オレの復讐に、俺が逆襲する話
何となく書いた作品。
「蓮磨君、 蓮磨君」
優しくて美しい声と共に肩を軽く揺らされたことで目を覚ます。 寝起きは悪い方だが、 この綺麗な音色のような美しい声を聞くと心が安らかになるのか、 ぱっちりと目が開ける。 目覚まし時計に欲しいくらいだ。
「……おはよう」
「それは今日の朝、 起こしに行った時にも聞きましたが……はい、 おはようございます」
そうだった。 もう既に目覚まし時計代わりに毎日起こしに来てくれるからな。 俺は幸せ者だ。
目をギュッと閉じて勢いよく目を開けると光が辺り一体に広がる。 暗闇でもなくモノクロでもない。 カラフルで立体的で日常の色。
確か今は学校に来ていたんだったか。 お昼食べて五時間目が体育だったから、 六時間目に睡魔が襲ってきて寝てしまった。
教室の電気は消されているが、 しかし窓から差し込む茜色の夕日のおかげで結構明るい。 他のクラスメイトは誰も居らず、 居るのは目の前の黒髪ロングの容姿端麗の清楚で可憐な大和撫子のみ。
「華音」
「もう既に放課後で、 下校時刻間近ですよ」
「そんなに経ってたのか」
如月華音。
成績優秀でスポーツ万能と文武両道を体現したウチの高校が誇る天才の一人であり、 成績だけで無く、 容姿も抜群に優れていることから学年のマドンナ的存在になっていた。
……そう。 過去形である。
勿論今現在も男女それぞれから大変人気があることに変わりは無いが、 高校入学当初と比べたら大分人気は落ち……落ち、 てはないかな、 うん。 相変わらず大人気で幼馴染としても鼻が高い。
「名前呼んだだけで俺の知りたい情報知れるのは最高だな」
「蓮磨君分かりやすいですから」
他の友達には、 どちらかと言うと何考えてるのか分かりにくいと言われるんだが、 生まれた時から一緒の幼馴染には全部分かるのかな。
「私、 彼女ですから」
「……もう三年か」
「はい! 」
本当に綺麗な笑顔で笑う子だ。 少し照れているのか、 頬を紅く染める。 もうあれから三年が経つというのに未だに初心のような反応ばかりで愛らしい素敵で可愛い、 俺の彼女。
ああ、 本当に――
(――壊してやりたいなぁ)
「っ……!? 」
脳に響くドス黒い憎悪が籠った低い声。 自分と似た声なのにまるで印象が違う為か違和感があるし、 気持ち悪くて吐き気もしてくる。
またお前か。 いい加減消えてなくなってほしいのに、 何時も一方通行で突然聞こえてくるから鬱陶しい。
「……蓮磨君? 」
「何でもない」
首を傾げて心配そうにこちらを見つめてくる可愛い彼女を不安がらせちゃ駄目だろうに。 俺は相変わらずダメダメな人間だ。
おずおずと伸ばしてくる細く小さな手を見なかったことにして、 椅子から立ち上がって、 広げていた授業用の道具を片付け適当に鞄に突っ込む。
「帰ろっか」
「……そうですね」
高校に入学して初めての二学期は、 思っていたより放課後の廊下には人通りが多いように感じた。 二階の職員室に近い教室を三年生が使い、 三階を二年生、 四階を一年生が使うようになっている為、 下の階に降りるにつれて生徒の声が多くなる。
「華音」
「二学期は文化祭がありますから、 二年生は去年よりもより良いモノを、 三年生は最終学年で最後のお祭り行事ですからね。 まだ文化祭実行委員も決めてませんのに、 今から気合いが入ってるんでしょうね」
「……成程」
隣並んで目も合わせず、 一度名前呼んだだけだと言うのに完璧に質問を答えられて戦慄を覚える暇もないくらいに感心してしまった。 俺の彼女凄すぎる。
一年の廊下はギリギリまで友達とだべってる程度の集まりが幾つかあるだけだったが、 二年生の廊下も三年生の廊下も結構賑やかだったのは文化祭の為だったか。
まだ二ヶ月以上先だというのに結構なことだ。 勿論部活動や他の事で参加してない生徒も大勢居るとは思うけど、 それでも今からやる気いっぱいの生徒が沢山居るというのは先生方も嬉しいだろう。 本当は下校時刻間近だし帰ってほしいというのが本音かもしれないがな。
「華音は文実やんの? 」
「蓮磨君がやるのでしたら、やります」
愛されてるなぁ、 俺。 なんの躊躇いもなく、 俺次第とは恐れ入った。
華音は本当に優秀で学年首席だし、 クラスメイト達からしたら是が非でもお願いしたいんだろうけど、 俺次第となるとな。 俺は別にやりたくないし、 バイト減らさなきゃいけなくなりそうだからな。
「まだ先だから、 また今度考えてみる」
「それもよろしいと思いますが、 その前に中間テストがあるのをお忘れなく! ですよ」
「わ、 分かってるって」
気立て良くて明るく優しい彼女ではあるけど、 学業に関しては自分にも他人にも厳しいタイプだから、 言い方は優しくても真面目に真摯に学業に向き合わないとお説教と鬼のお勉強会が待っているのだ。
お説教してる姿は可愛いから目の保養になるし構わないけどただでさえ普通に勉強会が行われてるのに更に増やされては趣味に費やす時間が減ってしまう。 それだけは死守しなくてはならない。
「また今日みたいに授業中寝てましたら、 一日勉強ですからねっ」
「はいはい」
「返事は一回」
「……はーい」
「伸ばさない」
「はい」
ジト目で見つめられても顔が良いから可愛いだけだが、 最近になって更に母性強めというか、 母さんのようなことを言い出すようになったなと思い変な気分になる。
こうやって二人で歩くことは中学でも高校に入ってからも変わらずではあるけど、 この美貌に加えて細い体にしては制服越しでも伝わる胸とお尻の張りのある肉感から色気が零れ出しているせいか、 すれ違う男子生徒達の視線を釘付けにしている。
昔から成長が早くて直ぐに女性らしい体つきになっていたが、 最近になって更に魅力的な美少女に成長したと思う。
「どうかしましたか」
桜色のぶっくりとした唇には今にも吸い付きそうになり、 大きな目に長いまつ毛によって底知れない色気で心を惑わす。 恋人だから当然だが、 距離感が近く、 まるで警戒した様子がない為、 少し歩く度に肩が当たり良い匂いもする。
「なんか、 えっちだなって」
「んなっ……!? 」
ボソッと言ったから華音にしか聞こえていなかったが、 華音の反応が思いの外大きかったことで周囲の生徒から注目を浴びた。
注目を浴びたせいか、 それとも普通に下ネタ関係に弱いからなのか、 顔を真っ赤に染めてポカポカと肩を殴られる。
「そ、 そういうことは二人きりの時以外は言わないようにって約束したではありませんか」
「え、 でも聞かれたし華音なら俺の考えてること分かるだろ」
「そ、 そうですけど」
声が小さくなっていき、 顔を俯かせてそっと俺の腕の袖を掴む。 本当に可愛らしい彼女だ。
相変わらず人気者の華音への視線が多い中、 既に校内中で周知されてるカップルの俺達の場合、 学年のマドンナ的存在と入学前から付き合っていた俺に対するヘイトは男子生徒を中心に結構多いが、 最近は公認になってきてるらしく、 以前と比べれば嫉妬の目は格段と少ない。
この学校は芸能人が数人通ってるらしいから、 そちらに注目が集まってたり、 あいつの人気が凄まじいからこちらに気にしてる暇が無くなっただけかもしれないけど。
「おっ、 二人とも今帰りか」
「……噂をすればなんとやら? 」
「何の話だ? 」
下駄箱に着くと同時に後ろから声が聞こえたと思ったら、 華音と同レベルで文武両道・眉目秀麗でトップカーストの中のリーダー的存在の神崎真。
高校入学した当初は、 運動も出来て勉強も出来る容姿端麗・眉目秀麗の男女の一年生二人が入ってきたと大いに噂されていたものだが、 その人気は留まることを知らず、 今では両者共に同級生が中心に作られたファンクラブがあるほどだという。
「真君は部活ですか? 」
「これから練習が始まるから、 その前に軽くアップでもしようと思ってな」
「流石サッカー部の期待の星だな」
「まぁな」
満ち溢れるほどの自信。 しかし中学ではユースに所属してた程の実力者なのだから当然か。 高校ではのんびりやりたいと言ってユース辞めたらしいが、 未だにこいつの両親はユースに戻ってほしいと思ってるくらいには本当にサッカーが上手い奴だ。
(――本来なら、 こいつは未だにユースに入ってんだがなぁ。 ……何で辞めたんだろうなぁ、 ククッ)
黙れ。
(――足りねぇな)
鬱陶しく、 胸糞悪い程に人を馬鹿にするような笑い方。 俺とは違うのに、 どうしても頭から離れない知り尽くした声。
「気をつけて帰れよ華音」
「はい」
「ちゃんとしろよ蓮磨」
「へーい」
気まずい空気を察して早々に話を切り上げるコミュ力高い真によって解散する。
いや、 俺は別に気まずいとは思っていないし華音も気にしないようにしている。 一番気まずくて辛いのは俺でも華音でもなく、 神崎 真だから。
「れ、 蓮磨君」
「ん」
グラウンド目指して走り去っていく真から目を離し、 隣を見ると頬を染めて手を差し出してくる可愛らしく照れた様子の彼女の姿があった。
何時ものことなので特にからかう理由もないし手を繋ぎ、 少しずつ、 少しずつ恋人繋ぎに変化していく。
「……ふふっ」
この時間が幸せだと言わんばかりに零れる笑みが本当に愛らしくて堪らない。
なのに、 俺の心を占めているのは罪悪感。
本当は、 違う。
間違っても、 俺こと橋本 蓮磨が如月 華音と恋人関係になっていいわけがない。
(――そんなことはない。 これが本来あるべき関係だった)
俺はそう思えない。
(――後悔してんのか、 俺? )
俺は、 オレとは違うはずなんだ。
(――いいや? 俺はオレがいずれ辿る道を歩いていた。 それを変えてやったのは誰だ? ……このオレの存在があったからだろう)
あんな……あんな記憶がこれから俺が辿る道の末路だと?
(クククッ、 今ではなんの意味も無い、 記録だがなあ)
ありえない。 ありえていいわけがない。
何人が死んだ? 何人、 何十人、 何百人と殺した? 裏切られ、 裏切られ、 最愛の大切な、 家族のように過ごしてきたあの二人をズタズタに引き裂いたのは誰だ?
(――オレだが、 オレじゃない)
じゃあ誰だ。
(――神崎 真と、 如月 華音の二人であり、 この世界でもあるなぁ)
……意味が分からない。
(――今はそれでいい。 もう既に俺の知る世界とは違ってきているが、 それでも変わらないモノはあるんだよ)
何故それを全部先に見せない? 何故今は一部しか見せようとしない。
(――ククッ、 やっぱり足りねぇな。 ……足りねぇ足りねぇ足りねぇっ!! )
響く、 響く。 恐ろしい程の憎悪を込めた言葉に頭の中から殴られてる程にすら感じる程の痛みすら感じるようだ。
この声は、 未来の自分。 中学入る前に突然夢に見るようになった幾つかの悪夢と共に聞こえてくるようになったこの声によって俺自身の世界の見え方が一瞬で変わり、塗り替えられた。
(――憎め、 復讐しろ)
(――憎め憎め憎め! 殺られるくらいならこちらが先に殺ればいい)
(――誰も信じるな。 信じられるのは己の中に秘める漆黒の闇だけだ)
(――忘れるな。 お前はあの二人とは違う。 馬鹿でノロマで役立たずのボンクラで、 勝るもの等殆ど無い。 だが殺れる)
(――殺意だ。 ……俺に足りないのは殺意)
あの頃と変わらない殺気満ちた言葉の数々。 オレの知る過去とは確かな変化があったはずなのにそれでもまるで足りないと言わんばかりに復讐することを辞めない。
俺と華音と真は幼馴染で、 生まれた時から一緒に育ってきた。
三人の両親は全員高校の同級生でよく六人で遊んでいたほどに仲が良く、 トリプルデートをする程だった。
何時か、 お互いに子供が出来たら自分達のように学校生活を送れたらいいなと願い、 その奇跡が叶ったのか、 卒業式以来の再会を産婦人科の待合室で全員したのだった。
元々仲が良かったのに、 更に仲良くなり、 同じ地域の隣同士に家を建てることも計画しだし、 誰一人反対する者がいなかったことでその計画は本当に実現した。
そして更なる奇跡が起きたのは、 とある病院で三人の赤ん坊が生まれた時だった。
二人の男児と一人の女児の赤子は、 母親の腹から出た時間に差はあれど同じ日に生まれ、 全員親友同士六人の子供達。
未だに信じられない程の、 奇跡のような出来事により、 俺達三人は生まれた病院からずっと一緒に育ってきた。
本当の、 家族のように育ってきたのだ。
(――地獄の始まりだった)
毎日が幸せだった。
(――出来損ないのオレと天才のあいつらで見比べられていた)
要領の悪い俺を何時も優しくて頼れる二人が手を引っ張り助けてくれた。
(――殺したい程憎んでいた)
心の底から憧れ、 何時か受けてきた恩を返していけたらと思っていた。
違う。 未来の自分なんて居ない。 何かの間違いで、 きっと俺は遂に厨二病を患う様な変人になっただけだ。 気にしなくていい。
……そう、 思いたかった。
でも、 時々見る悪夢は正夢のように現実でも起き、 当時の俺が知らないはずの学業の知識が頭に存在し、 まだ練習中だったバスケの技が次々と出来るようになっていってから認めるしかなかった。
オレは、 未来の俺なんだと。
「――蓮磨君、 蓮磨君! 」
「……あ、 どした」
「どしたって……それはこちらのセリフですよ。 先程から話しかけてますのに、 ぼんやりしてるのはどちら様でしょうか? 」
「す、 すみません」
後一センチ詰めればキスしてしまいそうな距離。 これ程近づかれて声掛けられるまで気づかないとは我が事ながら腑抜けすぎだ。
恋人同士の触れ合いの時間を蔑ろにしてると思われるし、 目の前で可愛い彼女が不機嫌そうに眉を寄せて顰めっ面をしている。
「わ、 私との話はつまらないですか? 」
「華音……」
顔を俯かせ、 肩を震わせる彼女と繋いだ手が強く握られる。
美人は三日で飽きると言うが、 そんなのは嘘だ。 生まれた時から一緒だから慣れてるとか飽きるを通り越してるとかじゃない。 この可愛い彼女の魅力は常に進化を続け、 異性同性関係なく心を惑わす天性の存在。
「あの日、 華音に告白したことを俺は後悔していないし、 これから先の人生を華音と歩んでいきたいという思いは変わらない」
「……蓮磨君」
「この時間が楽しいんだよ」
「れん……んっ!? 」
繋いだ手はそのままにし、 正面に向き合って不安いっぱいの唇を奪い閉ざす。 一秒、 二秒と、 時間が経つにつれて突然のことで強ばった体から力が抜けていき、 俺にしなやかな肉体を預ける。 押し付けられた大きくて柔らかな感触を楽しみながら、 舌を入れないよう気をつけながら時々啄むように唇を動かすと艶かしい声が出る。
少しして顔を離すと、 蕩けた顔でこちらを見上げる色っぽい彼女の姿があり、 このまま抱きしめたい気持ちになる。 周囲に人の影が無かったからこんなことをしでかしてしまったが、 流石にこれ以上外でイチャつくのはマズイ。
「蓮磨君。 好き、 好きです」
「俺も好きだよ、 華音」
本当に大切にしようと思う。 俺は既にとんでもないやらかしをしているのだ。
あの絶望に満ちた、 残酷な未来を変え、 オレの復讐とは違う道を歩く為に、 もう一人の幼馴染の気持ちを切り捨てた。
(――あれは最高だったなぁ。 あの絶望に満ちた表情は堪らなかった)
もう黙っていてほしい。 お前はお呼びじゃない。
何が最高なんだ。 小学校高学年の男女間の微妙にギクシャクしだした思春期突入時期に、 真から華音の事が好きだと聞いていて、 それを応援していたはずの俺が、 中学入ってあいつが告白する前に先に華音に告白した。
結果、 俺と華音が付き合う事態になってしまった。
俺は振られると思っていたのだ。 何故なら、未来ではあの二人が恋人関係になっていたからだ。
「私は、 蓮磨君だけを愛してます。 今までも、 これからも」
「……ありがとう。 俺も愛してる」
(――ククッ)
既に未来のオレの世界とは違う道を進んでるはずなんだ。
親友の真が何時も華音を見る目には寂しさがあり、 それでも俺と華音の関係を祝福してくれるし、 気を使って二人にしてくれる。
……俺は、 三人の時間が大切で、 大好きだったはずなのに。 何故こうなってしまうのだろう。
二人のことが大好きで憧れてて、 二人のように何時かなりたかったし役に立てるようになりたかった。 虐められても颯爽と助けてくれるし勉強も教えてくれる。
大変頼りになるあの二人の恋愛してる風景を端から見てるだけで楽しかったし嬉しかったはずなのに――
(――そう、 過去形だ)
醜悪な笑い声が聞こえてくるのを頭を振って追いやり、 目の前の可愛いく儚い彼女を見つめる。
目を麗して、 繋いだ手を一度離し、 俺の腕の袖をそっと掴み、 何かを期待しているかのように上目遣いでこちらを見つめる。
袖をそっと掴む癖が出る時は何時も甘えたい時だった。 これに気づいたのは何時だったか。 ……よく考えたら、 付き合う前からもあったような気がする。
――今はもう、 なんでもいいか。 これからのことはまた明日から考えよう。
「今日、 泊まってきなよ。 家隣だけどさ」
「……はい、 喜んで」
彼女は待ってましたと言わんばかりに両腕で俺の腕を絡ませくっついてくる。 本当に愛おしくて、 柔らかくて良い匂いがして、 男を虜にする麻薬なのだろうか。
俺の世界には二人の幼馴染しか存在しなかった時代がある。
でも今日は、 今日もまた――
「……帰ろっか」
「はいっ」
――恋人同士だけの世界に逃げ込もうと思う。
甘く、 蕩けるような、 優しい世界に。
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