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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王撃破直後に『用済み』宣言されたネクロマンサー

作者: 読み専

死者の尊厳を踏みにじるような行為(主に過去回想にて)があります。苦手な方はブラウザバック推奨です。




「……申し訳ないが、ここで死んでもらおう!」


 …………は?何言ってんのコイツ。

 なんで、味方の私に聖剣なんて物騒なもの向けてきてんの?私、魔族と人族のハーフだって言ったよね?だから、聖剣が掠っただけでも血が止まらなくなって死んじゃうって。

 なんで、じりじり近づいて来んの。ちょっとずつ離れてんのに、その距離を詰めて来るの。なんで、どうして、聖女様もベラさんも、エドを止めてくれないの?


「な、なんでなの!?い、やっ……!!!」






ーーーーー







 私は、魔王を倒すために旅をしている勇者、エイドリアンに、唯一の肉親である魔族の母を救われた。その恩に報いるため、そして、魔物の攻撃から母を庇ってくれた戦士、ウォーレルさんの力になるために、魔王を倒す旅の仲間に加わることを決めた。



 けれど、私が魔族とのハーフという事もあってか、パーティのメンバーから受け入れられていない雰囲気を感じることが多かった。


 きっと聖女様は、死霊魔法を使う私を聖女という職業から苦手に思っていて、武闘家のベラさんは、身一つで戦うことを正義としているから、そうしていない私を受け入れられずにいるのだろう。「このパーティには国の命運を背負った聖女として参加しているのだから、役職で呼んで欲しい」と言った聖女様も、「自らが直接手を下さないで手に入れた、責任の無い勝利に価値は無い」という考えを持つベラさんも、それぞれ素敵だと感じている。

 けれど、私自身、あからさまに「嫌いだ」という雰囲気を隠さない相手と長時間一緒にいたくはなかった。そういう訳で、彼女達とはあまり関わらないようにしていた。


 勇者であるエイドリアンは、私と同じ平民という出自からか、エドという愛称で呼ぶことを許してくれた。上手くいかない女性陣との仲を取り持ってくれることも多く、悩みをよく聞いてくれる、私にとっては兄のような存在になった。

 戦士として味方の盾を担ってくれているウォーレルさんは、元々名家の次男坊らしく、責任感が非常に強くて弱いものに寄り添ってくれる優しい人。エドに頼りきりの私を叱責して、パーティ内では嫌われ役を買って出てくれる。「市民を守ることが私の責務だ」と口癖のように言っていて、人里離れた森に隠れるように住んでいた魔族の母でさえ、躊躇なく魔物の攻撃から庇ってくれた。厳しい事を言われるのも多々あって、最初こそ苦手に思っていたけれど、結局は自分が損してでもフォローしてくれるし、誰にでも極端に態度を変えないで接してくれる。ウォーレルさんのそんな所を見ているうちに、苦手意識は消えてしまった。


 そんな彼は、魔王との対面前夜に見た限り、ベラさんと男女として仲が良いらしい。死への恐怖からか、涙を流す彼女を優しく抱きしめていたのを、夜中に目撃してしまった。ついでに、聖女様と熱いキスを交わすエドも。水なんて飲みに行かないで、喉の乾きくらい我慢しておけばよかったと、この時ほど後悔したタイミングは無かった。


 翌朝、出発前に全員分用意した、母から作り方を教わったお守りは、なんとなく渡せなかった。




 そして、怖いくらい順調に、ろくな邪魔が入ることなく魔王城の玉座の間まで辿り着いた。


「ふっふっふ……よく来たな、勇者よ」


 魔王のそんな一言で始まったテンプレ会話は、エドの、


「大切な人達を守るために、俺は戦う!!!いくぞ、みんな!」


 というカッコつけた一言で終わり、長く厳しい戦いが幕を開けた。






「ぐっ……!何故だ!!?戦いのほとんどを死霊魔法に頼り切り、その他は何も出来ず、ろくに戦えもしない腰抜けばかりではなかったのか……!?」


 血反吐を吐き、苦悶の表情を浮かべた魔王が、憎悪の籠った声で叫ぶ。相当限界が近いのだろう、ちょっとした動作で傷口から大量の血が吹き出していて、辺りは魔族特有のどす黒いインクに似た血の海ができていた。

 満身創痍、という言葉が良く似合う魔王に対し、私たち勇者パーティのメンバーはほとんどが無傷だ。防御力の低い聖女様をベラさんが守り、大きな攻撃の時はウォーレルさんが全員の盾となってくれる。世界一の治癒魔法の使い手である聖女様が、どんな傷でも最長10秒程度で治してくれる。勇者であるエドが、雷魔法による麻痺や植物魔法の蔓で私が動きを止めた魔王に斬り掛かる。

 私がいちばん得意なのが死霊魔法だったから今まで頻繁に使っていただけで、他の魔法も使えないわけじゃない。魔族の血を引いているだけあって、私は魔法の扱いに長けている。生まれ持った性質に頼り切ることも無く、鍛錬を重ねてきた。それこそ、魔王と渡り合えるくらいには。



「ぐはっ!!

 くそっ、こうなったら………!」


 エドの持つ聖剣が深く魔王に突き刺さり、致命傷を負わせた。しかし、口の端から血を流す魔王の瞳からは、まだ闘志が消えていない。

 魔王の言葉と共に感じる強い魔法の前兆と、本能が鳴らす警鐘。


 それは、咄嗟の判断で、この場における最善だった。でも、後になって思えば、自分の身を守る事だけを優先していれば良かったのかもしれない。……あんな、面倒なことになるくらいなら。



「エド、危ないっ!!!」


 風の魔法でエドを魔王から引き離す。そして、自分自身もエドと同じように、風を使って魔王の元まで吹っ飛ぶ。咄嗟の事過ぎてろくに調節できなくて、一か八かの賭けだったけれど、私はその賭けに勝った。

 魔封じの込められた護身用の短剣が、魔王の喉を深く貫く。

 ゴポリ、と魔王の口から溢れたドス黒い血が、私の顔にかかる。


「んぐっ……!」


 最期の抵抗なのか、魔王が私の首を強く絞める。ジタバタと暴れて、短剣から手を離したくなるけれど、必死に堪えてより深く突き刺す。


 魔王との攻防は、実質数十秒程度だったはずだ。けれど、私にはまるで何十時間にも感じられた。

 最期の力を振り絞ったのだろう、一際強く首を絞められ、短剣では抑え込めなかった魔力が、衝撃波として玉座の間に放たれた。

 パーティメンバーと、私の呻き声が重なる。広い玉座の間の端まで飛ばされ、壁に背を強く叩きつけられた。だが、ウォーレルさんが庇ってくれたらしく、彼を除いてパーティメンバーは奇跡的にほぼ無傷だった。


「っ、げほっ……。っウォーレルさん!!ウォーレルさん、大丈夫ですか!!?」


 吹き飛ぶ時に折れなかったのが不思議なくらいの強さで首を絞められたのと吹き飛ばされた衝撃で咳き込んだ私は、自分のすぐ側で倒れるウォーレルさんを見つけ、血の気が引いていくのを感じた。

 彼はうつ伏せに倒れ伏し、ピクリとも動いてくれない。


「ウォーレルさん!ウォーレルさん!!

 ……し、失礼しますね!!」


 呼吸を確認するため、ウォーレルさんを仰向けにし、兜を外す。

 ウォーレルさんの口元へ近付けた耳に、彼の吐息がかかった。あくまで、気絶しているだけのようだった。


「……はぁ、良かったぁ」


 私が背を向けた、魔王のいた辺りからは、魔王の死を確かめたらしいエドたちの歓声が聞こえてくる。

 どうやら、魔王討伐の旅は、無事に終えることが出来たようだ。


「あの、聖女様!ウォーレルさんが、さっきの衝撃で気絶してしまったみたいなんです。彼の怪我を治していただけませんか?」


 喜びに水を差すようで悪い気もしたけれど、もし頭を強く打っていて障害が残っては大変だから、と思って声をかける。

 すると、玉座の間が水を打ったように静まり返った。


「……あ、あれ、どうかしたの?」


 動揺して、助けを求めるようにエドを見る。しかし、エドはそんな私から目を逸らし、


「……やらなきゃ、だよな」


 と呟いた。

 そして、こちらを睨みつけて、言ったのだ。


「……申し訳ないが、ここで死んでもらおう!」


 と。






ーーーーー






「ね、ねえ!!どうして殺そうとするのよ!」


 私たち、仲間なんじゃないの!?とエドの聖剣を躱しながら問う。


「うるさい!黙ってとっとと喰らいやがれ!!」


 しかし、疑問を挟む度に剣閃は鋭さを増していく。




 ……そうだよね。私みたいな日陰者、仲間にしたがるのがそもそもおかしかったんだよね。母以外にまともな人付き合いのひとつもしてなかった私なら、捨て駒にちょうどいいって思ったから誘った。…きっと、その程度だったんだよね。


 子供を産んだ直後の魔族は、子供に魔力の全てを引き渡すから、ただの人間と変わらないくらいに弱くなる。そして、魔族の領土でしか引き渡した分の魔力が回復せず、回復が終わらない限り次の子供は望めない。

 だからこそ、私を生むまではひとりで暮らせていた母も、人間が暮らす大陸の弱い魔物さえ倒せなくなってしまった。そして、そこを勇者に救われた。


 母は祖父の種族が外見に強く表れていたから、ひと目では魔族であると分からない。それに対して、私は祖母の種族が強く外見に表れたから、フードを被ったとしても、まともに外を歩くことさえ難しい。買い出しは母がしてくれていた。そして、私が魔力を込めたお守りで、魔物から母の身を守っていた。

 あの日、母の買ってくれた小説が面白くて夜更かししてしまって、母が買い出しに出かける時間に起きられなかった事を、母の無事を知った今でも後悔している。いつも、しつこいくらいに「お守り持った?」と確認していたのに、寝坊なんかでそれが出来ずに、大切な母を失うところだったのだから。

 そんな出来事の直後に、エドたちについて行くと決めるのは、私にとってとても勇気のいることだった。でも、母が優しく背中を押してくれたから、私は外の世界に足を踏み出した。


 ……その結果が、これだ。

 今思えば、私への報酬は平等に分けられたものでは無かったのだろう。ベラさんがポケットマネーで買ったという服やアクセサリーは、貯金が趣味と言えるくらいお金を使わない私でも、全く手が届かなかった。

 街中では何も出来ないから、せめて戦闘面だけでもと張り切って、言われるがままに魔物を倒した。盗賊団を潰した。吐きたくなるくらい凄惨な場所で負傷者から介錯を頼まれ、()()の頼みでその遺体を操ったこともあった。

 エドはそれで喜んでくれて、ベラさんは褒めてくれて、聖女様は労わってくれた。

 ウォーレルさんは、貴族との交渉とか、貴族としての職務とかで、その時は近くにいなかったけれど、「ちゃんと休めよ」と心配して、「こんなになるまで動くんじゃない!」と叱ってくれた。…それも全て、私が『便利な道具』だったからこそのものだと思えば、納得出来てしまう自分がいた。



 段々と、私の中で諦念が大きくなっていくのが分かる。


「なんで、私を殺すの……?」


 それでも私は、縋るように質問を続ける。

 それに答えたのは、聖女様だった。


「お国は、魔族と共存するつもりは無いんですって。魔力の影響で肥沃なこの土地が欲しいだけで、先住民は不要だそうよ。自分たちに歯向かう可能性の高い存在なんて、邪魔よね。

 ……まあ、そんなわけで、架け橋となるような存在(混血)も要らないの。もちろん、その親だって、ね。

 もしかしたら、とっくに居なくなってるかもしれないわね?だって、国に一報入れてから、もう半年以上経つんですもの。『国境近くの森の中に、魔族の女が住んでます』って。

 人族の領土に侵入した魔族って、殺された後は『死の渓谷』という名前のとっても深い谷に捨てられてしまうんでしょう?あそこって確か、ありとあらゆるものを溶かしてしまう毒が充満しているそうよ。流石の貴女も、()()が骨も残らず溶けてしまったら何も出来ないわね。そもそも、探し出す前に貴女が溶けて無くなっちゃうでしょうけど」


 続けて、ベラさんが言う。


「ふふっ、()()()()ウォーレルにちょっかいかけようとした罰よ。さんざん苦しんで、そこの魔王みたいになっちゃえばいいんだ」



 彼女達の言葉を聞いた時、何かが切れてしまった音が聞こえた。

 さっきまでの戸惑いも、もう消えた。一欠片だって残っていない。


「……そう、なの。なら、お返しをしないとね。

 『我が敵を縛れ』」


 力無く呟いて勇者から距離をとり、すかさず追いかけようとする勇者を、自分には関係ないと言わんばかりに距離を取ってこちらを嘲笑っている女2人を、蔓で縛り上げる。


 キャーだの降ろせだの、色々叫んでいるのを無視して、ついさっき自分でトドメを刺した魔王に近寄る。

 途端、奴らの叫びが大きくなる。唾が飛び散らんばかりに喚く奴らを見て、自分の顔が笑みを形づくるのが分かった。


 大袈裟な動作で魔王に振り返り、聖女を真似るように手をかざす。


「『直れ』」


 魔力を込めて言葉を口にすると、魔王の遺体が黒い光に包まれ、傷一つ無くなった綺麗な遺体が現れた。戦闘の名残りは、ボロボロになった重そうな服に、焼け焦げたり切り裂かれたりして空いた血の滲んだ穴や、砂埃が物語るばかり。


「お、おいっ、やめろ!!」


 勇者が一際大きな声で叫び、ぐるぐる巻きにしている蔓から逃れようと激しく暴れる。吊るし上げられた時に聖剣を落とした、刃物を持たない勇者はそう簡単に拘束から抜け出せないだろう。


 勇者たちから魔王がよく見えるように、魔王の後ろ側に回り込んで、再び手をかざす。

 やめろやめろと喧しい勇者たちの蔓を、きつく締めて黙らせる。


「『蘇れ』」


 いつもの比でない光が放たれ、ごっそりと、されど、魔王という大物を対象にしたとは思えないくらいの魔力が、体から抜けたのが分かる。



「……まさか、この私が死霊魔法で蘇る日が来ようとはな。しかも、勇者の仲間の手で」


 光が収まった時、そこには、服についた埃を払っている完全に復活した魔王がいた。

 とても流暢に喋り、私が命令せずとも動く、先程まで対峙していたままの、魔王が。




「……って、いやいやいや!!なんでアンタ勝手に動けんのよ!?死霊魔法で蘇ったヤツらって、基本的に命令がないと一切動こうとしない木偶の坊そのものなのに!それに、言葉遣いに知性と意思を感じる!なんでよ!?普通は、自分から喋ったり会話できたりしないじゃないの!!」


 そう、この魔法は死者を蘇らせるものと言うより、好きな姿形の人形を動かすものと言う方が近い。視界を共有したり、言葉を発さなくても命令できたりするけれど、魔力の効率は悪いし、次第に劣化する(しかも劣化は魔法でも直せない)し、術者の脳処理能力が高くないとまともに歩かせることすら難しい。そういう魔法だった。

 それなのに、勝手に立ち上がって動いているし、勝手に喋るし、なんなら今も、ウォーミングアップと言いながら各種攻撃魔法を練っている。


「なんで、こんなピンポイントでイレギュラーな事が起きちゃうのよ……」


 そう言ってうなだれる私を見て、魔王は嗤う。


「『何故』、か。随分と分かりきったことを聞くのだな。お前は所詮半端者で、私は生粋の魔族。しかも、その頂点に君臨する魔王だ。格が違うからこそだろうよ。

 ……だが、攻撃だけは自分の意思ではできないらしいな。現に、憎き勇者を丸焼きにしてくれようと思えど、練った魔法が具現しない」


 もどかしげに魔王が腕を振り下ろすと、練られていた凶悪な魔法が霧散した。


「ふ、ふーん?それは好都合ね。許可なくして攻撃ができないって言うのなら、私は安全でしょうし?危険にさらされるのは勇者たちだけ、ってところが保証されているのなら、充分ってもんよ。(術者)が死んだら魔法の効果が切れるってのは、種族問わず共通ですし?」


 チラチラと魔王の様子を伺うようにしながら話す私を、魔王が一瞥する。


「で、半端者よ。この光景を見る限り、勇者とは決別したようだが、私に求めているのは勇者共の殲滅で合っているか?」


「ん、あ、はい。そうです。ちゃちゃっとやっちゃってください!」


 ナチュラルに発される、半端者とかいう失礼すぎる呼び方にビビったけれど、能力的に向こうが格上なのは事実なので大人しく不満を飲み込む。そして、三下のようなセリフで攻撃の許可を出した。


「……それにしても、つい先程までは仲良くしていたのだろう?一体、私が死んでからの数分程度で、『世界平和』とやらのために倒した私を蘇らせるという発想に至る程の、何があったと言うのやら、だ」


 あまりにも躊躇いに欠ける私の返答に、魔王が不思議そうに首を傾げて言う。

 確かに、他人には理解が及ばないことかもしれないけれど、私にとって母はそれをするに足る存在だった。でも、今の私が欲しいのは、この感情への理解でも境遇への同情でもなく、『勇者たちの死』という現実だけ。



「……まあ、よい。今は、己の敵討ちという奇妙な状況を楽しむとしよう」


 独り言同然のそれになんの反応も返さない私をちらりと見て、魔王は改めて宙吊りの勇者と向かい合う。


「半端者よ、奴らの戒めを解いてやれ。

 ……なに、案ずるな。複数で以て、やっと私と拮抗していたような相手なのだ。攻撃の特徴を把握した今となっては、負けはしない」


 横からでも分かるくらいに凄みのある、魔王の笑み。それに操られるように、


「『解けよ』」


 と私は呟いた。


 それと同時に、ベラは受身をとって、勇者は聖女をかばいながら、それぞれ落ちる。ウォーレルは、未だに私を庇った場所で気を失ったままだ。気を失った彼を、殺すつもりだったらしい私を庇った彼を、私は拘束しようと思えていなかった。


「勇者よ、武器を構えるくらいなら待ってやろう」


 挑発的に笑った魔王に、落下の痛みから復活した勇者が雄叫びを上げて、拾った聖剣で切りかかる。


「……やはり、遅いな。『吹き飛べ』」


 魔王はその場から1歩も動かないままに、聖剣を振りかぶった勇者を再び壁際に追いやる。


「ぐっ!っおい、ウォーレル!!

 ……チッ。まだ気絶してやがるのかよ、使えねぇヤツ」


 普段通りに庇われなかった事に腹を立てた勇者が、ウォーレルを怒鳴りつけようとした。しかし、怒りを向けられた相手は動ける状況に無い。

 いつものローテーションから、私とウォーレルという攪乱と防御の要が抜けている。その上、私という回復役を得て強化された難敵(魔王)との連戦。勇者たちにとって、正しく『窮地』だ。



 しかし、意外にも、追い詰められた勇者の判断は早かった。


「しゃあねぇな……ベラ!!」


「っ、ああ!!」


 いざと言う時の為に決めていたのだろう。勇者が簡単なハンドサインともにベラの名を呼び、それに応えたベラは収納袋から煙幕弾を取り出して床に投げる。

 魔王城の玉座の間が煙幕で覆われ、勇者の姿が見えなくなった。


「小賢しい」


 眉をしかめさせた魔王が、面倒臭そうに腕を振り払う。それだけで辺りに強風が巻き起こり、再び勇者の姿が……炙り出されなかった。


「えっ!?」


 驚きの余り声を上げた私を無視するように、


「……使い捨ての転移陣か。厄介だな」


 と、極めて冷静な魔王が言う。

 私たち二人の視線の先に、勇者たちはいなかった。もちろん、壁際で気絶していたウォーレルも。




「……あれだけ言っておいて、逃げられましたね?」


 沈黙が支配した玉座の間に、私の呟きが落ちる。

 きまり悪そうに魔王は頬を掻き、


「…まあ、そういう事もある。私も神ではないからな。

 それにしても、勇者という称号に似つかわしくないほどの逃げっぷりだ。ここまでのものだと、あっぱれとしか言いようがない」


 そう思わないか?なんて、私に同意を求めてくる。


「『奴らの戒めを解いてやれ。

 ……なに、案ずるな。複数で以て、やっと私と拮抗していたような相手なのだ。攻撃の特徴を把握した今となっては、負けはしない』」


「ぐっ」


「『勇者よ、武器を構えるくらいなら待ってやろう』」


「うぐっ」


「『……やはり、遅いな。『吹き飛べ』』」


「ぐはっ」


 淡々と魔王のセリフを暗唱する私の斜め前で、魔王が膝から崩れ落ちる。

 それを、自覚できるくらい冷めた目で見る。


「あっ、い、いや、違うのだ!私の予定ではだな、あの後もう一度攻撃を仕掛けさせて華麗に受け止め、流れるような追撃で追い詰めてだな」


 物語の中で浮気を見咎められた男の人も、「違うんだ!」なんて否定から入りつつ慌ててたな、なんて考えながら、聞き苦しい言い訳を聞き流す。


「おい、おい!聞いているのか半端者よ!私はまだ死霊の身体という物に慣れていなかったのだ。仕方なかろう?!」


 私の冷たい視線に耐えられないのか、段々と魔王の語気が強くなっていく。

 しまいには耳元のすぐ近くで叫び始めるものだから、思わず、


「あーもう!分かったからちょっと黙って!!」


 と言って魔王を突き飛ばしてしまう。


「っあ、ご、ごめんなさい!」


 慌てて謝ったけれど、魔王は何も喋らない。

 それどころか、突き飛ばされた状態から動こうともしない。


「え、あの、どうしたの?」


 恐る恐る近づき、魔王の顔を覗き込んでみる。


「ひっ?!」


 そこには、見慣れたと思っていた無機質な顔があった。

 操られた遺体特有の、濁った瞳と中途半端に開かれた口、だらしなくはみ出した舌から何故かまだぽたぽたと垂れる唾液。


「ちょ、ちょっと!冗談きついよ、何やってんの」


 強めに肩を揺すっても、全く抵抗がない。背筋に悪寒が走り、思わず肩から手を離すと、そのまま地面に倒れてしまった。


「私が、黙ってって言ったから……?

 な、なら、喋って!何でもいいから、もう黙ってなんて言わないから…おねがいだから、なにかしゃべってよ…………」



 母を喪って、仲間に裏切られて。私に残されたのは、私が殺して、魔法で蘇らせた、この魔王だけ。信じられるのは、安心できるのは、目の前の彼だけ。


「ひっ…く、ぅ゛う……」


 心と一緒に涙腺も弱ってしまったみたいで、涙が溢れてくるのを止められない。何かに縋っていないと私自身が消えてしまいそうで、魔王の無駄に長くて仰々しいマントに縋り付いた。

 静かな玉座の間に、啜り泣く私の声だけが響く。この世界に、私しかいないような錯覚を起こしそうになる。


「ねえ、ねえ、おねがい。おねがいだから、なにか話して。

 わたしのおねがいが聞けないの?」


 泣きながら、舌っ足らずに傲慢な態度をとる。命令と受け取られるか、微妙な発言。


「……泣くな、半端者」


 しかし、それに返事があった。

 布が擦れる音がして、顔に影がかかる。そして、ぎこちない手つきで頭が撫でられた。撫でている手の指が曲がっているらしく、頭皮に魔王の爪が当たって少し痛い。


「ゔ〜っ、ま゛おう゛のばかぁ!!」


 思わず抱きついたはいいものの、ゴテゴテの装飾が腕や頬に食い込んでやっぱり痛い。

 でも、そっと弱い力で添えられた背中の手も、頭を撫で続けてくれる手も嬉しくて、抱きつく腕に力が籠った。






ーーーーー






「そろそろ落ち着いたか?」


 玉座の間に、私の鼻を啜る音だけが響くようになってから少しして、魔王が私の肩に手を添え、顔を覗き込むようにして聞いてきた。


「う、うん。でも、顔はあんま見ないで。だいぶ悲惨な事になってるから」


「そうか。それにしても、術者からの命令があそこまで強力だとはな。完全に記憶が飛んでしまっていて、言い訳していたら突然お前が泣いていたものだから、だいぶ驚いたぞ」


「うん。……もう二度と、命令に従わないでよ。私、本当に怖かったんだから」


 まだマントを掴み続けている手に力が入る。

 魔王は、分かった、と言いつつ突然私を抱き上げた。


「えっ、きゃっ!?」


 自分でも初めて聞くような声が出て、慌てて魔王にしがみつく。頭を撫でられた時から察していたけれど、この魔王、あまりこういう触れ合いに慣れていないらしい。このお姫様抱っこも腕力で何とか形になっているだけで、非常に不安定でいつ落ちるのかとドキドキする。


「ちょっ、いきなり何すんの?!」


 思わず暴れたが、私を支える腕は微動だにしない。このままよりはマシと思って、落下覚悟でさらに激しく暴れてみる。


「おっと、そんなに暴れると落ちるぞ。悪いようにはしないから、ちょっと大人しくしていろ。

 ……ふむ、その顔では悲惨と言うには些か可愛らしすぎるな。別に、多少目元が赤くなったくらい気にする必要も無かろう」


 しかし、雑に縦に抱き直されてそれすら躱されてしまう。いや、躱されるどころか、カウンターまで付けられた。


「なっ、なななな……!?」


 顔が熱い。なんで溶けないのか不思議なくらい熱い。

 ふにふにと楽しげに私の頬を弄ぶ魔王の手にも、きっと、この熱が伝わってしまっている。


「後で、インキュバスには礼を言わねばならんな。泣いている女は抱き締めれば泣き止む、というのは、適当を言っていた訳では無かったようだ」



 …………なんか、一気に色々と台無しになったような気がした。

 頬の熱と赤みは、きっと瞬時に引いた事だろう。


「何の為に抱き上げたのかは知らないけど、もう降ろしてよ。自分で歩けるから」


 頬を弄ってくる手を払い除けつつそう言った私の声は、想像以上に硬かった。


「いや、このまま連れて行くぞ。一刻も早く、転移させていた臣下達を呼び戻さねばならんからな。私が魔法を使うにはお前の許可が必要になってしまったのだから、お前と共に転移陣のある場所へ向かう必要がある」


 それを気にしていないのか、至って普通に魔王は答えた。


「いやでも、それ言ってくれたなら私も別に抵抗しなかったし、抱き上げる必要は無かったでしょ」


「私とお前では歩幅が違いすぎる。それにお前、私を倒してから復活させるまでの間に勇者達と戦ったのだろう?足を痛めているようだぞ。

 ……その反応の様子なら無意識だろうが、さっきのお前は、私と戦っている間には見られなかった、負傷箇所を庇うような歩き方をしていたからな」


「嘘…だぁっ?!」


 「嘘だぁ!全っ然痛くないんだけど」と言おうとして、失敗した。意識が足に移り、不必要な力が入った時、激痛がしたから。


「ほら見ろ。分かったなら、大人しく運ばれるんだな。転移陣を置いている部屋に着くまでに、今後の身の振り方を考えておけよ」


「……うん」


 痛みに気づいてしまった今、もう自分で歩こうなんて思わない。かと言って、魔王と密着する抱き方に納得したわけじゃない。ほんの少し体を離そうとして……落ちそうになったので諦めた。

 いっそ、思考の海に逃げてしまった方が密着している現状を忘れられそう。



 ……でも、改めてこれからどうしたら良いんだろう。

 あっち(勇者)に与していた私が魔王城に辿り着けているように、魔族は現在劣勢。そして私は、その劣勢勢力に寝返った。人族の中で1番危険視されている存在の近くにいた私が、魔族の旗頭である魔王との戦闘後に、こうして魔王と、…だ、抱きかかえられながら移動するくらいの関係を築いて(?)いる。

 我ながら、言葉だけ見ると訳の分からない事をしてしまったな、と思う。

 当事者でさえ意味が分からないのに、現場にいなかった魔族に理解なんて出来ないだろう。そもそも、弁明とか説明の暇も無く攻撃される未来が見える。運命共同体になった魔王は止めてくれるだろうけど。私の戦い方の特性上、死者の遺体を弄ぶような行動が多かったから、相当恨まれてしまっているはずだ。魔族は人間よりもあっさりした性格が多く、力に重きを置いた考え方をしている、と噂に聞いていても。

 私が今勇者に抱いている感情を、私は魔族に抱かれている。

 そう思ってしまったが最後、足元が崩れてしまうような心地に襲われ、縋るように魔王の服を握る。


 黙々と歩いていた魔王は、唐突な私の奇行に気づいたらしい。


「どうかしたか?

 ……どんな悩みがあるのか知らんが、お前には今後何があろうと、世界最強の魔王であるこの私がついているのだから、大抵の事はどうにかなるだろうよ。安心するがいい。

 それに、心配事のほとんどは実現しないらしい。『考えるだけ無駄』とは言わんが、もう少し気楽に構えていても良いだろうよ」


 そう言って、縦抱きにしている私の背を軽く叩く。

 何の根拠も無い魔王のセリフに、何故か私は安心させられた。


 私が勇者に抱いているような感情を、私は魔族から向けられる。これは多分、確定事項。でも、私と魔王が運命共同体である限り、そう簡単に殺されることは無いはず。なら、意外とどうにでもなるのかもしれない。


「…ああでも、うちの臣下達は過激派も多くてな。転移後早々に殺されかけるかもしれん。

 その時も当然守るつもりだが、まあ、もし攻撃がすり抜けてしまったら、諦めて心中といこう」


 ……やっぱりこの魔王、色々と台無しだ。




力尽きました。続きは書ける気がしません。

死霊魔法の誕生秘話とか、『魔王とヒロインって、実は…』みたいなありがち展開とか、書きたい内容を考えはしたんですけど、糊付け用の糊と着地点が思いつかなかったので、それらはお蔵入りって事にしました。



独り言だと思ってもらって構わないんですが、追放ネタって、まだ現役なんでしょうかね?そろそろ虫の息(失礼すぎる表現)ってイメージがあるんですけど、そこんとこどうなんでしょう?

偏食なのであまり流行りの作品は読んでいないのですが、「これ読んでないとか、人生の半分破損してるから!!」って感じの、女主人公(ハーレムを伴わないギャグならば男主人公でも歓迎です)で追放ネタの作品があれば、ぜひ教えてください。お願いします。固定された私の本棚に、どうか新しい風をください。

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