外性もしっかり泣き所もあっただろうが、、、』

表紙には可愛らしい高校生らしき制服の女の子が右手にアサルトライフルをぶら下げている。

山下は、

『少し、オーソドックスに寄りすぎたか、これからは、今流行りの百合要素とか、、、』

などと、考えていたその時、ピロリンとスマートフォンが鳴った。

『もしもし』

『あ、山下先生ですか。夜遅くにすいません。担当の堺です。この度はなんと言うか、、、僕個人といたしましては非常に好きな作品だったのですが、、、』

『慰め、ありがとうよ。で、どうしたの?』

『非常に申し上げにくいのですが、上の方から追加で通達がありまして、、、その、これから掲載会議に持っていく作品なんですが、、、日常系恋愛SF以外のジャンルでお願いしたいのですが、、、』

『ちょっと待てよ、それはさすがに、、、』

『ええ、私も上に先生がどれだけこのジャンルにこだわっていらっしゃるかを伝えたのですが、、、すいません、私の力不足で、、、』

『となると、不得意なジャンルで掲載会議に載せなきゃならんのか』

『ええ、そうなりますね。』

『困ったな。』

デビュー以来、山下は、他ジャンルを書いていなかったし、これからも、書かないつもりでいた。

山下は、深くため息をついて、

『まぁ、背に腹は変えられん。とりあえず1週間後の金曜までに、他ジャンルで3本ほどプロットを書いてみるから、書けたらまた連絡するよ。それから、今後の方針を相談しよう。』

『わかりました!それでは、失礼致します。』

『さて、どうしようか、、、』

山下は、ソファにもたれかかり、頭に手を当て天井を見上げた。

『異世界なろう系、日常系ホラー、萌え要素多めのサスペンス、、、』

髪の毛を右手でガサガサ擦って、山下は、

『俺ならやれる、俺はプロだ。』

と、目を瞑り、念じるように唱えた後、

『とりあえず、今日は疲れた。シャワー浴びて寝よう。』

山下は眠りについた。

その次の日から、1週間、期限ギリギリまでかかったが、なんとか、予定していたプロット三本を書き上げた山下は、マネージャーの境を近くの喫茶店に呼び出した。

『ご無沙汰しております。あれから、体調などお変わりありませんでしたか?』

『あぁ、結構精神的には参ったね。でもまあ、これくらい、今じゃあ汚名返上のモチベーションで燃えてるよ。』

『それならば、よかったです。ではいきなりではありますが、約束していたプロットの方をお見せしていただいて宜しいでしょうか?』

『もちろん。』

山下は、おもむろにカバンから3つの封筒を取り出し、

『まあ、初挑戦のジャンルとは言え、クオリティは保証するよ、ま、どれからでも読んでみて。』

『では、失礼します。』

境は渡された封筒を一旦テーブル左端に起き、

1番上の封筒の中身を取り出し、メガネをクイッとした後、ゆっくりと原稿に目を落とし、読み始めた。

30分ほど、山下はジュースを飲みながら原稿を読む堺の様子を伺っていた。

境はどんな原稿に対しても読んでいる最中はほとんど表情に変化を見せないが、読み終えた後は、ズバリと的確な感想を言ってくれる。

そんな境だが、なんだかんだ、批評はしても、自分の作品に対しては、毎回高い評価をしてくれていた。

しかし今日は、そんな境が、明らかに困惑した表情をしている。

原稿を何度も読み返しては、少し首を傾げたような素振りをしたあと、また原稿を読んでは、前後の文章を確認するかのように、ページをめくり、全てを読み終えた堺の表情は明らかに疲れていた。

『先生、大変申し上げにくいのですが、、、』

境は言葉を選んでいるようだった。

『意欲は感じられるのですが、正直なところ、全体的に読みにくく感じました。ギミックのようなものも、少し分かりづらいかもしれません。もう少し、読み易くしていただければ、、、と。』

『例えばどのシーンが分かりにくかった?』

『たとえば、この異世界なろう系の原稿ですが、、、主人公がいつ異世界にいたのかが不明瞭で、、、この書き方だと、ヒロインと出会ったシーンは現実だということですよね?それでは、前後との兼ね合いがイマイチよく分かりづらくて、、、』

『うーん、そうだなぁ、なんていうか、文章だけしか表現できないギミックに挑戦してみたつもりだったんだけど、ちょっとこだわりすぎたなあ。伝わりにくいものになっちゃったな。改善するよ。』

『そうしていただけると助かります。しかし方向性は悪くないかと。上手く行けば、先生独自のジャンルが開拓できるかもしれません!期待しております。』

『ありがとう。とりあえず、この中なら、なろう系が1番改善の余地があったと思うから、また3日後までに仕上げて連絡するよ。』

『よろしくお願い致します。原稿はお返ししておきます。それでは、失礼致します。』

『ああ、ありがとうね。』

山下は、喫茶店から出て、ふと、花屋に立ち寄った。

色とりどりの花々が、店先に並んでいる。

『新人賞取った時花束いっぱいもらったっけ。くれるのはいいけど、枯らすだけなんだよな。』

とか、身も蓋もないようなことを考えながら、山下は踵を返し、家路に着いた。

帰宅後、1杯の水を飲み、ソファーで寝転がりながら、カバンを開け、先程の原稿を手に取り、改善点をさがしながら、ときおり降りてくる真新しいアイデアのメモを取る。修正が終わり、ひと通り原稿を読み返して、山下は、

『ま、こんなもんだろう。』

と、目を閉じ、少し眠った。

22時頃目が覚めた。

山下は境に明日、原稿の再確認希望の連絡をしたあと、

シャワーを浴び、またソファで横になり、今度は深い眠りについた。


『いいと思います。』

境は原稿を読んだ後、こう言った。

『読み易く、伝わる文章に改良されていました。ありがとうございます。これを掲載会議にあげますね。』

『ありがとう。よろしくたのむよ。』

『まかせてください。それでは、失礼致します。』

堺からの高評価で山下は安堵した。

『なんとか、これで、復帰できそうだな。』

山下は、別会計でパフェを注文し、食べ終えたあと、

店を出て、意気揚々と家路に着いた。


しかし、その作品は落選した。

その次も、その次の作品も。


なろう系の原稿が落選したと連絡が入った時、心のどこかで、まだ余裕があった。

『なんたって初めてのジャンルだ。堺の評価も悪くなかった。次は行ける。』

しかし、次の原稿がまた落選したと連絡が入った時は愕然とした。はっきりと、自信があったからだ。

『運が悪かっただけだ。おそらくぱかんと2つに意見が割れて今回は見送った、というところだろう。』

山下の所属する出版社は掲載会議の詳細な結果を作家に伝えることをタブーとしていた。

そのせいもあってか、山下は、作品の評価が徐々に上がっているものと推測していたが、現実として、編集長含めた、掲載会議の首脳からは、山下の作品は、一瞥の後、不採用、落選の方に回されていた。

そして、三本目が落選した時初めて、山下は、

自分が、出版社にとって、目の敵のような存在なのではないか、と疑るようになった。

『おかしい。もしかすると、意図的に落選させてるんじゃないか?俺の3作目の損失を俺が無能だとでっち上げて責任逃れをするつもりじゃないだろうな?』

山下は少し疲れていたのもあって、軽い人間不信に陥った。

『そういえば、最近真奈美に会ってないな。ここの所根詰めてたからな。久々に電話してみるか。』

スマートフォンを操作して、耳に当てる。

『もしもし、真奈美か、何してる?今日休み?今から会えないか?わかった。』

真奈美とは山下の彼女だ。

モデルをしていて、新人賞授賞式の打ち上げで知り合い、それ以来交際している。

山下は顔を洗い、髭を剃り、服を着替え、髪を整えて、

車に乗り、待ち合わせの会員制バーへ向かった。

車を停め、バーに入ると、カウンターにぶ厚めのコートにサングラスの女性が座っていた。

『おまたせ』

『今着いたところよ』

女性は店員を呼び、コートを預けた。

赤いドレスにグラマーな体型。

2人はドリンクを注文して、

『久しぶりだな、真奈美』

『ええ、いつぶりかしら』

山下は少し渋い顔をして、

『1ヶ月くらいだろ。ごめんな。ろくに連絡も出来なくて。』

『お互い様でしょ。ところで。』

真奈美はバーテンダーの方に目をやり、

『ん?どうした?』

『今日は話があるの。』

『なんだい?』

真奈美は間を置かず、言った。

『私たち、別れましょう。』


山下は落ち込んでいた。

泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。

真奈美は初めての彼女だった。

作家としてデビューするまで、

ひたすらに創作に励む中、

恋愛などする時間はなく、

新人賞という節目に出来た初めての彼女は

神からのプレゼントかと思ったほどだ。

しかし、よく考えてみれば、

あの時の自分は、客観的に見て、

買い時、だったのだろう。

価値が落ちて手放されたのだ。

浮かれていた自分に腹が立つ。

真奈美はあの後、運ばれてきたカクテルを飲み干し

すぐ店を出ていった。

ソフトドリンクを注文していた山下だったが、

カクテルを注文し、それから何杯か酒を煽った。

元々酒に強い方ではなかった。

山下は店から出ると、フラフラと行くあてもなく歩き出した。

朦朧とした意識の中、色んなことが頭をよぎった。

真奈美に振られたこと、3連続で掲載会議に落ちたこと、自分はもう作家として終わっているのではないかということ。

そんなことがぐるぐる頭をまわり、時折街路樹にぶつかりながら、ヨロヨロと道を歩いていると、

『あの!すいません!』

と、後ろから声を掛けられた。

『あ〜?』

と山下が振り向く前に、

『大丈夫ですか?これ!財布落とされましたよ!』

女性が自分の財布を手渡してきた。

『あー、これ俺の財布?あれ?』

『だーかーらー、落としたんですよ!』

女性は山下にグイッと財布を押しつけ、

『いい大人なんですから、そんな飲んだくれみたいに街を歩かないでくださいよ!危ないですし、第一、他の人に迷惑ですから!』

『うう、、、』

山下は涙ぐんだ。

『え?うそ?泣かないでくださいよ!ほら、中身も取られてなかったですよ!良かったですね!私がいい人で!それじゃあ!』

女性は早足に去っていった。

その後、山下は街路樹にもたれかかって寝ていたところを警察官に保護され、交番で一夜を過ごしたあと、後日職務質問を受けたのち平謝りして交番を後にして、バー横の駐車場に止めたままの車に乗って家に帰り、ソファに倒れ込んでまた眠りについた。

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